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独白から始まる偽物達の物語

長いわりにつまらないのって才能じゃない?

小さい頃、と言っても思春期の頃だが、俺はみんなとは違うナニカが欲しかった。周囲に埋没し個性を消し去ればそれだけ生きるのが楽になると言うのに態々俺は差異を求めた。今にして思えば微笑ましいくらいに愚かで、また承認欲求の一つであるとわかっていながらも恥ずかしい過去。俺はそんなものを抱きながら「どうか叶います様に」などと思って普段はしない癖に道祖神、いわゆるお地蔵さんを磨いていた。ただ一つ、自分が誇れるナニカが欲しかったから。


——ブゥゥウン…!!


それはすぐに叶うことになる。だがそれを今になって思い返せば本当に不要なものだった。初めから特別な奴はそれ相応の理由があり役目がある。初めから凡庸な俺が憧れることは許されるだろうが、手を伸ばす、ましてや掴み取ってしまうなど言語道断だ。そのせいで俺はこの腐った輪廻擬きの運命に捩じ込まれた。


唸りを上げてこちらへ突っ込んでくるトラック。運転手は眠っている。脳の回転が速くなる中、それでも当然の如く肉体はついてくる事は無く、俺はトラックに吹き飛ばされた。即死であればまだ良かったが、骨が折れて腹や至る所を突き破っている痛みを感じながらも中々死ぬことはできなかった。都市伝説にある「てけてけ」は冬に電車に轢かれながらも身体の断面が凍り付き中々死ぬことができなかったと言う。知識としてそれを知っていながらも、俺は初めて体感した。それは己の全てを呪うほどの激痛で、この痛みを知ら無いまま死ぬことへの羨望で、無差別に誰か同じ目にあえと言う嫉妬で、そしてそれは明確な罪だった。


『——キヒヒッ!』


痛みに悶えることが許されない中、俺の頭にはノイズまみれの自分に似た声が響いたがそれに気付くことはできなかった。それは、とても、とても楽しそうな嗤い声。世界を憎み、嫌悪し、憎悪した果てにたどり着くかの様な、されど世界を愛し、敬愛し、好んだ果てにたどり着く様な矛盾した声。


———


次、目が覚めてから俺は暫く呆然としていた。周りを確認する余裕などは無く、脳裏にこびり付いた先ほどの激痛が思い出すまでも無く再生されていたからだ。十分ほど蹲り、息も絶え絶えになりながら俺は身体を確認した。外傷は無かった。だが、見慣れない服を着ていた。鎧とも服ともつかない。首には蒼いチョーカーがついていた。奴隷の首輪かと思った。それは手首と足首に枷が嵌められていて、鉄球がその先に繋がっていたから。やっと周りを見る余裕が出てきた。と言うよりも現実逃避の一環で周りを見ただけだが。

石造りの個室だった。レンガの様に積まれた石が四方に聳え、背後の壁には鉄格子で窓がつけられていた。正面には木製の立て付けの悪そうな扉があり、左には机、右にはトイレがあった。


「…何だ、ここ」


ポツリと、絞り出したのはその一声だ。それ以外言うことはなかった。俺の言葉に反応したわけではないだろうが木製の扉が予想通り煩い音を立てて開いた。扉の向こうから入ってきたのは金髪碧眼の王道の聖女の様な女性だった。後ろには騎士が控えている。…前に出なくて良いのか?と思ったのを覚えている。今からしたらおかしな話だ。手足に鎖をつけ重しをつけ、ろくに動くことができない相手に何を警戒しろと言うのか。むしろ警戒されていたのは聖女の方だった。


「あら、目覚めましたか。良かった。あなた、覚えていますか?」


「…なに、を?」


ひどく、喉が渇いていた。腹も減っていた。だが、それとは別の悪寒が止まらなかった。聖女の背後にいる女、褐色の肌に白い長髪、上半身は胸を覆うだけの軽鎧に対して下半身はしっかりと金属製の鎧に腰マントをつけている女。本能が告げていた。あれはやばいと。ロクに喧嘩すらしたことのなかった俺がそう感じたのは今からするとおかしく、また真実を知っていれば何一つおかしいことはなかった。


「そう、ですか。…貴方は偽物達(クローンズ)。ここクリシタリアを守護する傭兵団隊の一つに所属する者です。戦争で負傷し、自らこの牢屋に入る事を望んでいました」


「…くろ…?くりした…?何を…言って…?」


死んだのも理解していたし、恐らく転生でもしたのかなーとは思っていたが憑依系統とは思っていなかった。それにこんな牢屋に入った後のスタートとかオワコンすぎて嫌になる。とか考えていた。だが、それは違うとすぐに気づいた。体格が同じ過ぎた。違和感がなかったんだ。何故ならそれは俺の身体だったから。憑依したわけじゃないのか?と言う疑問が頭を埋め尽くした。だがそんな俺を置いて現実は進んでいく。


「記憶の混乱があるのは理解していましたが…引き継ぎの儀とはここまで記憶が消えるものなのですか?私は立ち会うのが初めてなのですが…些か記憶欠損が多すぎるのでは?」


聖女っぽい女は背後のやべぇ女に確認をとった。ヤベェ女はニヤリと笑って俺を指差して言った。


「何をおっしゃいますか。あやつの目を見てください。黄金ではありませんか。引き継ぎは完了しています。まさか貴女ともあろうお方が『記憶の引き継ぎが不安だから戦場には出さない』などとは言いますまい」


その言葉を聞いたときに思考を一旦やめた。暫定聖女は暫定的な味方の可能性がある。日本ではラノベやらネット小説やらをずっと読んでいたから『現地の人が敵』の場合があると知っていた。冷静に考えたら当然だとも思っていた。『え、異世界から強い奴呼び出して窮地脱却する術がある?なら歯向かわない様に制限しちまえ!』となるのは自明の理だったから。自分より強いやつを呼んでいつか反乱される可能性があるなら首輪をつければ…首輪…このチョーカーじゃね?と、そう思った。それを聖女に勘付かれたのかわからないが聖女は『黙っとけ』とでも言いたげな目でこちらを見てきた。


「えぇ。えぇ。貴女の言いたいことはわかりました。勿論そんなことは言いませんとも。ですので、そうですね。もう一人偽物達が居ますね?その者をここへ呼んではくれませんか?」


聖女がそう言うと部屋の隅から黒いモヤの様なものが集まりだし、2枚の黒い魔法陣のような形になって空中で停止した。上下に分かれて二つの魔法陣が動きだし、何かがへそから上下にゆっくりと現れた。魔法陣はそのまま上下で停止していた。


「…何かようか?今忙しいんだが」


それは死んだ目をした『俺』だった。黒い髪に、蒼い瞳。血色の悪い顔に傷だらけの鎧、年季を感じる武器。歴戦の戦士と言ってもよさそうな自分と瓜二つの存在。俺の思考は停止した。


