96話 大森林の拡大
日が暮れる直前くらいにシリュウさんが帰ってきた。
だけど、鉄の家の扉を開けても入って来ずに話しはじめる。
「悪い。このまま砦に向かうことになった。食料は足りるか?」
「はい。私は大丈夫です。
そのまま向こうで一泊したり…?」
「いや。夜に戻る。」
「そうですか…。真っ暗でしょうし、お気をつけて~。」
片手を挙げて、そのまま猛ダッシュで北に行ってしまった。
見上げると、シリュウさんに追随する様に大きな影が2つ、飛んでいた。
ロックアント平原の調査、本当に終わったんだな。
しかし、何かまたトラブルかね…?
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「今度こそ、お帰りなさいです?」
「ああ。」
夜遅く、シリュウさんが本当に帰ってきた。よくこんな真っ暗な中、魔獣が出るかも知れない場所を単身で移動できるなぁ…。
緑の明かりの中、シリュウさんと話をする。
「晩ご飯は食べました?」
「…。いや。食べずに休む。テイラこそ、こんな遅くまで起きてて大丈夫か?」
「ええ、まあ。うつらうつら昼寝を何度かして、まだ目が冴えてるんで。」
「そうか。」
ゆったり椅子を黒の革袋から出して、仰向けに寝転がるシリュウさん。
ふむ。お疲れの様子。
「アクアのお水、足りました? まだ飲みます?」
「…。そうだな。貰おう。
水精霊。できる限り冷たくしてくれ。」
ごく ごく ごく ごく…
凄く飲むなぁ。
「ふぅ…。夏に、限界まで冷やした水は、いいな…。」
「お疲れの様ですね。もう静かに横になります? それとも暇潰しにお話でもします?」
「…。そうだな…。報告でもするか。まずは、テイラの方に問題なかったか教えてくれ。」
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「人力車を改造したのは朝に確認するとして。ショーギとカードゲーム、ってのはなんだ…?」
「えーと、この大陸で言うと…名前何だっけ…? 木の駒で陣地取りをする遊び…。」
「ああ…。何て言ったか…?」
「そうか。見せた方が早いわ。」ガチャガチャ…
部屋の壁際に置いてあった将棋盤と駒を入れた箱を持ってきて、軽く並べる。
「こんなんですね。本物は木で作りますけど。」
「…。…王に、車に、馬。陣形、配置…。戦争でもしてるのか。」
「まあそうですね。相手と同じマスに入ると、相手の駒を獲得できて、最終的に王か玉の駒が取れたら勝ちです。」
「…。」
「それぞれの駒で動けるマスが異なります。で、将棋の面白い所は、取った相手の駒を自分の駒として再配置できるんですよ。」
「ほぉ…。」
「そして。こっちがトランプです。」
私の鉄で作ったから、これは腕輪の中に仕舞ってある。
「また、えらく数があるな…。」
「ええ。1から13までのセットが4つ。そこにジョーカー2枚足して、合計54枚有ります。
いやぁ、他にやることもなかったし、無駄に作っちゃいましたよ。」
「…。」しげしげ…
近くに置いてあった「火の1」のカードを手に取って眺めるシリュウさん。
「なんか不味い所あったら言ってください。」
「不味いも何もないが。単に、魔法でも放てるのかと確かめただけだ。」
「…? …あ、『魔法刻印』の記号だからか。それはこの世界に対応させた絵柄を考えた結果、4属性を当てただけなんで意味は無いです。」
「…。(よくこんな不思議な物を延々作ってられるよな…。)」感心…
確かにここに色でも付ければ、魔法の発動媒体にでもなりそうだよね~。『お前ってトランプを武器にしてそうだよな(笑)』を実現できるかもな。
ドロー! 引いたのは「土の5」!!
よって、ロックブラスト5連打ぁ!!とか。
ドロー! 引いたのは「火の13」!!
特殊召喚! ファイアー・ドラゴン!!とか。
ジョーカー引いたら自爆すんのかな? 面白そう。
「テイラ。戻って来い。」
「ん? 何ですか?」現実帰還…
「…。これはどうやって使うんだ?」
「…ん~と…。色々遊び方ありますね。定番は、ババ抜き。大富豪。神経衰弱…。
良く考えたら、複数人で遊ぶのが普通か…??
