85話 試運転と無限回転
「ところで。この椅子に置いてある人形は何なんだ?」
「ああ。私の代わりの実験台ですよ。もし荷車が折れたり転倒したりしてもそれなら大丈夫でしょう? それに外から人力車の動きを確認したいですし。」
「…。なら、このまま引けば良いんだな。」
「はい。くれぐれも気を付けて、無理無くお願いします。鉄はまた作れば良いですけど、シリュウさんが怪我したらどうしようもないですから。」
「…。まあ、分かった。(怪我なんざ直ぐに自己修復できるんだがな。一応、呪いの鉄ではあるし、用心はするか…。)」
シリュウさんが人力車の支え棒を畳んで、持ち手を握る。
とりあえず高さはこんなもんだな。車体の傾きも計算通り。
問題は動くかどうか…。
ギギ…
グッと、シリュウさんが歩を進める。
2歩3歩と連続して足を出す。
ギッ ギッ…
人力車が草原を進み始めた。
夕方近い、少し収まってきた陽射しの中をゆっくり人力車が動いていく。
「車輪はちゃんと回ってる…。タイヤもどきの溝は、なんとか草を捉えてるっぽい…。揺れは…吸収…できてるか微妙、と…。
シリュウさん、大丈夫ですかー!」
「…。割りと軽く動いてる感じだ! 問題無い!」
「了解ー! そのまま小屋の周りを回ってみて下さいー! ちゃんと曲がれるかとかー、どのくらい疲れるかとかー! 調べていきますー!」
「ああ!」
ふむふむ。駆動は割りといけてる。
シリュウさんが途中でスピードを上げたけど、座席部分はしっかりしてるっぽい。少なくとも鉄人形が落ちることは無さそう。
バネはとりあえず仕事をしてる、と…。
ただ車輪周りの音が気になるなぁ…。
単にうるさいだけなら我慢するけど、なんか負荷が強そうな感じがするんだよなぁ…。
「シリュウさんー! とりあえずオッケーですー! 戻ってくださいー!」
小屋の前に停止して、支え棒も展開できてる、と。
「金属の塊にしては滑らかだった。本当に器用に物を作るよな。」
「んー…。一応成功ですけど、ちょっと車輪が不味そうです。」
「そうか…? 鉄の塊が乗ってるにしては、良い動きだったと思うが。」
「ええ。ベアリングは役目をこなしてますね。ただ自転車用の部品をそのまま使ってるから、多分強度が足りてません。もしくは鉄の丸さが不十分で、引っ掛かりがあるのか…。ともかく、ベアリングを荷車用に作り直した方が安全かなぁ、と思ってます。」
「かなり作るのが難しいって言ってたやつだよな? 大丈夫か?」
「まあ、このまま走らせて壊れた時にどうしようもないので…。お時間また取りますけど、ちゃんと作り直したいです。」
「…。まあ、危険があるなら仕方無いな。」
「その代わり。新しいベアリングが完成したら、古いのは回転椅子にでもして、差し上げ──」
「何日でもいい。工作してくれ。」
「りょ、了解…。」
もうマボアに早く着くとか、ギルドとどうこうするとかよりも、回転椅子で遊びたいだけになってません?? 大丈夫かな…。
まあ、お役に立てるならいいかな? かな…?
その日は作業を中断して、ご飯を食べて休むことにした。
少し乾燥しはじめた唐揚げを、ワンタンスープにインして食べてみた。うむ。美味い。
流石に今回の分で角兎の肉も無くなったか。
やっぱり移動速度上げるにも、活動範囲を広げるにも、私には乗り物が必要だな。
今日は休んで明日頑張ろう。
流石に1日鉄クラフトは疲れた…。
私の鉄よりも他の血から作った鉄は、変形させるのに時間がかかる。イメージ通りの形にするの手間なんだよね。
ベアリングはかなり精密に丸くしたいから、私の鉄を使うし…。鉄を増やすか…。魔獣の鉄で1度作ってみるべきか…。
どうすっかね~?
──────────
翌朝は、これまたド快晴である。暑くなりそう。
アクアの水をしっかり水筒に補充して、日除けの小屋で作業を行う。
人力車は鉄の台に乗せて、車輪を外した。
ベアリング部分だけを切り離して、先にシリュウさんに回転椅子を作っておいた。
…見ていてこっちが酔いそうなくらい、くるんくるん回り続けている…。
とりあえず衝立を作って、視界に入れない様にして作業開始である。
ベアリング作りの折衷案として、魔獣の鉄で大まかな形を作ってから、私の鉄でぴかぴかになる様に覆う方式にしてみた。
これなら工作精度と材料節約が両立する。
2つの鉄の境目で割れる可能性もあるけど…。まあ、鉄変形の力で上手く癒着してくれてるっぽいから、多分いけるはず。
とりあえず、このやり方で荷車用の大きめベアリングを工作していこう。
しかし、「鉄を癒着」って自分で実行してる訳だけど、冷静に考えたら意味分からないよね~。
鉄の金属結合を操っているんだろうけど、その結合エネルギーはどこから供給されてるんだろう。
空気中の魔力を呪いで集めて注ぎ込んでる、とかなのかなぁ。
何度考えてもよく分からんよね~。
ん~…。1つの車輪に2つのベアリングを付ければより圧力が分散して安定感出るかもな…。逆に摩擦が強くなって動き悪くなるかなぁ…? 材料も倍必要だし…。
とりあえず1セット作ってから考えるかぁ…。
鉄をムニムニと…
──────────
ムニムニ… 捏ねり捏ねり…
こくこく… はふぅ…
捏ねり捏ねり… つるつる… まるまる…
チラッ
くるんくるんくるんくるんくるんくるん…!
見なかったことにしよう…。
一旦ストレッチでもして体ほぐすか。
腕は完全に治ったな~。
さて、再開しますか~。
捏ねり捏ねり… ムニムニ… ムニムニ…
こくこく…
まるまる… つるつる… まるまる… つるつる…
「ふぃー…。こんなもんかな。」
丸1日かけて、大きめベアリングを4つ完成させた。
いやぁ…苦労した。
大きい真球の形をいくつも揃えるのも、その球を包む大小の真円環も、工作難度が高過ぎる。鉄コンパスもどきを使って真円をいくつ刻み込んだことか…。
なのに2セット作っちゃったのは、バカだよな~…。
良い物出来たと喜ぼう。うん。
…。シリュウさんは…
「ん? そろそろ飯にするか?」くるんくるんくるんくるん…!
「…。化け物かな…?」