「あなたはこちらの偽物達に見覚えがありますか?引き継ぎが完了しているのか他ならぬ当人から判断して欲しいのです」


「あ?…あー、なるほど。お前、そう言うことか。悪いがコイツ借りてくぞ」


男はそう雑に断りを入れると俺に繋がれている鎖を見るだけで壊して(どうやったかは今でもわからない)俺の襟首を掴むと雑に魔法陣の上に立ち、周りを見て暫定聖女に目礼をして俺と同じチョーカーをコツリと叩いた。途端に来た時とは比べ物にならない速さで魔法陣が閉じていき、俺の体も飲み込まれていく。それに静かに恐怖しつつ男を見ると睨まれた。そんな事をしている間に俺の視界は全く別の所を移し、徐々に身体が魔法陣から出てきた。


「ハッ、災難だったな。お前、記憶が日本での最期で終わってるだろ」


雑に横から投げられた声。自分と同じ声でそう言われ、しかも何か含みがありそうな内容に思わず首を傾げる。


「お前は偽物達(クローンズ)第零期(0ロット)の白夜だ。日本での記憶からこっちの記憶、全部思い出させてやる」


男がそう言ったのを理解する前に、俺の体に激痛が走る。叫ぶことすらできない痛み。身体をどうにか動かそうとしても動かない。苦悶の息と共に血泡を吐き


——ブツリ


と何か太い紐が切れたの音を聞いた。途端に記憶の箱が壊れたかの様に頭の中に濁流となって『俺』の記憶が入り込む。


そう。傭兵として、実験動物として存在してきた数百年の記憶が。人間はそこまで長く生きない。だがこの世界のキチガイは予想外の方法でそれを実現しやがった。いや、実現させるために俺を使いやがった。俺のクローンを作り、そこに記憶を上書きする事で擬似的な不死性を得る実験。それが俺達の傭兵団の名前もある偽物達(クローンズ)計画。クローンの身体は易々と死ぬことのない様に所々で鉱物が融合している。義手や義足、と言う意味ではない。生身に鉱物を混ぜやがる。コツがいるが、力を込めると融合した鉱石の性質を浴びる。それは元は別の実験で使われていた代物だが俺に適用された。人はどこまで肉に頼らず身体を構成できるのかを俺で実験しやがった。その頃にはもう擬似的な不死が定着していて、俺に死はほぼなくなっていた。地獄のような時期だった。鉱石の比率が高くなればなるほどに拒絶反応として血管に鉱物が入り込み血管が裂けた。臓腑が鉱石に成り代わり機能を停止した。そして、実に七十年の時を経て俺に最適な鉱物とその比率が弾き出された。その時の学者の言葉はこうだ。


『こんなもの、もう使い物にならない色褪せたおもちゃの設定図だ』


俺の地獄の七十年は、その一言で否定された。もうその頃には人格なんて残っちゃいなかった。今の人格は次の実験、並行世界の自分への影響を及ぼすことができるのか、という物でほぼ同じ境遇だった自分から映し取った記憶で構成した物だ。…それもまた苦痛を伴った。この世界では魂を保存する方法は無くとも死者を蘇生させる方法はあった。魔法だ。その元は魔力だ。魔力は無色透明のエネルギー。そこに言霊で指向性を持たせ、魔法陣でそれを補強することができる。この世界の奴らはこう考えたんだ。


『魔力で魂を映し取ることは可能なのか?』


と。そして不死の俺が当然のように実験台として適用された。その頃の俺は呻く事もせず、生体反射として食事と排泄、睡眠だけをする存在だった。食事といっても泥の様な最下級の残飯処理をするだけだったが。そんな俺でもその実験が始まった途端に絶叫を上げた。血液が細かな剣になって内側から俺を抉り取る様な痛みを感じたからだ。今思い返しても背筋が凍る。ゴブリ、とその時吐いた力は俺が適応した鉱物である水晶が予想通り武器の形で生成されていた。それが更に魔力を帯び過ぎた為に爆発して連鎖的に俺の体内に残っていたものも爆発した。皮膚どころか骨まで撒き散らし俺は死んだ。異世界の自分との共鳴はそれほどまでに厳しい事だった。魂が同じだ。身体が同じだ。それを視認することは矛盾だ。まして共鳴なんて不可能なはずだ。その矛盾はアクセスした側が代償を払うらしい。その結果俺の二番目の身体は爆散し、三番目の体に入れられた。荒療治にも程がありすぎる有様で、人格を復元されながら。

その次の実験は簡単だ。

『魔獣をその身体に入れることはできるのか』

ふざけてやがる。これは実験なんかじゃない。単なる遊びだ。拷問の果て、俺の体に適合されたのは龍の骸。水晶を操り、かつて世界を旅した自由の守護龍。融合する際に拒絶反応が起こり落ちた意識の果て、俺はその龍と会話をすることになった。


『…ふん。災難じゃな。お主、儂を受け入れるつもりか?』


「…さあ、な。どうでもいい。もう、興味がない」


かつてあった特別への渇望は消え失せ、真っ暗な空間で目の前に佇んでいた煌めく龍を前にしても何も思うことができなかった。水晶で出来た鱗に煌めく翼膜、トカゲのような巨躯はされどドラゴンと呼ぶのが正しく、捻れた角が前方へ飛び出していた。牙は頑強で鋭く、目は無機質ながら神々しさを感じさせ、爪は強く死を感じさせる程のナニカを秘めていた。


『ほう?…お主、悪魔を連れておりながら随分と気力が無いんじゃな?悪魔憑きなぞ殆どが死滅した中、新たに宿主にされるとは不憫な事じゃな』


「悪…魔…?」


【キヒヒッ!流石に年季の入った龍にはバレちまうか。もっと後でバラしたかったんだけどなぁー】


俺の背後からぬるりと生理的嫌悪を感じる動きで紅い男が現れた。髪も、肌も、服さえも紅い。いや、そいつにとってその区別はないのかもしれない。それほどまでに色に差がなく、ただ漫然と紅い。目だけが黄金色で、ギラりと輝いていた。…そして、俺と同じ面をしていた。だが並行世界の存在にアクセスすることはできても介入はできない。つまり…なんだ?


