99話 虹の向こう側
ザザァー…!!
「すっごい雨ですねぇ…。」
「まあ、通り雨だ。しばらくしたら止むだろう。」
ドーナツを揚げた翌日。一晩中1人で作っては食べてたらしいシリュウさんは朝から元気いっぱいで、人力車もかなりの速度で引いてくれた。
だと言うのに、昼頃に突然のゲリラ豪雨である。
まあ、シリュウさんが予め気付いて鉄の家の中に避難できてはいたのだが。
シリュウさんはドーナツの生地の配合を研究し続けている。
私が昨日寝てる間に、黒の革袋の中で生地を寝かせることにもチャレンジしていたのだとか。
アクアの水を含んでいるし、私の鉄箱に入れて乾燥を防ぎつつ、寝かせる時間の短縮になるかどうか食感に変化があるか等々を調べている。
完全に気に入った様だ。
お菓子はあまりに子どもっぽいかと思ってたけど、まあ、お腹が膨れる美味しい物なら何も問題無かったね。
「しかし、雨多いですね…。ラゴネークは夏でもそんなに降らなかったのになぁ…。」
「この辺りはこんなもんだぞ。
…。もう少し行けばギルドロードに出る。そこから北なら雨はほとんど降らなくなるから、それまでの辛抱だ。」
「ああ…。コウジラフは国が広いから、南北でも気候が変わるのか…。」
────────────
「止んだな。…。北に進む分には大丈夫そう、だ。出発するぞ。」
「了解! よろしくお願いします!」
リュックを持ってヘルメットを付けて、と。
シリュウさんが家に入れてた人力車を引いて出る。
私も準備を整えて家を出る。
ふと、北を見ると──
「わぁー! 虹だ! シリュウさん、虹ですよ!」
「ああ。…。まあ、珍しいかも知れんが。そんなに興奮する物か…?」
「ええ! そりゃ上がりますよ! 綺麗だなぁ…。」
北の空に大きな虹の半円環が出現していた。
綺麗な7色だ。
「私のこっちの故郷には、雨が降りませんでしたからね。虹なんか見れなかったんですよ。」
「…。そうか。あそこは常夏かつずっと快晴なんだったか…。(更に海に囲まれてるとか、俺には最悪の環境だ…。)」
セル・ココ・エルドは赤道直下にあるっぽいのに、どう言う訳か雨が降らない土地だった。雲を見るのも稀で、常に燦々と太陽光が降り注ぐ環境だった。
普通、暑くて温められたら低気圧が発生して雲が生まれるはずなのにねぇ…?
雨も降らず、各島々も土地が狭いから川も無く。あの島で生きるには、「水を生み出す魔法」が必要不可欠なのだ。
だから、風の氏族のエルフ達に「飲み水」を提供するのが、私の家の──
──シャットダウン。
気にしない。
思考を別に移動。
「いやぁ~…、冒険者時代にこの大陸で初めて虹を見た親友の奴なんか、凄かったですよ?
『これが伝説の虹!! 6つの魔法属性調和の化身!! 見れたあ! 良かったあ!』って。ほとんど泣きながら喜んでましたね~。」
「…。まあ、あの島で育った奴からすればそうなるか。」喜び過ぎだろ…
この世界では、概ね、虹は「6色」だと認識されている。
またもや、魔法6属性に対応している訳だ。
具体的には日本の虹の7色から藍色を抜いた形になっている。
虹の外側から、
火の赤色、
土の橙色、
光の黄色、
風の緑色、
水の青色、
闇の紫色、
の6色が、綺麗に調和してこの美しい光景を作り出していると考えられている訳だ。
まあ、日本の7色も地球の各国と比べると少数派だしね~。時代・地域で2色から8色?まで変化するらしいし、そんなこともあるだろう。人間の集団毎に教育とか観点が異なるだけの話だ。
この世界が特別おかしい訳でもない。
むしろ、この世界では数字の扱いの違いが重要だったりする。
「6」が正しい調和を表す数字で、
「7」が邪悪で不吉な数字として扱われるのだ。
日本語の発音的に6は「無」を意味するからあまりよろしくない数字なのにね。
〈呪怨〉の元凶たる存在(私が大魔王と呼んでるやつ)は、目が7つあったとか命が7つあったとか。
それを倒した勇者パーティは6人居たとか、勇者は6本の聖剣で戦ったとか。
そんな話が基になってるそう。
「私は前世で結構見てましたから、慣れてるつもりでしたけど虹を見た時、実感しましたね~。本当に、あの島から、外に出たんだ、って。
だから、なんか! 虹って好きですね!」
「…。そうか。
なら、あの虹に向かって進むか。」
「はい!」
さあて、なんか良いことあるかもな~♪
…。
あれ? 確か「虹の向こう側」ってあの世と繋がってて不吉、って話も有ったような…。
────────────
キキュ キュキュ キッ… ザザァ…!
