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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゾンビが蔓延る世界で喋るリスと共に生きていく

作者: チャンドラ

「ハァ……ハァ……こりゃあ、ちょっとやばいかもな」


 建物の影から様子を伺う。辺り一面ゾンビであった。

 このまま闇雲に突っ走っても奴らに見つかって餌食となるのがオチだろう。

 おっと、自己紹介が遅れた。俺の名は藤原真斗ふじわらまさと

 かつて俺は都内で生活しているどこにでもいる普通の会社員であった。


「ウガァ……」

「アゥ……」

「エエアオ……」


 ゾンビ達の呻き声が嫌が応にも耳に届く。

 この世界がゾンビだらけになってからすでに半年以上経過している。

 某国のコウモリが発生源である通称『ゾンビウィルス』は初め、モルモットやウサギといった小動物に空気感染して広がった。

 感染は他の動物にも広がり、ついには人間にも感染するようになったのである。


 幸い人間には空気感染しないものの、ゾンビに噛まれたり引っ掻かれたりするとその人間は一分も経たずにゾンビと化す。

 この世界がまさかゾンビ映画のようになっただなんて、今でも信じられない。

 奴らから逃れるため、これまで何度も住む場所を転々としていたが、どうやら俺の命運もここまでかな。


 あぁ、死ぬ前に巨乳の美女と結婚したかった。


「くーふふー! 諦めるな、まさと。まだ希望はある」


 俺の肩に乗っかっているコリンちゃんが話しかけてきた。

 コリンちゃんは俺が飼っていたリスで元々は普通のリスだったのだが、とある理由により喋るようになった。ついでに色が黄色になった。


「希望って言ってもねぇ……これ、正直積詰んだんじゃない? 少なく見積もっても三十体くらいゾンビがいるよ」


 この場所に隠れていられるのも時間の問題だろう。

 そのうち、ゾンビに居場所を気づかれてしまうのがオチだ。

 その前にゾンビがいない建物に身を隠したいところだが……そんな都合の良い場所はない。


 どこぞの指輪の魔法使いが現れて、プリーズ、ヒーヒーヒヒヒー!して欲しいがそんな都合の良いことは起きないだろう。


「最悪、あの手を……」

「ねぇ、あなた」

「ひゃ!」


 不意に背後から話しかけられた。めちゃくちゃびっくりした。

 振り返ると、頭に赤いバンダナを巻いており、右手に拳銃を持った女性が立っていた。


 見たところ二十代くらいか。服が汚れており、凛々しい顔つきをしている。


「あなた、人間よね?」

「そうだよ。俺は藤原真斗って言うんだ。君は?」

「自己紹介は後よ。こっちに来て」


 女性に手を引かれ、建物の陰から出ると、数匹のゾンビが俺達に気づき、近づいてきた。


「全く……面倒ね!」


 女性は的確にゾンビの頭に銃弾を打ち込んだ。銃弾を撃ち込まれた三体のゾンビはバタバタと倒れる。

 見事なまでのヘッドショットであった。


「うお……すっげ」

「あそこにある黒い車見える? あれに乗って逃げるわよ!」

「え、ちょ、ま……!」


 女性がものすごいスピードで車に向かって走った。かなりの速さである。

 もしかして陸上部とかだったのだろうか。

 彼女は鮮やかに運転席に乗り込み、俺も遅れる形で後ろの席に乗り込んだ。

 車からブロロロロとエンジン音がなり、急発進した。


「うわ!」


 危うく前の席に頭をぶつけそうになった。窓ガラスから外の様子を覗き込むと、ゾンビ共が車に迫ろうとしているが、グイグイと距離を引き離していった。

