8話 魔物襲来
慌てて建物に入ってきたスティちゃんの後ろから、若い作業員が駆け込んでくる。
「角兎が出た!」
「すぐ行く!」
レイさんが作業の手を止め即座に動く。
「何匹か居るんだ!ハロルドを皆で守ってなんとかしてる!」
「1匹じゃあねぇのかよ…!」
連絡員の脇を抜けながら、レイさんは全力で外に駆け出していく。
多分身体強化を足に全力で発動しているみたい。凄い速度だ。
若い作業員は相当無理して走ったのだろう。床にへたりこんでいた。
スティちゃんが水瓶から水を木杯で掬って渡してる。凄く不安そうなのに、ちゃんと動けてるの偉いな。
にしても、角兎かあ…。
読んで字の如く、角の生えた兎である。
動物の兎が、魔力を持って魔獣になったもので、大きさは大型犬くらい。
一つの種としてこの大陸に繁殖してる厄介なやつである。
何が厄介って魔力を使いこなしている点だ。
火属性魔力で脚力を強化して瞬間的に突っ込んでくる上に、土属性魔力で角や体毛を硬化させて貫通力を高めながら身を守る。
おまけに雑食性。
魔獣被害ランキングのトップランカーだ。
冒険者ギルドなら中級以上で対処するように勧告されるくらい危険なやつ。冒険者見習いを卒業できなかった私には関係ない話か。
多分ハロルドさんの魔法で攻撃してるんだろうな。
他の皆は筋力増強とか持久力の向上だもんねぇ。
普通の武器じゃあ毛皮に弾かれるし、人間の身体硬化程度ならあの角は貫いてくるから守りは不利だし。
レイさんは遠距離魔法、使えるんだろうか?
「お姉ちゃん、どうしたらいい?」
スティちゃんが私を見上げている。
「まずは火の始末。それからはそこの人と3人でここで待機してよう。」
この山に居ない魔獣が現れた。群れで移動してきた可能性もなくはない。今居る人の安全の確保が最優先だ。
「…お父さん大丈夫っ、かなぁ。」
ハロルドさんは木の運搬や飲み水の生成で仕事をしてる。訓練は受けてるだろうし遠距離魔法も使えるけど、戦闘職じゃあない。
そこに1匹ではなく数匹の角兎。
…厳しいかも知れない。
「レイさんも応援に行ったしなんとかなるよ。」
心にも無いことしか言えんな、私。
「お姉ちゃんはっ、戦えないっのっ?」
泣きかけてしゃくりあげながらスティちゃんがこちらを見てくる。
…まあ、父親の方が大切だよね。角兎の危険性は子どもでも聞いたことあるだろうし。
「私が行けば、その間スティちゃんを守る人が居なくなるよ? スティちゃんに何かあったら、お父さんだって辛くなるよ?」
我ながら嫌な台詞しか吐けないなぁ…。
でも私の役割はここでスティちゃん(とついでにそこの1人)を守ることだ。だからこそレイさんも何も指示せずに飛び出したはず。
「…、お姉ちゃんのテントっくださいっ、そこに隠れてじっとしてる!」
寝る時に、私が普段野宿する方法をこっそり見せて上げた。テントとは呼んでるけど、ほとんど棺桶みたいな鉄の箱を作ってその中で私は寝てる。
魔物の攻撃だって防げるよ! と調子に乗って、鉄をぶ厚くしたり形を変えたり色々解説したっけな。
まあ、それならなんとかなるか?
「…本当にじっとしてる?」
コクリ。と頷くスティちゃん。
「分かった。
…もし、私に何かあってもそれは私のせいだから、スティちゃんは自分を大切にね。」
言う必要ないことだろうけど、死んだら喋れないからね。
私弱いし、非魔種だし、なにかあれば簡単に死んじゃう。
「テント返すからちゃんと帰ってきてっ、欲しい。」
死亡フラグっぽいセリフいただきました。良い欲張りだね。
まあ、頑張ってるこの子の気持ちくらいは、大切にしてあげたい。
それに、角兎相手なら勝算はある。
まあ、痛い思いはしないように、頑張ろ。