『ふん、隠す気すら無かったくせによく言う物じゃな。…主、何の悪魔じゃ。申してみよ』


【キヒヒッ!名乗るほどのもんじゃないぜ。だがまぁ名乗れと言われたら名乗りましょうかッ!俺は嫉妬の悪魔レヴィアタン!レヴィって呼んでくれて良いぜ?】


『ほう…。この世界の物では無いな?』


龍がそういうと、悪魔がポカンとした後にニタリと笑ったのがわかった。


【へーぇ。そこまでわかるのかい。御明察ッ!俺ぁそこの人間の死ぬ間際の渇望に惹かれたのよ】


俺が死ぬ直前に抱いたあの感情、それにコイツは呼ばれたのだと言う。死ぬ寸前、人の感情は振り切ってしまうと悪魔は言った。それは殆どが大罪に属する感情らしく、俺の目の前にいるレヴィアタンも数多く居る中の一人だと語った。騙りかもわからないが。だがそれを疑う気力すら俺には無く、それを見て龍と悪魔はいよいよヤバいと思ったらしい。爬虫類の顔なのに良く焦りを伝えられる…などと思って俺の意識は覚めた。それが、俺の身体に龍と悪魔が居着いた瞬間。殆ど声をかけてこない癖に、危機が迫ると勝手に身体を動かされるのは正直勘弁して欲しい。肉が千切れる。


次に俺が受けた実験は龍の力をどこまで使えるのか試すと言う名目の殺人だ。それまで人を殺したことのない俺が、見ず知らずの子供を殺さなければならない。学者共はニタニタと悪魔よりも悪魔らしい顔で嗤っていた。それを見て、泣き喚く子供を見て、学者を見て、子供を見て、と何度も繰り返し


【キヒヒッ!オマエはそれで良いのかい?】


悪魔の声が聞こえた。カチリと勝手にチョーカーに付いている俺の制御装置の電源が切れ、俺の背中からパキパキと水晶の翼が生えていた。使い方なんてわからない、未知の感覚。翼が生えたこともそうだし、チョーカーが勝手に作動したこともそう。だが何よりも理解できないのはあの学者どもの脳みそだった。それに、子供を殺す理由はなくとも、気力が湧かずとも、学者に復讐する理由はあった。目の奥が深紅に染まり、ただ力任せに学者がこちらを見ていた窓を殴った。俺は何かを叫んでいた気がする。喚いていた気がする。学者どもは俺が反抗したことなど予想内だったのか嗤いを止めることはなく、得意げに俺を制御する為のリモコンを押した。だが、それはもう俺を縛るものではない。今度こそ想定外だったのか逃げ出そうとするが、翼が一人でに動き、水晶で出来た剣を射出して出入り口を塞いだ。その水晶に写る俺の目は紅く染まり、瞳孔が金色になっていたことが、やけにはっきりと頭に残っていた。


…気がつくと俺は血まみれになった研究所の中で一人立っていた。子供の気配はしない。逃げたのだろうと思い、そのまま放っておいた。俺があったところで怖がらせることは理解していたし、会いたいとも思わなかったから。そして、俺は思ったんだ。


「自分は化け物なんだ」


って。それと同時に理解したんだよ。もう、戻ることなんてできないって。子供を殺したくなかったからまだ正当性のある殺人をした。それはどう足掻こうが日本で認められることはない。日本に戻ることができないとしても、だとしても俺は…もう、真っ当に生きることは出来ないと理解した。元々不死身になっている時点で真っ当に生きることなんて諦めていたが、きつかった。涙すら出なかった。長い実験の果てに枯れていた。血が通っているかすら怪しかった。だが、それでも…力を手にしてしまったのなら、殺してしまったのなら、行くところまで行くしかない。俺は…俺は…


「よぉ、生きてるか?」


立ち尽くす俺の耳に、俺と同じ声が響いた。驚いて振り返るとそこには俺が居た。


「おま…おま…え…は…?」


「俺とオマエは同じだろ?魔力で写し取られた魂ではあるものの、な。チョーカーの拘束が消えたから起きてきたんだよ。魂を映し取るんだぜ?動かないわけないだろ」


俺と同じ顔、声、服をしたやつはそう言った。…それが、傭兵団偽物達(クローンズ)の始まり。俺たちは大量生産されたクローンだ。初期ロットほど力の劣化が少ないから強い。俺たちは第零期(0ロット)。調整も何もされていない欠陥品だ。


。。。


記憶が、戻った。


「悪いな、黒夜やっと戻った」


「気にすんな。さて、で?どうするんだ?全部の記憶が戻った訳じゃないだろう?傭兵としての記憶、残ってんのかよ?」


「…舐めんな。流石にバックアップは残してある」


傭兵として在り続けた記憶。それは人を殺してきた記憶。忘れてはならない罪。忘れるわけにはいかない。チョーカーをコツリと叩く。それだけでドロリと記憶が入ってくる。殺して、殺して、殺して、只管に殺した記憶。百年以上戦場を掛けた記憶。ある程度の武器なら人並み以上に使えるが、それでも一流には届かなかった。嫉妬も憧憬も擦り切れ、それでも残った羨望を胸に俺は行く。希望は持たない。分不相応だと知ったから。…さて、聖女サマのところへ行こう。


「おい、どこ行くつもりだ?」


「聖女サマんとこ。受けた依頼はやり切らなきゃならない。本物が見られるかもしれないんだ。偽物の俺たちからしたら目が潰れるほどの輝きがそこに在るかもしれない。無い可能性の方が高い。だがそれでも賭けるよ。羨望すら無くしたら俺はもう俺じゃないから」


「ケッ、そうかよ。なら気をつけろ。オマエ、悪魔の面が強く出てるぜ。瞳が黄金だ。気をつけろ。聖女サマのところに行くのにそれじゃ泰治されたって文句言えやしねえ」


「…む、それは困るな。流石にほぼ不死身とは言え進んで死にてえとは思わない」


焦りが焦りとして伝わらないこの身体。棒読みになり平坦な声。冷や汗ひとつ垂れやしない。これの嫌なところは焦るほどに棒読みで普通の時はなんともないって事だ。イキってるように思われていたら嫌になる。いや、そんな感情(機能)ついてないのだけども。…兵器であり傭兵であり化け物であるのが俺たちだ。そこに悪魔が足されたところであまり変わらない気がしてきた。


「…やっぱ平気な気がする。とりあえず行ってくるよ」


そもそも本物があるかも、という期待がどこから来たのかもわからない。ただ…期待したものを手にするために足掻くのは普通な事だと思った。

チョーカーをコツリと叩き、魔法陣型の転移門を起動する。


「またな。黒夜」


。。。


さっきぶりの監禁部屋に戻る。その際に魔法陣も自分の姿も透明にする。腕の良い加工屋が知り合いにいてよかった。


「…聖女様、先程の不良品への対応はなんでしょうか?」


「なに、とは?」


「奴らは単なる兵器に過ぎません。人型をしているからと情けでも掛けたつもりですか?」


「彼らは兵器ではありませんッ!」


ヤベェ女の言葉に叫ぶ聖女サマ。耳がキーンとした。ってか静寂のせいで余計にそうなる。喋れよ。何だまってんの。何、出たほうがいいのコレ?余計にややこしくしてやろうか?