 偶然にも出会ったこの女性のお陰で何とか助かったな。


「まさとさんだったわね。私の名前は畠山愛梨彩はたけやまありさ。よろしく頼むわ」

「うん! こちらこそよろしく」

「くーふふー! コリンちゃんだよ。よろしく!」


 愛梨彩は後ろを振り向くと、ぎょっとした表情でコリンちゃんのことを凝視した。

 まぁ、驚くのも無理はないか。


「り、リスが喋った?」

「コリンちゃんは俺が飼っていたリスなんだけど、ゾンビウィルスに感染してもなぜかゾンビ化せずにこんな風に喋るようになったんだ」

「そ、そうなんだ……」

「コリンちゃんは人間の味方だよ! 好きな食べ物はコンポタージュ。くーふふー!」


 この世界がゾンビだらけになってからコンポタージュどころか、まともな食料を手に入れるのもままならない。

 この先、日本は……いや世界はどうなるのだろうか。

 車は三十分ほど走ると、愛梨彩は大きな工場の前で車を停めた。


「着いたわ。ここが私達のアジトよ」

「アジト?」

「そうよ。中に仲間がいるの。入りましょう」


 車から降り、愛梨彩と共に工場の中に入った。

 工場の中は電気が付いているものの薄暗く、たくさんの重量機や機械類が置いてあった。

 

「戻ったわ」

「お帰り三号。その人は?」


 身長180センチほどの優男が尋ねた。

 彼は頭にヘルメットを被っており、穏やかそうな顔つきをしているものの、俺を警戒しているのか目がまるで笑っていなかった。


 その男の隣には無精髭を生やしたガタイの良い三十代くらいの男もいた。

 彼は俺のことをめっちゃ睨んでいた。怖いな。


「この人はまさとさんっていうの。さっき偶然、街で出会ったわ」

「そうか。僕の名前は木津山且きづやまかつ。僕のことは名前ではなく1号と呼んでくれ」

「は、はぁ……」


 さっきから3号だの1号だの、この人は何を言っているんだ。

 まさか人造人間なのか? 吸収して完全体とかになったりする?


「愛梨彩。どうしてそいつをここに連れてきた。食糧が尽きかけているのは知っているだろ?」


 俺のことを睨んでいた男性が愛梨彩に訊いた。

 どうやら歓迎されていないようである。


「それはそうだけど……困っている人がいるのに黙って放っておけるわけないじゃない!」


 愛梨彩が声を荒げた。この子、めっちゃ良い子だな。

 こんなことを考えるのはあれだけど、恋をするとしたらあんな気持ちの女性がいいと思います。


「それが甘いっていうんだ。こんな肩にリスを乗せている変なやつ……」


 ぐうの音も出ないほどの正論である。

 肩にリスを乗せている人なんて普通はいないだろう。

 強いて挙げるなら、ナ○シカか……ランラン(以下略)


「くーふふー! コリンちゃんだよ。よろしく!」

「り、リスが喋った!?」

「あぁ、それは……」


 俺はコリンちゃんが喋るようになった経緯を説明した。

 1号は納得してくれたようであるが、無精髭の男はさらに猜疑心を強めたようである。


「ゾンビウィルスに感染したリスだぁ? そんな物騒なもん連れて歩いてるような奴、なおさら信用できねぇよ。早くここから出て行きな」


 ここまでハッキリと拒絶されてしまっては流石に出て行くしかないと思った。

 俺はゆとり世代。

 先生にやる気が無いなら帰れと言われたなら素直に帰るタイプだ。


「おい2号、その辺でよさないか。いいかい? せっかく出会えた貴重な仲間を自ら見捨てるということはそう……ス○ラトゥーンで例えるなら、キルすることばっかりに気を取られすぎて肝心の塗りが疎かになって負けちゃうみたいなもんだよ」


