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98話 ドーナツ

「さあて…。準備はこんなもんかな。」


 完全に夜なので、家の中に火を起こす場所を設置した。

 鉄で出来てるから、火事にはならないはず。油に引火したら鉄で囲って酸素を遮断すればいいから、そこは問題無し。

 手動で回す換気扇も用意したから、なんとかなるはず。


 普通、ドーナツを作るなら必要なのは、薄力粉(小麦粉)、卵、牛乳、砂糖、そして膨張剤たるドライイーストだろう。


 シリュウさんの持ってる小麦粉は割りと粘り気あるから繋ぎの卵が無くても、まあ、なんとかなるはず。と思いたい。


 牛乳ももちろん無い。これは栗もどきやコウジラフの豆の粉を後で混ぜて、コクの代用品にならないか実験するつもりだ。


 砂糖の代わりには乾燥アリガを使う。

 美味しい貴重な甘味なので、多少調理法が煮詰まってから投入する予定だが。


 そして大問題である、膨らまし粉。

 これはどうしようもない。代用品が思い浮かばないからね…。

 とりあえず、無い状態で小麦粉の塊を油で揚げるしかあるまい。



「では、シリュウさん。色々トライアンドエラー…、挑戦、失敗を繰り返すと思いますが、よろしくお願いします!」


「…。まあ、良いが。そんなに無茶はするなよ。」

「大丈夫です! どうせ、昼寝しまくって目が冴えてますから!!」

「…。」不安だ…




 まずは生地作り。


 臼で挽いて(ふるい)にかけたキメ細かい小麦粉を、アクアの美味しい水を加えて捏ねていく。


 うーん…。お菓子作りの時には、生地をしばらく寝かせてた気もするけど。どうするか…。

 捏ねた後の生地が口当たり滑らかになるんだが、この世界でも通用するのか…??


 一旦無しでこのままやるか。



 打ち粉代わりに小麦粉をまぶした揚げ器(フライヤー)もどき、その穴の空いたおたまに、生地を輪っかにして乗せる。


 そして熱した油に、おたま(ごと)投入。



 パチパチパチパチパチパチ!



 ドーナツと言えば、「エ○ゼルクリーム」こそが至高にして頂点である。

 異論は認めよう。だが、聞く耳持たん。


 しかし。今回目指すのは、「オ○ルドファッション」的な、小麦粉本来の旨さを追及したドーナツだ。

 むしろ、それ以外は材料的に不可能なのだが。


 いや、まあ、ドライイーストが無い時点でそもそもドーナツは無理かもだが…。

 せめて、パンの耳を油で揚げて砂糖をかけたやつ、みたいな物には成れる様に頑張ってみたい。うん。



「表面は良い感じ…。もうちょい、揚げれば大丈夫かな~?」


 手で輪っか作ったけど、やっぱり絞り機とかで均一な形に整えるのが正解かなぁ?

 …まあ、ある程度形になってからで良いか。



「ケーキみたいに竹串…は無いから、鉄串を刺して、と…。良し。液体の生地が付いたりしてしない。」


 引き上げてっと。


 ふむ。見た目はまあまあ良い感じ。

 とりあえず断面も見たいから半分に切るか。

 鉄の極薄手袋もどきを形成、と…。


 うーん。火は通ってるけど、気泡が無い(もちもち構造じゃない)からドーナツの生地に見えないなぁ…。



「ドーナツと言うよりは、むしろチュロス、っぽい…。まあ、ダメならチュロスに改造するか~。」


「…。もう完成したか?」

「はい。味付けも何もしてませんけど──」


 ひょいっ パクっ

「…。」もぐもぐもぐもぐ…


「…まあ、良いですけど。私も揚げたてをいただくか。」


 ふーっふーっ もぐ…



「ん~…?」


 不味くはない。小麦の甘みも感じる。

 ただドーナツって言うよりは…、なんだろ。この素朴な感じ…。


 そうか。サーターアンダギーっぽいんだ!



「ふむ。チュロスですらなかったな。サーターアンダギーだ、これ。めっちゃ牛乳が欲しい。」


「小麦を油で揚げただけなのに、なかなかだな。味はギルドの携帯食に似てるな。」


「とりあえず、基本の形はこれで。

 シリュウさん。ここにトーケーやコウジラフの豆の粉を混ぜて改良していきます。

 改良できたら、乾燥アリガを練り込んだり、完成した上に振りかけたりしていきます。大丈夫ですか?」

「ああ。それなりにちゃんとした物が出来るだろう。許可する。」




 ────────────




「王手。」カンッ…


「…。これは…詰んだか…?」

「えーと…。シリュウさんの王が…、こっちは角が効いてる。こっちは金で…。持ち駒を盾にして…。数手は足掻けるかな…??」

「いや、歩は置けないんだろ? 馬じゃ同じ流れだ。」

「だから、銀を…。」

「その場合──」


「どうやら、私の勝ちみたいですね。」

「なかなか、奥が深いな。捕った駒を置くと手数を消費する辺りが絶妙だ。飛ぶ車…飛車(ひしゃ)か。これが2つなら勝ったと思ったんだが。」

「いやぁ…、私も焦りましたよ。出されたら負けるからとにかく攻めまくるしかないって感じで無我夢中でした…。」


「…。時間的には結構潰せたな。生地を『寝かせる』とやらは、もう良いか?」

「…あ、ドーナツ生地を寝かす時間に将棋してただけでしたね。これで生地がより美味しくなった…はず!!」


「…。(大丈夫だろうな…。まあ。面白かったが。)」




 ────────────




「良し! これが最終形かな!」


 最終的に、小麦粉、栗もどき粉、きな粉をブレンドした生地を30分くらい寝かせてから、揚げてみるとかなり美味しく出来た。

 豆の粉は入れ過ぎると生地の粘りを減らして来るから、分量にすごく試行重ねたが。


 その生地を揚げた後に特製シロップもどきをかける。乾燥アリガの粉末を水と小麦粉で(やわ)く溶いた餡掛(あんか)けだ。このとろみと甘さが、抜群であった。

 流石にちょっと食べづらいけどね…。


 アリガは、生地に練り込んだり粉末をまぶしたりもしたが一番味が良かったのがこれだったから、仕方ない。




「──!!!」ばくばく!ばくばく!


 うむ。シリュウさんも大満足の模様。

 フォークを器用に使って、ドーナツを口に運んでいる。


 大成功、大成功。



 さて。流石にそろそろ寝るかな…。


空気中の天然酵母による発酵は、短時間ではほぼ無意味レベルの効果しかないらしいです。真似しないでください。(小声追記)

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