86話 ベアリングと座席シート
「ほぉ…。ベアリングってのはこうなってるのか。」
晩ご飯はワンタンスープで簡単に済ました。
味変で塩水浸しのバーリアの葉を具に入れてみたが、割りといけてる。シリュウさんはバーリアの茎もいけるので、それも刻んで投入したけど、私はこれは要らないかな…。
その後、シリュウさんが完成した人力車用のベアリングを見たいと言うので、お披露目した。間に合わせの棒や車輪を付けて動作確認もしてみる。
うん。かなりスムーズに回るね。一日掛けて試行錯誤した甲斐があるってものだ。
粘り気のある油とか塗り込むと安定性が増す気はするけど、シリュウさん持ってたりするかな…。
「えらく回転が滑らかなのは、この中の球が完全に丸いから、か。これは鍛冶場なんかで作るのはかなり難しいな…。」
「そうですか? 球形の鋳型を作れば、鋳造は可能だと思いますけど。バリ、…えー…、鋳造した球に出来る飛び出た部分、は切って滑らかに整えて、どうにかなる気もしますし。」
「完成したこの形から型を取るなら、複製はできるかもしれんが…。一から作り上げるのは気が滅入る作業だろう。誰も造らないな、これは。とんでもない貴重品だ。」
「いや、そんな大げさな…。この世界には魔法も在るんですし、土属性魔法辺りで作れると思いますけど。」
「人間には無理だろうと思うがな…。」
「大陸中央には土の氏族のエルフが居て、確かギルドと協力して物を作っているって聞いたんですけど、合ってます?
その方々なら硬い岩で同じことやれると思いますよ。」
「…。確かにその通りだ。まあ、あいつらなら作製はできるか…。だが…。」
「ならやっぱり、そこまででもないですって。私は元になる完成形を知ってる上で、一日掛けてこれなんですから。」
「いや、でも──」
「そうだ、シリュウさん。油って別のやつ持ってます? 粘り気のあるドロドロしたのがあれば、嬉しいんですけど。」
「…。油?」
「はい。ベアリングの滑りを更に良くしつつ、磨耗しづらい様に保護することで長持ちさせれるんです。まあ、食用に向かない油とかあれば使いたいな、ぐらいの気持ちで…。有れば、で大丈夫なんで。ほんと。」
「…。……。いや、無いな。カラアゲに使ってるのと同じやつならまだあるが。」
黒の革袋の中を探査してくれた様だが、入ってないらしい。
「そうですか。なら、無しでとりあえずどれくらい持つか調べていくとしますかね~。」
「…。揚げ物の油じゃ駄目なのか?」
「うーん…。意味はあるかもですけど…。とろみがあるとは言え液体だから、動いてる内に流れ落ちていくと思いますね。あんなに美味しい揚げ物の油を使うのは勿体無いですし、気持ち的にも嫌ですかねぇ…。」
「…。それもそうか。」
「まあ、無くても何とかなるでしょう。最悪マボアまでの道のりを多少でも短縮できれば、その後、壊れても良いんですし。」
「…。」
「壊れると言えば、シリュウさんの革袋の中に入れた角兎の鉄、どんな感じです? 支障は有りそうです?」
「…。いや、多分無いな。俺の魔力が馴染んだ時点で安定しているし、黒袋の中で何かしら劣化してる感じもしない。」
「そうですか。なら、もし良かったら今回の鉄、完成した物はシリュウさんが持ってくれませんか? 私の腕輪の中って、私の血から生成した鉄しか入らないんで。」
「…。そうなのか?」
「ええ。そもそも容量の限界も有りますから、自転車ぐらいなら入るだろうけど人力車は絶対無理ですね。実験で余れば捨てていくつもりでしたし。」
「…。とりあえず持ってれば、いつでも色々なものに加工できるよな?」
「多分そうですね。1度革袋の中に入った調理器具なんかも、鉄を足したり変形したりできてたし…。一応確認しましょうか。少し角兎の鉄、出して下さい。」
「ああ。」
ふむ。手で触れてイメージをすれば形は変わる。シリュウさんの魔力に染まった魔獣鉄でも、可能は可能、と。
「うん。変形の遅さも同じくらいで、変わったところはなさそう。使えそうですね~。」
「そうか。なら、かなり価値のある金属塊だな。」
価値を見出だせるなら、まあ、いいけど。
これ、呪いで作った意味不明金属なのにねぇ。
「そうだ。その革袋の中に、私が使って良い毛皮とか有りません?」
「…。この暑い中、何に使う気だ…。」
「いやぁ、人力車に私が乗るとして、座席部分をどうしようかな、と思って…。毛皮辺りで鉄の硬さを和らげたいな、と…。」
「…。分からなくはないが、暑さでキツくならないか…?」
「まあ、それを確かめるのも実験かな、と…。」
「…。俺が持ってるやつはゴツい物ばかりだと思うが…。調べる。ちょっと待て。」
「はい。お願いします。
まあ、『水冷鳥の羽毛』とか『寒露絹の布』みたいな高級品は求めてないから安心してください~。」
「…。そんなもん入ってる訳無いだろ…。黒袋に入れた瞬間傷んで終わりだ…。」
「ああ~…。そうなっちゃうのか。なんか魔法的に繊細な素材らしいですもんね。属性が合わないと強烈な魔力に負けるのか…。」
常夏のエルド島ではとても重宝されていた魔法素材だ。魔力、特に水属性のものを流し込むと、微細な水の粒子を纏って周辺の気温を下げてくれたり、素材その物が冷たくなったりとても便利なんだとか。
まあ、非魔種の私には触れたことすらない幻の何かである。でも、大陸で取れる素材のはずだから、いつか手に入れるチャンスは有るかもね~。ははは~。
「…。駄目だ。魔猪の毛皮か、角兎の毛皮くらいしか無いな。どっちも剥いだだけで加工もしてないし、土属性の魔力で硬化して使えそうにない。」
「あの。ウカイさんが居た時に狩った猪の毛皮はどうでしょう? 少なくとも硬化してないんじゃ?」
「あれはウカイに渡した。黒袋の中じゃ普通の毛皮は劣化して使い物にならんからな。」
「そうでしたか…。」
「ドラゴンの皮じゃ駄目だよな? 割りと厚みはあるし、意外と柔軟性も有るぞ。」
「…遠慮します…。」
「やはりそうか。あとは、魔物の蛇の皮もあるが、衝撃をどうこうできはしないな。」
ですね~…。
「考え方を変えて…、木材とかどうでしょう? 柔らかい木の素材とか有ったり…?」
「そうだな…。俺が椅子代わりにしてたやつなら多少はマシ…、か…? あのユッタリイスを譲ってくれるなら加工しても良いぞ。」
「そう言えば正式に譲渡してませんでしたか。むしろ、角兎の鉄で体格に合わせたちゃんとしたやつを新しく作るのが良いかもですね。角度調整とかもできる様にするのもアリかも…。」
「まずは自分の座席を考えろ?」
「あ、そうですね…。とりあえず木材は保留にして、ゆったり椅子の要領で金属のみの座席にしてみます。それから余った鉄で色々お礼の品でも作りますかね~。」
「…。まあ、程々に、な。」
「はい! とりあえず、明日にはベアリング取り付けてみて試し乗りしてみましょう!」
「…。ああ。」