 俺は1号が何を言っているのか全く分からなかった。

 それってゲームの話だよね? 俺はそのゲームプレイしたことないけども。


「まぁいい。1号がそう言うならひとまず認めてやる。俺は新山裕也にいやまゆうや。ここでは俺が先輩だからな」

「は、はい……」


 この裕也という男性にはあまり良い印象を持たれていないようである。

 ひとまず、ここで暮らしていくうちに何とか信頼を得ておきたいところだ。


「それじゃ、新しい仲間も増えたことだし、みんなに見せたいものがあるんだ。来てくれ」


 俺達は工場内にある倉庫室に入った。倉庫室の中には電動ノコギリやネジ、トンカチなどが雑多に置かれている。


 そして、机の上には何やら布が掛けられていた。


「じゃじゃーん! これを見てくれ。ついに出来たんだ!」


 1号が興奮気味に布を捲った。机の上に置かれていたのは四つの武器。

 日本刀、拳銃、ライフル、バズーカであった。


「これ……まさか全部、1号が作ったのか?」

「その通りだよ、まさ……4号。3号に頼まれてね。工場にあった材料を元に作ったんだ」


 どの武器も個人が作ったものとは思えないほどの出来である。

 特にバズーカなんてどうやって作ったのかめちゃくちゃ気になる。


「すごい。こんなのどうやって作ったんだ?」

「こう見えて僕は東都大学の理学部に通っていたからこれくらいは作れるよ。制作に三ヶ月以上掛かっちゃったわけだけど」


 つまり、少なくともここに三ヶ月以上は留まっているわけか。

 ちなみに東都大学とは国内最高峰の大学である。1号はその大学出身なのか。

 見掛けによらずかなり頭が良いんだな。

 


「さてと。それじゃ、みんなでどの武器を使うか話し合おうか」


 話し合いの結果、俺は日本刀を使わせてもらうことにした。

 裕也から俺は日本刀を使うべきだという進言があったためである。

 まぁ、恐らくはこの武器の中では日本刀が一番弱いからだろう。

 1号がバズーカ、裕也がライフル、愛梨彩が拳銃を使うということになった。


「武器が出来たことだし、これからは積極的に外を探索しようと思うんだ。勿論、無理しない程度にね」

「私も1号に賛成よ。食糧も尽きてきていることだし、明日は街を探索しましょう」

「ま、しゃーねぇな。おい、まさとだったか? 俺はまだ完全には信用してないからな。信用を得たければせーぜー役に立てよ」

「分かった。出来るだけゾンビを倒せるように頑張るよ」


 とはいえ日本刀か……今まで扱ったことがないし、使いこなせるかいささか不安である。

 こんなことなら高校時代、剣道部に所属しておくんだった。

 だがまぁ、俺は長年ワンパークの大ファンであり、しかも推しキャラがゾロロなのできっと大丈夫だろう。


 とにかく、こうして生存者に出会えたのはラッキーであった。

 何とかこの人達とは上手くやっていきたい。


「それじゃ、みんな今日はしっかりと休むように。明日、早速出かけるからね」


 工場内にはマットレスが置いてあったため、その上で寝ることにした。

 マットレスからほんのりと醤油の香りがしたが、硬い床で寝るよりは遥かにマシである。

 疲れからかあっという間に眠りにつくことができた。

 俺が見る夢はいつも決まっている。


 それは自分が感染し、ゾンビになって人間を襲う夢である。




「くーふふー! 朝だぞ。起きろ、まさと」

「ふわぁ……おはよう。コリンちゃん」


 コリンちゃんに叩き起こされて目が覚めた。

 横に置いていた日本刀を手に持ち、起き上がる。

 すでに他のみんなは起きて武器の手入れをしていた。


「おはよう4号。これ、朝食だよ」


 1号が投げ渡してきたのはカロリーメイトであった。

 最近はカエルやスズメを捕まえて食べていたため、久々のご馳走である。


「ありがとう。いただきます」


 しかもこのカロリーメイト……チョコチップ味じゃあないか!