「…? 休憩しますか? シリュウさん?」
虹が消えた後も北に向かって進んでいたのだが、シリュウさんが突然人力車を止めた。
ただただ、じっと前方を見つめている。
「──テイラ!! 今すぐ下りろ!」
「!? りょ、かいっ!」
シリュウさんから切羽詰まった大声をかけられる。
座席に体を固定している鉄を退けて、荷台部分から飛び下りた。
シリュウさんは黒の革袋を投げ掛ける様に、人力車を包んで仕舞ってしまう。
「武器は出すな! だが直ぐに動ける様に警戒しろ!」
「はい…!?」
何?何が起こるの?
とりあえず、ヘルメットはそのまま。リュックの左右に折り畳んだアームをスタンバイ。
髪留めと腕輪はいつでも起動できる状態に…!
シリュウさんはずっと前を見つめている。
武器を出すな、ってことは敵じゃない?
少なくとも、こちらを襲って来る魔物ではないだろう。
なら、相手は「人」、かな…?
しばらくすると前方から何かが見えはじめた。
近付いて来るのは…人影っぽい…。
走ってる…? かなり速い──
え? スピードおかしくない??
ズザアー…!
その誰かは、あっという間に私達の目の前までやってきた。
「──久しぶりだねぇ! シリュウ! 元気してたかい!」
見た目は大柄で筋肉隆々な中年の女性。まるでアマゾネスの頭領って感じだ。
髪がキラキラの橙色。毛先を緑色に染めてる…?
先にいくに従って色が異なってる。
「…。何の用だ、ダリア。」
どうやら、シリュウさんの知り合いらしい。
多分、この人、土のエルフだ。
エルド島に居た、土属性の適性がある風エルフの髪色に近い。
「連れないねぇ…。数年ぶりに会ったってのに、随分冷たい態度じゃないかい?」
「…。なんで、お前がここに居る?」
「あんたがマボアに向かってるって聞いたからねぇ!
こっちから出迎えてやろうと思ったのさ! 驚いたろう?」
「…。なんで、そのことを知ってる?」
「ここ最近、ヒゲジジイの所に居てねぇ。そしたら、あんたからの知らせが来たからね。」
「…。イーサンの所には向かうつもりだ。
だが。
お前が居るとは聞いてない。」
「言ったろ? 最近移ったんだって。」
アマゾネスボディーに屈託の無い笑顔。軽い口調。
うん。姉御って感じの人だね。
危険な感じはしないけど…。いや、背中にあるデカい棒は結構な威圧感はあるけども。
なーんか、シリュウさんが妙に刺々しい…。昔に何か有ったのかなぁ…?
「あんた、かなり強力な〈呪怨〉の個体を倒したそうじゃないか? 心配になってねぇ…。ついつい、飛び出して来ちまったのさ。」
「…。お前に、心配されることじゃねぇよ。」
「ふぅん…。まあ、元気そうで良かったよ。」
ふむ。自己紹介するタイミング──
キィン♪ キィン♪ キィン♪ キィン♪
ん? 何この、髪留めの音???
初めて聞く軽快音なんですが…?
「ところで…。そっちの、小娘は、──誰だい?」スン…
「…!?!?」ゾゾッ…!
な、なんか! 背筋がゾワッ!って!
ゾワッ!ってした!
この土エルフさん、私を見て笑ってるけど、目が笑ってない…!!
あ、橙色と緑色の左右異色だ。──じゃない!
え? もしかして、私、怒られてる!?
「お前には関係ねぇだろ。」ザッ…!
シリュウさんが、私と土エルフさんの間に移動して視線を遮ってくれた。
「あのシリュウが、そんな小娘を庇うなんてねぇ…。」ズズズズ…
キィン♪キィン♪キィン♪キィン♪
あれ…? これって?
私の命の危機だけど、レイヤの奴には楽しい状況ってこと???
つまり…?
あのバカの好きな恋バナ…。もとい、私が教えてハマった、ドロドロ昼ドラ愛憎劇的な展開ってこと…!?!?
おいい!? あのバカァ!! 髪留めにどんな魔力を込めたぁ!?
違う! 今はそうじゃない!
つまり、この土エルフさんは、シリュウさんのことが好きで、
私は…その邪魔者!?
泥棒猫(冤罪)の私が、命の危機!?
キィンキィーン♪!
うるせぇ!! 「ピンポーン!!」じゃないってばぁ!?
え? 合ってるの? この解釈合ってるの!?
どうすりゃ良いのー!?
ふふふ…。ついに次回100話到達…!
いや、暇人過ぎるだろ、私…。
いや、きっと喜ばしいことだ。多分そうだ。
ってな訳で次回は記念ストーリーでも載せようかな…。(本編惨状放置…)