「奴らが度重なる実験で人間とはかけ離れた化物になっているのはご存知でしょう。我々は腕を鉱石に変えられますか?胴体が千切れてもその断面から骨が伸びて付きますか?消し炭になっても数秒で戻りますか?死んだとして別の身体から復活することができますか?」


…コイツ、俺らについて知りすぎじゃないか?本能が警笛を鳴らしたのはそういう事か?…いや、まだだ。まだなにか忘れてる。


「たとえそうであっても、彼らはこのクリシタリアの住民です。彼らのおかげで貧民街が無くなりました。彼らは報酬を貧民街や孤児院に当て弱きを助けているのです。兵器にそんな行動を取る理由がありますか」


それはただ、人殺しの罪悪感を消すためにやっている偽善だ。それでもしかしたら助かったやつがいるかもしれない。だが俺の本質はそこじゃない。そんなのは副次的なものだ。俺たちは殺す事しかできない兵器。俺の使う道具は多かれ少なかれ死に関わっている。まだ心を捨てきれなかった頃、仮初の人格が軋みを上げた。目を逸らすために偽善に逃げた。本質が人殺しであるにも関わらず薄い理想で自分を覆い隠した。


「そんなもの、こちらの警戒を薄くし内部から食い破ろうとしているともわからぬではありませんか。聖女様、貴方は少々感情移入をしすぎなのです。たかが兵器に」


思わず苦笑が溢れた。…あァ、全くもってヤベェ女の言うことが正論だ。俺たちは意志を持ち、自我を持ち、だがそれを殺せる兵器だ。ガキの頃に分不相応なモノに憧れ、身を滅ぼした愚劣な群れが俺たちだ。


「——それでも、私は信じます。彼らが人であることを。彼らに救ってもらったこの命、彼らの名誉のために使うと決めていますから。それが、あの人との約束でもあるのです」


「…愚かですね。まだわからないのですか?貴女はとうに私の手中。死んでもらいますよ。スフィア•ガーランド」


女が手を挙げると壁に魔法陣が出現し中から黒髪に紅い目をした男がゆっくりと出てきた。俺はソイツに見覚えがある。日本にいた頃の友人で、幼馴染だ。…だがそれ以上の驚きは湧き上がってはこなかった。浮かんだのはただの落胆。そして怒り。何故なら男の目には光がなく、首につけている輪は制御装置に過ぎず、そこに奴の意思がないとわかったからだ。


——あァ、それは全く()()()()()()


「ひっ…!」


「——やれ。殺戮人形(キリングドール)


友人の身体が膨れ上がる。筋肉が膨張し、人型の山のように。ブロリーと言えば伝わるだろうか?


「ガアアアア!!!!…ガッ!?」


叫びを上げ聖女サマを害そうとした友人を、金色の男が襲う。その男は逆立つ金髪を持ち、黄金の瞳は真っ直ぐに黒髪の男を睨みつけていた。その男を俺は知っている。黒髪の男と同じく友人で幼馴染で、そして俺らのリーダーだ。偽物達、殺戮人形、そして…人造兵器(オリジン)。それがクリシタリアの傭兵の中で群を抜いて名の売れた傭兵部隊だ。同じように人体改造を受け、偽物達は群としての力の極地を、殺戮人形は個としての力の強さを、人造兵器はその二つをバランスよく捩じ込まれた。そんな人造兵器だからこそ俺らを武力目的以外で利用する奴を許すことはなく、またそうなった俺らを許すこともない。


「——落ちぶれたな、夕日」


黒髪の男の首に鋭い蹴りを入れながら金髪の男は傲慢にそう言った。その目は先ほどと違い俺を見ていて、その意図を察した俺は姿を表す。金髪はくるりと黒髪を蹴り飛ばす。


「偽物達、貴様は聖女様の警護を。コイツは俺が止める」


「あぁ、信頼には背かねえ。精々頑張れよ、リーダー?」


「はっ、ほざけ下等者」


金はいっそ清々しいほどにこちらを見下し、俺達が追うべき背中と登るべき道を示す。例えその道が血に汚れていようと気にせず、臓腑が落ちているのなら雷で焼き弔う。奴はそういう男だ。

ーそれでいいのか?

そして、俺はその背中を俺なりに追う。

ー今追えているのか?

奴こそが俺が幼少の頃に憧れた一流だ。

ー本当に?

奴なら大丈夫。不遜に笑って帰ってくる。

ー嘘偽りなく?

そう思わせるあの笑みを、俺は何度も見送った。

ー事実であると言い切れるか?

…足が千切れていた、腕が吹き飛んでいた。腹に穴が開いていた、首が千切れかけていた。理由は様々、だが…


「それに納得したことはないッ…!!」


ーそれでいい


「…何?」


我、存在を見つけたり(エウレカ)


俺を起点に魔力が吹き荒ぶ。それは二番手でしかない銀色。魔力の軌跡を追うように水晶でてきた武器がゆっくりと地面から生え出てくる。俺の影からは紅い男の影が。俺の額からは捻れた水晶の角が。


「貴様…聖女様を連れて逃げろと言ったのが聞こえなかったのかッ!」


「おいおい、それはこっちのセリフだボケ。信頼には背かねえ。俺を大嘘吐きにするつもりか?」


一度追うと決めた背中だ。一度並ぶと決めた羨望だ。一度癒すと決めた渇望だ。俺が俺であるために、存在証明するための心は見つけている。


【キヒヒッ!まぁまぁ、仲良くしようぜ傲慢の悪魔憑き(ルシファー)。アンタと肩を並べるのって久々じゃん?】


俺の背後の悪魔が言う。金髪の周囲に黄金の雷のような魔力が迸り、雷鳴が厳かに声を紡ぐ。


【フン…よりによって貴様とはな。精々俺に並んで見せろ、嫉妬の悪魔憑き(レヴィアタン)


【キヒ…キヒャヒャ!!おいおい、今更だろう。俺はとうにアンタに並ぶと決めているんだぜ?】


二体の悪魔が存在するせいで強度が足らず、空間にヒビが入っていく。本物が、命を賭けるに値する刹那があるかもしれないと思って来たら悪魔の同窓会と来た。嫌になるね全く。


「聖女サマ、そんな訳だ。安全なところまで逃げてくれや」


あのヤベェ女が居る限り、アイツは何度殺しても蘇る。…身体だけが。心なんてものは無く、肉体だけが俺たちを殺しにくる。だから、


「…朝日」


「…なんだ」


「そんな怖い顔するなよ。俺はあの女をのす。アンタはあいつの相手を頼む。終わり次第加勢するさ」


「フン、貴様がくる前に終わっているさ」


「カッ、言ってろ一流」


ヒビの入った空間に魔力を満たす。金銀の魔力が満ちて空間は変貌していく。銀が彩るは剣と死者の踊る世界。金が作るは無数の雷鳴が轟く豪華絢爛な街並み。聖女サマはこの世界の外に居る。


「フン、どうしてくれる。貴様の世界と混ぜたら醜悪に染まったぞ」


「おいおい、そりゃこっちのセリフだ」


偽物術式の一つ、伽藍堂

人造術式の一つ、御伽噺


自分の経験を基に自分が最も動けるフィールドを魔力で再現する荒技。目に映る全てが魔力で編まれた物。俺は偽物達全員でこれを維持するがコイツは一人で維持しやがる…。やっぱおかしいな。