 カロリーメイトの中でも頂点に位置する。牛乳と併せて食べると美味さが倍増する。


「2号、3号、4号。これから向かうのはこの工場から少し離れたところにある大型ショッピングモールだ。狙うは食料品だけど、他にも役に立ちそうなものがあったら持って行こう」

「そうね。1号の作ってくれた武器も試してみたいから今日はたくさんゾンビをぶっ殺してやるわ!」


 おおぅ……愛梨彩さん、血気盛んだな。

 微弱ながら、俺もみんなの役立てるように頑張るゾイ。


「ま、俺はいつも通りやるだけだ。まさと、足引っ張んなよ」

「善処します」


 俺達は九時過ぎに車でショッピングモールに向かった。

 ちなみに運転手は1号が担当であった。

 駐車場から少し離れた場所に車を止め、俺と愛梨彩、そして裕也の三人でショッピングモールの中に入ることにした。


 1号には車で待機してもらう。彼はゾンビが車を襲ってきたときに守る係である。


「はぁ! せりゃ!」


 愛梨彩が声を出して発砲する。

 入り口付近にいるゾンビは全て彼女が倒してくれた。

 これからいよいよショッピングモールの中に足を踏み入れる。


「おい、まさと。お前、先に中に入れよ」


 裕也が指示を出した。

 正直なところ気が引けた。何せショッピングモールの中にわんさかゾンビがいるかもしれないのだ。


「くーふふー! なんだお前、偉そうに指示出して。そんなにまさとのこと、嫌いなのか?」

 コリンちゃんが俺が思っていたことを代弁してくれた。

 感謝感激雨あられである。

「好きとか嫌いとかそういう話じゃない。信用できるかできないか、そういう話をしてるんだ。あと、お前のことも認めたわけじゃないからな、クソリス」

「くーふふー! なんだとー! もう怒ったぞー!」


 コリンちゃんは激おこぷんぷん丸になった。

 俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、今は仲間割れしている場合ではない。


「やめるんだ、コリンちゃん。確かに今の俺達に信用はないよ。俺達が先頭を歩くべきだ」

 俺達には『あれ』がある。最悪の場合でも死ぬことはないだろう。

「裕也、言い過ぎよ。私が代わりに先頭を歩くからいいでしょ?」

「愛梨彩、大丈夫だ。俺に任せてくれ」

「で、でも……」

「気にしないで。さぁ、コリンちゃん。中に入るよ」

「くーふふー! オッケー!」


 俺はそそくさとショッピングモールの中に入った。ゾンビの呻き声が聞こえるものの、近くに奴らの姿はない。


「二人とも近くにゾンビはいないみたいだ。中に入ってくれ」

「分かったわ」

「ふん」


 二人も続いて中に入った。俺達がいるショッピングモールはかなり広く、食品売り場は右側方向にあるようであった。


「ウー、ガオー!」


 自動販売機の近くにいたゾンビが俺達に気づき、襲いかかってきた。

 一体であれば、俺でも難なく倒すことができる。


「サー○ルちゃん、みたいな鳴き声しやがって! 全然可愛くないんだよ。オラ!!」

 1号から譲り受けた武器、日本刀の鞘を抜く。ゾンビの首を的確に狙った。

「くーふふー! コリンちゃんの息遣い。一ノ形、鈍斬どんぎり!」


 コリンちゃんが謎の技を叫んだ。

 切り落とされたゾンビの首はボトッと床に転がり落ちる。 

 