2人だとあんまり意味無い…?」
「…。(何も考えないで適当にやってたんだな…。)」無言プチ呆れ…
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「はぁ~…。そんな大変な事態だったんですか。」
「ああ。全くとんでもない話だ。魔境領域の外縁から大きく外れた所に、変異種のロックプラントが定着してるんだからな…。」
魔境とは、『魔』の領域である。
別に魔族が住んでいる訳ではなく、単に人間が住めない環境と言う意味だ。
マボアの北西にある、「魔猪の森」。シリュウさんの拠点、「北の大地」。イラド地方とこの大陸との間に広がる、「ロッテギラ大山脈」。
そして、今回の「大森林」。
過酷な自然環境。それに適応した屈強な魔獣達の楽園。
天然の国境、国の拡大を妨げる壁とでも言うべき存在だ。
大陸東部のほぼ中央にあるらしいこの森は、魔木が中心の領域なんだとか。
土地、地面そのものに強烈な魔力が有り、それと不思議植物が共鳴して巨大生物圏を作りあげている訳だ。「植物の国」、と呼ぶこともあるとかなんとか。
そうそう。スティちゃんが居たあの山。
あそこは魔木も魔獣も居ないから魔法素材は取れない。逆に言えば、普通の木材を平穏無事に確保できる貴重な場所なのだ。
だからこそ、領主が運営していた訳だね。
…脱線してる。修正修正~。
そして、ロックプラントは、読んでそのまま岩の様な魔木である。
幹や枝が硬い上にがんじがらめになっていて、離れて見ると茶色い岩から緑色の葉っぱが直接生えた様な見た目をしている。
その硬さは土属性の魔力による硬化で、金属並みになるんだとか。
その構造は天然の蟻の巣となり、魔木が放つ魔力が蟻の力となる。格好の棲みかと言う訳だ。蟻達は周りの動植物を食べ、巣の近くに糞をして、それが移動できないロックプラントの栄養となり繁茂する。そんな共生関係にある。
今回のロックアントの大繁殖は、ロックプラントが定着したことが原因だったらしい。
つまり、南の大森林が飛び地的に拡大していた訳だね。
「砦の騎士達も大変ですね。」
「まあ、今回の調査で危険性は周知できただろう。変異種の能力さえ理解すれば、駆除もなんとかなるはずだ。」
魔境の拡大は人間の生存領域の減少と同義だ。その為、様々な方法で魔境の進攻を阻止する必要がある。
北の砦の騎士達も大森林が拡大しない様に見張っていた訳だが、今回の飛び地を一切感知できていなかった。
なんとその飛び地のロックプラントは、魔力隠蔽効果とでも言うべき能力を有していたらしい。その能力で繁殖した魔蟻を自分ごと隠していた訳だ。
しかも、このロックプラントはかなり広がっており、遠目にはちょっとした丘の様な見た目だったんだとか。
蟻も草に隠れる小ささだし、魔力を隠されたらまるで判別できないね…。
「ロックプラントと、魔力隠蔽効果のある魔木とかが交配したんですかね~?」
「かも知れないな。もしく異常な障気でも取り込んだか…?」
「シリュウさんはよく感知しましたね。」
「ロックアントの群れの位置から逆算しただけだ。推測でしかないが、あの蟻どもは南の大森林と飛び地を繋げる役割の部隊だったんだろう。その為に隠蔽効果の外で活動していた。俺達が群れの南側から侵入したのが、たまたま幸いした訳だ。」
「シリュウさんのおかげで国が救われたんですね。」
「…。テイラと行動しなければ通らなかったし、飛竜が居なければ原因の発見すらできなかっただろう。あの騎士どもがこの辺境に追放されてたのが、国の人間達には幸運だったな。」
ああ~…。ドラゴンライダー達がこんな所に居た理由は左遷かぁ…。この国の政変絡みだろうかね。
「シリュウさんがこの国の危機を救ったのには変わりないですよ。謙遜しなくても。
よっ! 日本一!
…違うな。よっ! コウジラフ一!!」
「…。」