「チッ、まぁ良い。その軍勢の半分を寄越せ。精々上手く使ってやる」


「ハッ、半分と言わずお好きにどうぞ?クリシタリアの民だからよ」


生前に契約を交わし納得済みの上で俺は彼らを彩った。彼らは本物ではない。その点で言えば、俺は夕日を操っている奴を糾弾する権利はない。だがそれでも、俺は奴が許せない。エゴだ。我儘だ。何の正当性もない。わかってる。だがそれでも、そうだとしても…友人の亡骸弄ばれてどうぞなんて言えやしねえんだよ。


「…死ぬなよ、白夜」


「アンタもな。朝日」


「ガァァア!!!」


夕日が巨体に似合わない速度で迫る。丸太よりも太い腕が朝日を薙ぐ為に振られる。朝日はそれをニヤリと見つめ、タイミングを合わせ背負い投げた。ビルが倒壊したような音が響き土煙で何も見えなくなる。だが雷光が土煙の中で見え、破壊音も轟いている。なら、早くここから出ることが何よりも手助けになる。駆け出せ。


【キヒヒッ!行くぞ宿主サマ?】


「あァ…あの女はぶっ潰さねえと気が済まねェ…!」


俺はエゴイストだ。悪魔を中に入れてるんだから当然だが、今更ながらに自覚した。そもそも傭兵やってるのだってそうだ。殺したくないと言いながら手に武器を持つ矛盾。それは全て己のため。たとえそれにより救われた命があったとしても、奪った命の方が多い。それを自慢することも卑下することもないが、忘れちゃならねえ。欠陥品である俺たちの存在証明だ。死にたくないから殺す。死なせたくないから殺す。生かしたいから殺す。…ハッ、簡単なことだ。


「殺すしかできねえこの手で掴めるものなんて死以外にはないってな。…なァ、そうだろう?」


この世界は全て俺の手中。逆にいえばここしか俺の理が通じる場所は無いが…あの女を見つけるのは簡単だ。必死に走り汗だくな女を前に、俺は嗤う。


「フ…フフフ…なぁに?もしかして追い詰めたつもり?だとしたら随分と…おめでたいわね」


余裕のある表情。俺が一人に見えるからだろうか。女の足元からは無数の死者の手が伸びる。それは無秩序に伸び、俺の方へ向かう。それを切り捨てるも視界の全てに手が映る。…なるほど。


「死霊術、か。…オイオイ、その程度で俺を追い詰めたつもりか?」


それは、とうに越えた道だ。


「歌い舞え、踊れ】


悪魔が俺に合わせて唱える。それはこの世界への命令。剣が飛来し手を切り裂く。だが、女の余裕は消えない。…となると、手は飽くまで権能の一つ。死霊術の本懐は死者蘇生。その域に至ったか?


「ケッ、まぁ良いさ。俺は俺の道を胸張って進む為にアンタを殺す。ダチを弄んだツケ、払ってもらおうか」


腕は封じた。剣をどうにかしない限り奴は動けない。なのに、哄笑が響く。何かある?いや、何がある?


「くふふ…貴方、弱いわねぇ?」


その言葉が耳に入った瞬間に、俺は吹き飛んでいた。数多の剣を折りながら砂塵を巻き上げて。


言ったと同時に殴った、のか?見えなかった。つまり、奴も改造者…?


「ふふ…ふふはは…あははははは!!!!」


狂ったように笑う、嗤う、破らう。…おいおい、なんだあいつ…。身体中から顔が…!

 モヤのように身体中から見える顔は歪な笑顔を浮かべている。狂ったような、歪んだ笑顔。見ていてとても醜悪だと思った。


【…愚かなことをしたもんだぜ。アイツ、もう死んでるのに他人の魂燃料に無理やりここに留まってる】


「他人の魂を…?おい、それって…」


【…キヒッ、それは想像に任せるさ】


一般人に手を出したのかそれとも犯罪者の魂を使ってるのかは知らない。だが、それはこの国の民も含まれるんだろう?——ブチリ、と自分の中の何かが切れた音をどこか遠くで聴きながら、俺は水晶に侵食されて鎧のようになっている身体を見た。鉤爪のような鋭い指先に、肘から伸びる棘。色合いが黒ければ黒騎士と呼ばれそうな鎧。目にかかる髪は白から緋色に染まり、目にチリリとした僅かな痛みが走る。水溜りでもあれば金に縁取られた紅い目が見えたろうな。


「…偽物達(クローンズ)第一生産期(第一ロット)白夜。…刹那を掴む」


俺たちは傭兵だ。依頼とあれば人を殺す。だが、依頼は選ぶ。無差別に殺せなどという依頼は蹴るし報酬が少なかろうと芯を通そうとする意志があれば受ける。そして、俺たちの中には違えちゃならないルールがある。命を弄ぶ屑を許すな、だ。だから俺たちは常に俺たちを許してないし、同じ外道が居たら即座に殺す。ガキの頃に言っていた「殺す」という言葉。その重さは初めて人を殺したあの時に噛み締めた。身体の芯が冷め、震えが止まらなくなる感覚。人としての道を明確に踏み外したと直感で理解した。…だが、それは俺が選んだ道だ。誰かに唆された訳じゃない。命令された訳じゃない。徹頭徹尾俺が選んだ行動だ。なら、責任を持つ。責任を持って同じ屑を殺す。被害が増えないように。


「その為に…オマエは邪魔だなァ?】


悪魔との意思の擦り合わせができた。鎧の重量も感じない。


「殺す」


一度も反抗させることなく。惨めに無様に、人を食う悪党には似合の末路だ。いずれ俺もそうなる。これは俺を殺す予行演習だ。互いに悪党なんだ。なんの気兼ねも要らないよな?


「殺す?できもしないことを言うのね?どうせできないわ。あなたが私に勝てるわけが無いのよ。骨董品さん?」


笑う。嗤う。破顔う。今度は俺が。


「? なぁに。不快だわ。その顔」


「おいおい、勝てないって?オマエがどれだけ俺より新しい奴なのかなんて知らねえよ。そもそも改造人間かもしらねえ。だがよォ…どんな結末も迎えるまでは仮定でしかねえんだぜ?」


だから俺は油断をしない。慢心をしない。全力で、全霊で、殺すことに集中をする。奴は何かしらの策を持っている。…なんだ?何の策がある。無闇に飛び込むことはできない。悪魔憑きの恩恵で魔力はある。龍が中にいる事で水晶を動かす事は息をするかのように簡単だ。だが、何か一つでも今の要素がずれたら呼吸が乱れるように複雑になることは想像に難く無い。…見ろ。注意して。観察して、隙を…!!