「ほう……お前、思ったよりやるんだな」


 裕也が俺の戦闘力に感心していた。

 これでも俺は幾度となく死線を乗り切っているのだ。

 ネギの緑色の部分でゾンビを転ばせ、丸太で撲殺するなんてこともやったことがある。


「少しは信頼してもらえたました?」

「ま、無事に任務を達成できたら少しは認めてやるよ」


 こんな上から目線で話すということは裕也もそれなりの戦闘力を持っていると考えて良いだろう。

 しかし、この日本刀。とんでもない斬れ味だな。

 ゾンビの首を豆腐みたいに簡単に斬れたぞ。


「一体、発見」


 裕也がライフルを構えると、すかさず発砲した。遠くから「ガウ」と声が聞こえた。

 銃弾が離れた方向にバタンとゾンビが倒れ込んでいるのが見えた。

 あんな離れたところにいるゾンビの存在を確認できたのか。


「驚いた? 裕也はね、視力が3.0あるのよ」

「3.0……それはすごいね」

「無駄話はこれくらいにして早く行くぞ。遠くにいるゾンビは俺が撃ち殺してやるから二人は近くにいるゾンビを殺してくれ」


 中々、心強い人と巡り会えたものだな。

 これなら今回の任務を難なく成功するだろう。

 無事、食品売り場に辿り着き、鞄に食料品等を詰めるだけ詰め込んだ。

 長持ちするということで持っていくのは缶詰がメインである。


「よし、これだけ詰め込めば十分だろ。戻るぞ」

「了解。思ったよりも楽勝だったわね!」

 帰りも俺が先頭を歩く心積もりである。

「うわあああああ! た、助けてー!」


 あの声……1号の叫び声だ。1号の身が危ない。


「おい、1号! どこだ、どこにいる!?」

「ここだよー!」 


 声がする方を見ると、1号が俺達のいる方に向かって走っていた。

 しかし、1号の走るスピードはお世辞にも速いとは言えなかった。

 1号の後ろには軽く五十体はいるであろうゾンビが迫っていた。


「ったく、世話が焼ける!」

 裕也はライフルで何体かのゾンビを撃ち殺すも、ゾンビの群れは1号との距離を詰め、ついには捕らえた。

「た、助けてー!」

 ゾンビに食い散らかせる1号の様子は目を背けたくなるほどの惨状であった。

「1号ー!」

 愛梨彩は1号を助けに向かおうとした。そんな彼女を裕也が制止した。

「よせ、愛梨彩! 1号はもう助からない。早くここから逃げるぞ!」


 しかし、入り口にはゾンビがわんさかいた。

 あの群れを突破し、ショッピングモールの外に出るのはかなり厳しいだろう。


「ち……こっちだ。付いてこい!」

 裕也が向かったのはエレベーターであった。ボタンを押し、中に入る。


「ウガァ……」

「ガウ……」

「ウワァ……」


「この、来るな!」


 ゾンビがエレベーターの中に侵入してきそうなのを裕也と愛梨彩が発砲して、食い止めた。

 エレベーターの扉が閉まり、三階へと向かう。


「はぁ……」

 相当疲弊したのか、愛梨彩は壁にもたれ込んだ。

「1号……くそ! なんでだよ!」


 裕也が壁を強く叩いた。無理もない。長らく共に過ごした仲間を失ったのだ。

 きっと計り知れないショックだろう。

 ひとまず助かったとは言え、俺達はかなりまずい状況下にいる。


 一階にはゾンビがたくさんおり、上の階にもたくさんゾンビがいるかもしれない。

 やがて、エレベーターの扉が開いた。

 俺はエレベーターから出て、周囲の様子を確認してみるもゾンビがいる様子はなかった。


 二人も無表情のままエレベーターから出ると、近くにあるソファーに腰を下ろす。


「はぁ……」

 裕也は両手で顔を覆い隠した。指と指の間から涙が溢れているのが分かった。

「1号……どうしてだよ! 俺らのリーダーだっただろ!」

「本当ね。1号無しでこれからどうして生きていけばいいのかしら……」

