プロローグ 淫らすぎて、追放されました
真っ白な、朝の光。
伯爵令嬢のエステルは、まだ眠たい目を閉じて、乱れたシーツにくるまった。
「ううーん……もうちょっと……」
うっかり、「伯爵令嬢」と言ったけど、もう彼女は令嬢ではない。
名実ともに、公爵夫人──。
昨晩、このベッドの上で、幼馴染のセードル公爵ロベールと、濃密な初夜を過ごしたばかり。
エステルは、重く疲れた身体で寝返りを打って、目を閉じたまま、笑顔になった。
《きっと、ロベールも満足してくれた……よね?》
一見、ねぼすけなだけの亜麻色の髪の乙女は──この朝、ほんとうに疲れ切っていた。
この半年間、初夜を迎えるために、どれだけの苦労を重ねてきたことか。
これでやっと、あの大量のロマンス小説から解放される。
義祖母さまに与えられたミッションも、もう完了のはず──。
「あら……?」
エステルは、ふと、広いベッドの上で、自分が一人きりであることに気がついた。
あれだけ、夜更かししたのだもの。
ロベールだって、きっと疲れ切っているはず……それとも、殿方はそうでもないのかしら。
ひょっとして、自分は自分で思っているより、寝坊したのかもしれない……。
エステルは、ぐったりした身体を無理に起こして、素肌にガウンを羽織った。
メイドを呼んで、身支度を整えなきゃ……こんな寝乱れた姿のままで、一日をはじめるわけにはいかない。
ベッドサイドの呼び鈴を手に取って、チリンと鳴らす。
いつもなら、伯爵家からついてきたエマがにこやかに現れるはずだった。
それなのに──
ガシャン……おやめください、何をなさるのです……バンッ
騒ぎ声とともに、寝室の扉が乱暴に開いた。
公爵家に仕える騎士たち……彼らを率いるサー・ジェロームが、凍るような冷たい目でエステルを睨んだ。
「サー・ジェローム……これはいったい……っ!?」
エステルがあわててガウンの前をおさえると、後列の騎士がクスクスと笑う。
謹厳なジェロームは、そんな騎士たちの様子に眉をしかめて、口を開いた。
「公爵夫人……公爵さまの命により、ただちに夏の別荘に移っていただきます」
「夏の……でも、あの高地は、まだ寒いでしょう? 公爵さまは、どうして──」
「公爵さまは、お出ましになりません。いらっしゃるのは、あなたさまだけです」
「わけがわからないわ。サー・ジェローム、どういうことか説明して」
黒髪のジェロームは、咳払いをして言った。
「あなたの名誉のために、口にするのは控えていたのですが……みなの前で、ご説明したほうがよろしいのでしょうか」
「当たり前よ。いったい、どうしてわたしが、ひとりで別荘に行かなければならないの」
「いいでしょう、では申し上げます……公爵さまは、ひどく衝撃を受け、憤激し、悲しみに沈んでおられるのです。聖女のような顔をしたあなたが、あまりにも淫らで、男性の経験が驚くほど豊富であられたことに」
「──ええっ?」
予想外の言葉に、エステルの頭は真っ白になる。
男性の経験が豊富……わたしはゆうべ、生まれてはじめて、ロベールと一夜をともにしたのに。
「公爵さまは、あなたとは顔を合わせるのもつらいとおっしゃっておいでです。せめて今後は、公爵家の名誉を汚さぬよう、人里離れた場所でひとり静かに謹慎するように、とのご伝言を預かっております」
「謹慎……」
「荷造りは急いでいただきたい。手元におきたいものは、すべて持っていかれるとよいでしょう。もう……この屋敷に戻ってくることは、ないでしょうから」
こうして、エステルは初夜のあけた朝、公爵に追放されたのだった──。
連休に高まった創作意欲に任せて、書きはじめてみましたー。
2日間書いてみて、6話くらいまで進めたので、いい滑り出しかな〜と思います。
がっつり連載中の『はつサポ!』と交互に書いていくと思いますが、よろしければぜひ読んでみてくださいっ!
twitterは @RanMizuha でやってますー