「アハッ…!」


影が、起きた。それは人型でありながら歪な存在。それに俺は見覚えがある。いや、一部に見覚えがあると言った方が正しい。…それは「俺」の身体のパーツを持っていた。


「これはねぇ?アナタの死体を使って作ったキメラなのよ」


女が何かを言っている。だが、頭に入ってこない。俺の死体を…使った…?コイツ…あの研究所の生き残りか…?


『小僧、辞めろッ!』


龍が内で叫ぶ。だが、身体は止まらない。記憶の奥底にある前の自分の願いを知っているから。奴の願いは見守ることだった。何故見分けがつくのかと自分でも不思議だ。全て同じ見た目で俺らは互いに見分けをつけることが難しい。髪の色が違うのは俺と、黒夜と、夜空のそれぞれの型だけ。俺たちはその三型の記憶全てを引き継ぐことはできない。欠損して摩耗して欠落していく。…だが、そんな中でもこびりついて落ちやしねぇ記憶は、偽物の俺らが抱いた刹那なんだよ。


「悠久の中で、刹那を想え」


手の中には二振りの剣。無骨で、特筆すべき特徴のない乱造品だ。だがこれは、俺ら偽物達にとって意味のある剣。


「なぁ、そうだろ?龍骸よォ…!!」


歪の正体は溶け落ちた翼や尻尾。腐り果てた鱗。それは人型の龍。龍と人の融合体。クドラと混ざり合った最初の「俺」。それが目の前に居る偽物達の正体。憧れに分不相応に近付いて、腐り溶けた成れの果て。


「ーーー」


無言で、龍骸は口腔を開く。そこに玉のように魔力が集中して、制御しようとする意志もないままに大熱量が俺へと迫る。ちゃっかり胸骨が龍牙の兵隊まで召喚してやがる…!


「盾!!」


ビルほどの大きさの大剣が俺の目の前に突き刺さる。それでも熱を受け止めきれずに融解を初め、溶かし切るまでのラグを利用して龍骸の元へ駆ける。龍牙兵を切り裂き進むせいで遅い。この剣は切った相手の思いを汲み取る魔道具の側面を持つ。そのせいでわかってしまう。この兵隊が生前の龍骸が救った命であり、救えなかった命であると言うことが。龍骸は魔王と呼ばれていたと記憶がある。魔王が居るなら勇者が居て、勇者は魔王の救った魔族や獣人、人間を殺していった。そこにどんな葛藤があったのかはわからない。ただ、その結末を見て龍骸は人間を見限った。死の間際まで自分の救った命を見届けたいと願い、救えなかった命に懺悔していた。その記憶は、俺の中にしっかりとある。…だからこそ、ふざけるなよ…。


「テ、メェ…!!ふざけてんじゃねェ!!操られてんじゃねぇよ!テメェの望みはなんだったんだ、あァ!?見守るんだろうが!懺悔してたんだろうが!!テメェはなんで、何で捨て駒扱いしてんだよ!!」


矛盾だ。吐き気がする。気持ち悪い。戦意が膨れ上がる。…あいつを許すことはできない。あのクソ女だけは…!龍骸の面には何も浮かんでいない。死霊魔術で無理やり現世に止められてる奴特有の表情だ。無表情でしかないのに、無表情では足りない。「無」があるという矛盾。夕日を利用されたのも腹が立つ。俺達の意地を利用されたのも腹が立つ。…だがそれよりも、何よりも…!のうのうと生きていた俺自身が許せねえ!!


「龍骸、今から俺がすることは八つ当たりだ。自分自身の不甲斐なさをお前(自分)にぶつけるんだ。当然だよな?」


鎧を解除する。ろくに今回使えちゃいないがまたの機会を願っておこう。代わりに着込むのは灰色の軍服に黒い外套。桜の花弁背負って八つ当たりだ。狐面でも被ろうか。騙し化かして馬鹿しようぜ、なぁ!!


「ッラァぁあああ!!!」


叫ぶ。龍牙兵を切り裂いて、願いを受け止めて、それで進む。龍は願いを乗せて飛ぶと言う。俺たちは紛い物だ。だがそれでも、互いに同じ龍を継承した。なら、使える魔法も同じだよな。


水晶と水晶がぶつかり合って爆ぜる。爆ぜたカケラが武器へと変わり延々と打ち込み合う。剣の華はあまりにも物悲しく、虚しく映った。龍牙兵はいつしか静かに佇むだけになり、女の苛立ったような舌打ちすらも水晶で出来た武器がぶつかることで消え去る。


「切り裂き爆ぜるは我が贋作…!!」


「ーーー」


同じ武器を手に持ち、偽物達(化け物)偽物達(異形)がぶつかり、武器が至近距離で爆ぜる。それは肉を削ぎ落とすかのような爆発。互いに血まみれになり、化け物は膝をつき、異形は変わらずに武器を作り出し振るおうとしている。


「性能差、か…全く嫌になるなぁおい。死んだ方が強いかもしれないとか思っちまったじゃねえか」


血だらけになり、腕の肉が弾け飛んでもなお化け物は強気に笑う。目元を隠す狐面から覗く目は紅と蒼のオッドアイで、縁を金に彩られた瞳。それを見た異形は数瞬怯んだように動きを止め、迷いを振り払うかのように大振りに武器を振った。


——キィィィィッン…


振るわれた武器は突如地面に刺さった一振りの剣に阻まれ、砕けた。


「思い出すのに時間がかかったんだがなぁ、お前の癖、全部知ってるんだよ。受け皿だからなァ俺は。いろんな記憶、思い、願いを受け止めて進むのさァ」


血を吐きながら、掠れた声でそれでもはっきりと言う化け物に同じ偽物として何か響くところがあったのか、先ほどよりも苛烈にふるわれる武器。それを避ける術は無く、剣が降ってくることもない。諦め悪く嗤う化け物の前で、白銀が爆ぜた。それは白夜の銘を持つ刀。偽物達の持つ武器の中で唯一本物であると誇るもの。