「ふ、二人とも……ショックなのは分かるけど早くここから出ないと。このフロアにもいつゾンビがやってくるか分からない」

「黙れ! お前はあいつのことを何も知らないからそんな冷静にいられるんだ。出たければ一人で勝手に出ろ」


 裕也が声を荒げた。二人ともかなり精神的に追い詰められているな。

 だが、俺は二人のことを見捨てるなんてことはできない。


「確かに俺は1号のことはよく知らない。けど、二人は1号の為にも生きるべきだ! ゾンビが、ゾンビウィルスが憎いとは思わないのか?」


 裕也の瞳に憎悪の光が灯る。

 そうだ……生きる糧というのは希望だけではない。

 怒り、憎しみ、それらもまた生きる糧となる。


「そうだな……憎いゾンビどもは俺が殲滅する」


 裕也が立ち上がる。さらに黙って話を聞いていた愛梨彩も立ち上がると向こう側にあるエスカレーターを指差した。


「そうね。私も同じ意見よ。それより、あそこにいるゾンビ共が近づいているのが見えるかしら?」


 ゾンビの集団がゆっくりとエスカレーターを登ってきていた。

 まもなく、このフロアもゾンビでいっぱいになることだろう。


「それじゃ非常階段から下に降りるか。細かい作戦はない。三人掛かりで出口を目指すぞ!」


 幸いにも非常階段にはゾンビはおらず、簡単に一階まで降りることができた。  

 一階に通じる扉の隙間から様子を確認すると、かなりの数のゾンビが徘徊していた。

 地獄絵図と言って差し支えないほどである。

 このゾンビ共を潜り抜けて外に出るのはかなり厳しいだろう。


「正直やばいな……残りの弾数的に乗り切るのが厳しいかもしれない」


 だが、モタモタしているとこのショッピングモールに入ってくるゾンビがさらに増える可能性がある。


「ウガァー!」


 上からゾンビの声が聞こえてきた。くそ、もうバレたか。

 十体ほどのゾンビが非常階段を通じて降りてくる。


「まずい……出るぞ!」


 裕也が真っ先に扉から出た。近くにいるゾンビを狙って手辺り次第、発砲した。

 俺達の存在に気づいたゾンビ達は一気に集まり、取り囲んできた。


「死ね、ゾンビ共!」


 鳴り響く銃声、ゾンビの断絶魔、それらを聴きながら俺は懸命に刀を振った。

 だが、いくら名刀を使っているとはいえ、俺の体力は徐々に消耗していった。


「ぐ……」


 とあるゾンビの首が思いのほか硬くて斬れない。

 さらに数体のゾンビが俺に接近してきた。

 まずい、やられる……


 しかし、接近してくるゾンビを愛梨彩が撃ち殺してくれた。


「早く! そいつの首を切りなさい!」

「くーふふー! コリンちゃんの息遣い、ニノ形。寒天かんてん白湯さゆ!」

「うおおお! 寒天の白湯!」


 やけくそで謎の技名を叫び、何とかゾンビの首を切り落とした。

 裕也が出口に向かって、突っ走る。


「脱出するぞ、二人とも! 付いてこい!」


 俺と愛梨彩は裕也の後に付いていった。

 だが次の瞬間、信じられないことが起きる。

 柱の影から飛び出したゾンビが裕也の首元に噛り付いたのだ。


「うわああああ!」

「ゆ、裕也さん!」


 裕也がライフルを落とす。俺はすぐさまそのゾンビを斬り殺した。


「裕也、大丈夫? 立てるかしら!?」


 裕也の首の傷を見るにもう手遅れだろう。その証拠にどんどん裕也の肌が灰色となっていた。


「悪いな……ここまでみたいだ。まさと、愛梨彩のこと頼む。これ、受け取ってくれ」

「わ、分かりました……」


 裕也は俺にライフルを託した。

 そして、彼は後ろから迫り来るゾンビの群れに突っ込んだ。


「うおおおお! 俺の命なんてくれてやる! 死に晒せ、ゾンビ共!!」

「裕也ー!!!!」


 愛梨彩が叫んだ。俺は彼女の手を引き、無理やり外へと連れて行った。


「行こう……裕也の思いを無駄にしない為にも」

「裕也……」

 

 ようやく俺達はショッピングモールから脱出することが出来た。

 車はゾンビに破壊されたのか、バラバラになっていた。

 しかし、それよりも絶望的だったのが軽く百体を超えるほどのゾンビが外で待ち受けていた。


「う、嘘でしょ……」


 愛梨彩が膝を崩す。なるほどな。こりゃ1号がショッピングモールに逃げ込むわけだ。

 進むも地獄、戻るも地獄か……愛梨彩も助からないと思ったのか、急に笑い出した。


「あははは、もう終わりね……なんだか笑えてくるわ」

「いや。まだ終わりじゃないよ」


 出来ればこの手だけは使いたくなかった。でも、やるしかない。


「くーふふー! まさと、やるんだな?」

「うん。愛梨彩、僕から離れてて」

「え、わ、分かった……」


 愛梨彩が俺から距離を取る。コリンちゃんが俺の首元を軽く齧った。

 俺の体内にゾンビウィルスが混じったコリンちゃんの唾液が入る。

 心拍数が上がり、肌の色が灰色になった。『奴ら』に近づいた証拠だろう。

 そして、急激な飢餓状態になる。


 あぁ、お腹が空いたなぁ。何でもいいから食べたい……近づいきているゾンビが眼に映る。


「いただきまーす!」


 ゾンビを押し倒し、奴の肉を食い散らす。

 俺に喰われたゾンビは三秒も経たないうちに動かなくなった。

 まだまだお腹は満たされない。よし、どんどん食ってやろう。

 気づけばゾンビが俺の腕を齧っていた。この状態だと極端に痛覚が鈍くなる。

 俺はゾンビの頭を地面に叩きつけた。まるで花火のように真っ赤な血肉が弾け飛ぶ。


「くーふふー! 汚ねぇ花火だなぁ」

「あー、腹減った。もっと食いたい……」


 思考がどんどん食欲に支配されていく。肉を求めてひたすらゾンビ共を食い漁る。

 副作用のせいか何だか身体が痒くなってきた。


「うま……かゆ……」

「くーふふー! それってさ、ドラ○ザのネタじゃん!」

「いやいやいや、違うよ! コリンちゃん。これはドラ○ザのネタじゃなくて……」


 気づけばゾンビモードが解けていた。

 口の中が生臭く、服にはゾンビの血肉がべったり付いていて異臭が漂う。


「そうだ、愛梨彩は!?」


 俺は愛梨彩を探すべく、辺りを見渡す。

 どこだ…………






 いた。


「ま、まさと……」


 愛梨彩が自身の左腕で負傷した右腕を抑えていた。

 右腕にはゾンビに齧られた後があり、ゾンビの進行が進んでいるのか顔の一部が灰色になっていた。


「愛梨彩……」

「驚いたわ。まさとって、ゾンビだったの?」

「いや……ちょっと違うかな。コリンちゃんと同じく、ゾンビウィルスに耐性があるみたいなんだ。ゾンビ化してもある程度は理性を保てるし、こうして元に戻ることもできる」


 しかし、このゾンビモードにはデメリットがある。

 それは血肉を求めて見境なく暴れてしまう可能性があること。

 下手すれば普通の人間も襲う恐れがあった。


 それにゾンビモードを使いすぎれば最悪、元に戻れなくなる可能性がある。

 まだまだゾンビモードには不明な点が多いのだ。


「そう。残念だけど私には耐性が無いみたいね……」

 愛梨彩が銃を地面に滑らせて、俺に渡してきた。

「まさと。それで私を殺して。私を人間として殺して欲しいの」


 銃を拾い上げ、愛梨彩の脳天に狙いを定める。

 俺はこれまで『人』を殺したことはない。


「愛梨彩、本当にいいんだね?」

「ええ。お願い」

「ま、まさと……本当に殺すのか? 相手は人間だぞ!」

「だからこそだよ、コリンちゃん。愛梨彩、色々とありがとう」

「ううん。こちらこそありがとう」


 俺は引き金を引いた。『バン』という銃声が鼓膜に響く。

 銃弾は彼女の頭を貫き、愛梨彩は満足そうな表情で倒れた。

 悲しむ間も無く、生き残っているゾンビが俺に近づく。


「やれやれ……悲しむ間もないね」


 その後もゾンビとの戦闘を続けた。

 ようやく戦闘を終え、俺はこの場から離れることにした。


「くーふふー! まさと、お疲れ様。これからどこに行くんだ?」

「さぁね。けど、面白そうな場所がいいかな。例えば……佐賀とかね」


 戦いがいつ終わるか、そもそも終わるのか分からない。

 それでも俺は、ゾンビが蔓延る世界で喋るリスと共に生きていく。

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