「意地を張るために、俺はここまでしたぞ。…どうするよ、えぇ?」


それを抜く意味は誓い。師に対しての、人だったころの家族への。もうその誓いが意味をなさずとも、人である白夜が並行世界のどこかにいる限り、偽物達は誓いを守る。


「ー--!!!」


声のない咆哮。白銀に縫い留められている己の武器を押し通すために龍の骸は吠え、そして偽物はそれを鞘から刀身を抜くことで制する。


「行くぞ、火龍白夜。覚悟を固めているんだろう?なら、龍の名のもとに散っていけ。そして這いずり回って死んでいけ。それが我ら偽物達にふさわしい末路であるがゆえに」


轟と音を立てて振るわれる大剣を刀が滑り、落とす。


「---!!!」


返す刃で首を落とさんとするも後退され失敗。


「ちぃっ!!」


武器を作られど偽物と本物の差は歴然。


「ー--!」


「切り裂き拓くは我が信念・・・!」


バターの如く切り落とされ無数の水晶の武器は魔力に還り消えていく。


「おおああああ!!!」


それはまるで雪のようで、水晶が入り混じった異形は少しずつ人の形になっていく。


「--g、i…ァ・・・!?」


だがそれをまるで意に介さずに刀身は軌跡を描いて振るわれる。


「永久の流転の中で螺旋を描いて消えていけ・・・!」


異形の体を削り取りながら、未練を断ち切りながら、龍牙兵に見守られながら。

「…」

「…」

「…」


音を立てることもなく、傭兵が異形を切り裂く。


「…先に地獄で待っておけ。俺もいずれ行く。その時に文句は聞いてやる」


瓦解して行く己の体をじっと見つめ、骸は澄んだ瞳で笑い、消えた。


「…はっ」


それを鼻で笑い、傭兵は骸がいたところに剣を突き刺した。白銀の刀身に龍の紋様が入った剣を。


「あらぁ?負けちゃったの?使えないのねぇ」


女が吐き捨て見下すように言った途端に灰の鎌と黒の刃が交差するように女の首を固定した。灰の鎌の持ち主は灰色の髪に紅い髪が混じった金目の男。黒い刃の持ち主は肌まで漆黒の闇を模したような男。


「よォ、あんまりにも帰りが遅いから迎えに来てやったぜ。泣いて喜べ」


「おいおい。お前今俺たちを弱いって言ったか?そりゃ俺らは二流だがよ、試してみるか。テメェ自身で」


二人の男は傭兵と酷似していた。それが示すことは


偽物達(クローンズ)・・・!!」


傭兵が悪魔のような笑みを浮かべて言う


「まぁ、術式が作動すれば通知が行くからなァ、来てくれるかは半々だったが俺は賭けに勝ったらしい。・・・さて、サレナ・スカベンジャー。死霊を操り聖女サマを危険に晒し、死者の安寧を損なった罪を払え」


「どこで私の名前を知ったのかしら?」


最後、女は間抜けな問いをして、答えを得ぬままに首を撥ねられ身体は水晶に閉じ込められた。


「悪が栄えたためしなしってな。…助かった。この後夕日のほうに行くって考えると魔力が足りるか不安でな。墓でゆっくり寝ててくれ」


女だったものには目もくれず、傭兵は二人の男の人影にそう声をかける。そうすると人影が空気に溶けるように消えた。偽物術式の一つ、陽炎の効果で幻影に近い形で死んだ偽物達の姿を生み出し、限定的な言葉を発することができるコケ脅しの技。熟達した傭兵なら通じないが、サレナ・スカベンジャーは熟達していたわけでもない。


「・・・あっちか」


フラフラとした足取りで歩く傭兵が見た先には雷と緑の炎がぶつかり合って衝撃波が生まれている。傭兵の知る限りあんなことができるのは二人しかおらず、そしてこの世界もその考えがあっていると告げていたし、何より炎を使われるほどに強欲に飲まれた相手を野放しにできはしないのだから。







「フハハハハハ!!!!どうした夕日!そんな風では俺は捉えることなぞいつまでたってもできんぞ!!」


人造兵器(オリジン)の在り方は傭兵というよりも騎士に近い。幾人もの雇い主を転々とせず、血筋によって雇われている。騎士のような名誉はないが、人造兵器には雷がある。すべてを焼き、空から鉄槌として己の意のままに落とせる雷が。正々堂々とした戦いをするために普段は剣で戦っているがその本質は傲慢の悪魔が憑いている通り上から他者を見ることにある。自ら慣れない剣をふるうその余裕は無意識のうちに騎士の技量を上げるボーナスとしての補正がついていた。剣の間合いを掴んでしまえばそこから相手の動きの速さ、正確さ、力量を見抜いてしまうのを可能とするこの男は正しくクリシタリアの三傭兵団の中でも頭一つ抜きんでている。その男が余裕を持ったままに己と比べられる傭兵の一つである殺戮人形(キリングドール)とぶつかり合った結果、金で彩られた豪華絢爛な街並みはことごとくが廃墟と化している。


「お・・・おおおああああああああ!!!!」


苛立ちを露わに叫ぶ殺戮人形を騎士は憐れみを込めた目で見て、そして両腕に雷を貯めて打ち出した。それを暴風で吹き散らそうとするも二つの魔力がぶつかり合い、当然のように金の魔力が緑の風を逆に吹き散らしあまりの威力に殺戮人形は土を巻き上げながら地面を転がっていく。



「この雷は裁きであると知れ。我らは傭兵である以前に兵器。そしてそれ以前にクリシタリアを守る盾。その役を知りながら操られている貴様風情にはそのそよ風が限界よ。そら、もっと本気で逃げて見せるがいい。意思のある頃ならばこの程度の児戯で後れを取ることはなかったぞ?」


「ぎ、ぐ、がっ!?」


気付けとでも言わんばかりに連続して放たれる小規模の雷に殺戮人形は貫かれ、そしてそれを掴み取って人造兵器に投げ返した。


【ほう・・・貴様、俺の雷を奪ったか】


「ほう?それはそれは…少しは楽しませてくれるじゃないか」


にやりと笑い、人造兵器は投げ返された電撃を獅子のような形にして再度放つ。


「術式使役…雷獣」


雷獣は孤高の主を一度見て、雷速で殺戮人形へ迫る。


「ガアアアア!!!!!」


殺戮人形は雄たけびを上げて雷獣に拳を合わせる。が、雷獣はそれを見越したかのように躱し殺戮人形の口にするりと入り込み内側を駆け回る。魔力で編まれた存在であるがゆえに魔力回路に入り込み、鮮やかな手口で魔力回路をショートさせる。そこで雷獣の役目は終わり体内を叶う限り焼いて消えた。


「ガ…!!」


「少しは意味のある言葉を話してみたらどうだ?もっとも、そんな理性があるかもわからないがな」


傲慢に見下ろすその視線は諦念と僅かな期待を宿しており、殺戮人形はその視線を理性でも知性でもない魂で感じ取り、そこでサレナが死亡したことにより枷が外れた。


「ほう、貴様このレベルの暴風を操れたのか」


竜巻が吹き荒れ、岩盤を抉り人造兵器へ向かう。それを雷で打ち砕きながら人造兵器は笑う。笑う。笑う。そこに侮蔑はなく、見下すこともなく、ただ淡々と事務的に処理する目でもなく、友達と遊ぶ少年課のような瞳をして雷と風の応酬は続く。


「く、ははははははは!!!!操られていると聞いて落胆していたが存外に楽しいじゃないか!良いぞ、その魔力に免じて存在後と消し飛ばすのは勘弁してやる!偽物達が来るまで存分に楽しませろ殺戮人形!!」


殺戮人形は背中に竜巻を連結させものすごい速さで人造兵器に迫る。それは山が迫ってきたかと錯覚するような光景であり、殺戮人形は人造兵器の腹に一撃を入れ、鎌鼬を発生させて切り裂く。鮮血が飛び散り、そして人造兵器は笑みを深めた。


「俺は偽物達のように血を刃に変化させるなんて優しことはせんぞ」


そういうや否や飛び散った血に雷が通い、簡易的な包囲網ができる。雷でできた包囲網は触れれば感電して数秒身動きが取れなくなるだろう。それを理解した殺戮人形はそれを消し飛ばすために魔力を貯め、その隙を逃すわけもない人造兵器は血に魔力を過剰に流し電流をはじけさせた。


「ぐおあぁッ!?」


悲鳴を上げてそれを一身に受けるも倒れない。雷が何度直撃しようと顔色一つ変えずに拳をふるう殺戮人形。それは殺戮(それ)だけをプログラムされた人形のようで


「フ、己の在り様を違えることはなかったか。いいぞ、今の俺は気分がいい。反撃を許してやろう。俺たちの本質は魔法ではない。俺であれば誇り、偽物であれば意地、貴様であれば渇望、か?」


人造兵器がそうつぶやいた瞬間に殺戮人形が萎んだ。無駄に膨張していた筋肉が収縮し、より速く、より強く相手を殺すために鍛えられた本来の姿となる。傷だらけの上半身を晒し、質素な皮鎧を纏った姿で殺戮人形は制御を失った状態のままに人造兵器を押しつぶさんと迫る。


「貴様の欲望は決して特別なものではない。俺たち三傭兵が三兵器と呼ばれていたころから三者が持っていたものだ。そしてその渇望が俺は上から見渡すことへの執着に、偽物達は刹那への憧憬に変ずる中で貴様は違った。変わることなく純度を高め、そして渇望へと昇華してしまったもの。強欲の悪魔憑きに相応しいのではないか?」


それを見ながらも、人造兵器は揺るがない。金が燻ることがなく、拳をするりと避けて続いて鞭のように蹴りだされた脚に手を置いて人造兵器の鼻っ柱につま先をめり込ませた。


「ぐ…!!」


殺戮人形はその足を掴み、握りつぶさんばかりに力を込めて地面へ叩きつけようとするも人造兵器はすぐさま体を強引に回して首筋に蹴りを叩きこみ、雷を流した。


「少し焦ったが、まぁ予想通りだな。貴様では俺に土をつけることはできん。俺に土をつけるとしたらそれは愚劣なまでに誰かの背中を追うものだろうよ」


攻撃のすべてを無効化され、後がなくなった殺戮人形は無理やり焼け焦げた魔力回路に魔力を流し大気を圧縮していく。


【ほう…。考えたな。風を集め火の玉を作るつもりか】


「魔力を圧縮して熱を帯びさせ、そして空気を圧縮して更なる熱を生み出しているのか。…緑の炎とはまた珍しいものよ」


まるで珍しい形の雲があったかのような、日常の延長でしかないかのような振る舞いをする人造兵器に事実焦りはない。火の玉程度であれば雷でどうとでもできるし、何より少し離れたところにいる銀色が炎なんて言う自分の領分に黙っているわけがないと知っているから。


「そら、雷と炎、どちらが上か比べてやろう。比べる時間があるかは知らんがな!」


ガアアアアア!!!!


緑の炎と黄金の雷が衝突し、音すら消し飛ばして町が崩れていく最中、白銀の男が遠くから放った銃から獣のような遠吠えが聞こえ、紅い弾丸が衝突した魔力を水晶に置換していき炎と雷を内包したオブジェが出来上がる。その結果に戦闘をしていた両者は不満を顔に表し、少し早く動き出した人造兵器が殺戮人形の腹を拳で突き破り、殺戮人形は諦めたように笑い、倒れた。


「次は邪魔なくやりたいものだな。夕日」


そういって人造兵器はその世界から離脱し、世界から金が消えた。


「はぁ…。ったく、後片付けくらい手伝いやがれってんだ。チッ、いつまでたっても殺した後の感覚は気持ち悪い。…はぁ、この後は報告したりこの世界の修復用ゴーレム作ったり武器の点検いろいろあるな・・・」


男は顔を片手で覆いながら徐々に死にゆく目で口にしていき、やがてそれすら面倒になったのかやめた。ゴーレムを数体作り終え、世界を閉じるとそこは最初の部屋。傷一つついていない内装を見て壁に背を預けて座り込む.紅に染まった髪は白く戻り、祭りが終わった龍と悪魔は中で眠りについているのがわかる。


「あーあ…、聖女サマは無事だといいんだがね。どこからサレナが入ってきたのかとか組織の腐敗とか調べるのは俺の役割じゃないし。殺戮人形…夕日はこの世界では死んでいない。つまり…並行世界に干渉する術を持っている世界がある。…偽物達の在り方も変わるべきかもしれない、か。考えたくねえな・・・」


男はゆっくり立ち上がり、痛む体を労わりながらドアを開けた。そこには石で作られた廊下があり、魔法で灯りが確保されているとともに窓があり、暗い印象はかけらもない。その中を歩いていくうちに大きな部屋に出る。教会かのような内装のその部屋は真実協会であり、そこに聖女はいたが、傍らには誰もいない。


「聖女サマ、終わりました。…さて、前置きは面倒なので本題を話しましょうか。…俺はこの国で作られた兵器であり傭兵だ。聖女サマ、いやスフィア・ガーランド。偽物達を雇う気はないか。俺じゃなく、偽物達を」


男の提案に聖女は言葉を発することすらなく、されど目が雄弁に「あなたはもう私が雇っていたはずだ」と告げている。


「おいおい、そりゃ聖女サマって役割の人間に雇われてるだけだ。仮にアンタが死んで次の聖女が来たら俺はそいつを雇い主とする。ま、あんたがほかの「俺」と何かあったのかとかは知らんよ。俺を見るたびに変な面してることからなにかはあったんだろうがな。…あんたの従者は裏切った。傭兵は報酬がある限り裏切らない。少なくとも俺たちクリシタリアの三羽烏と言われる三傭兵は」


どうだ? と続けた男の提案を聖女は飲み、後に偽物達は不吉な傭兵と言われるほどに裏方を熟すこととなる。クリシタリアでの知名度も、この世界での知名度も上がっていき冒険者として魔獣を倒すもの、自分の収めた技の中で護身術を各地の村に教えるもの、王の傍らで黙して剣となるもの等多岐にわたるほどに文献に残り、クリシタリアが滅んだ先でもその名は廃れなかった。


これは、そんな偽物達の物語の一幕であり、偽物達の物語の序章である。彼らは今日もクリシタリアを闊歩する。銀を見たら注意しろ。それは水晶に体を置換し龍と悪魔を宿した不吉な傭兵なのだから。一人に見つかったら300人に見つかったものと思え、なぜなら彼らは記憶を同期しているのだから。クリシタリアの三羽烏の一つである傭兵は不吉であり不気味であるのだから。



国のどこか、木の下で狐面をかけたローブの男は薄く笑っていった。


「やっぱり特別なんて碌なもんじゃねえ」

こんな才能いらなかった!!

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