79話 一難去って
ロックアントの巣の迂回を続けて4日。
西に移動すること2日半。そこから北に向かって1日半。私の体力の無さでここまで時間がかかってしまった。
シリュウさんはその間ほとんどご飯を口にせず、私ばかりがワンタンスープやクッキーもどきをいただいていた。
かなり申し訳ない状況だったけど、シリュウさんは十分満足したとかロックアントに注意したいとか言って、食べないからどうしようもない。
考案した料理の試作もしていない。
私の体力を無駄に使わないこと以上に、ロックアントが寄ってくる可能性を排除しておきたいとの理由から。
だが、そんな日々ともおさらばである。
ようやく魔蟻の領域から完全に抜け出れた。
ええ、それはもう、完璧。絶対に。
何故確信できるのか。
現在、角兎の群れを殲滅中だから☆
…。
なんで、こうなった…??
──────────
「かなり北まで来れましたね。」
「…。…ああ。」
「西にあれだけ歩き続けた時は軽く絶望しましたけど、なんとか抜け出れて良かったぁ…。」
「…。」
「…あの、新作料理のアイデアをいくつか考えておいたので、機嫌直してもらえると…助かります…。」
「…。機嫌…? 何がだ?」
「いや、さっきからシリュウさん難しい顔して反応薄いから、ご飯食べられなくてイライラしてらっしゃるんじゃないかと思って…。」
シリュウさんが立ち止まった。
私も止まる。
「テイラ。」
「………はい。」
「ちょっと危険で、楽しい状況かも知れん。」
「…はい?」
「ロックアントは抜けたが。別のやつらの領域に居る。」
「え゛っ?」
「──!!」ニィ!!
シリュウさんが不気味に笑っている…!?
「いやぁ、ただただうぜぇ蟻を突破したら今度は旨い肉が群れで来るとはなぁ…! 良い心掛けだ…! 狩り尽くしてやる…!」
「ちょっと…? シリュウさん?」
周りを見る。今は日中。天気は雲の多い晴れ。
草原の草は短くなり、代わりに低木の茂みが増えて見通しが悪い平原である。
何が居るの…??
「角兎だ。構えて防御しろ。この数は俺1人では同時に相手できん。」
「りょ、了解!」
ここ数日で痛みがだいぶ治まった両腕を使い、長い槍を握る。ついでに背中に取り付けたアームの先に盾を付けて、体の前に展開する。
良かった! まだまだ不安だったからずっとアーム付けてて!
武器を振り回すのは無理でも、盾ならなんとかなるはずだ。
「角兎なら対処できるな? ただ、無理はするなよ。」
「はい…!」
私のことを確認してから、シリュウさんが近くの茂みに突撃した。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!!
と同時に他の茂みから何か黒っぽい塊が複数、凄い衝撃音を響かせてシリュウさんの居る茂みに向かって飛び込んで行く。
ボンッ!! ゴン!! 「ふっ!!」
「しぃっ!!」 ボグゥ!! ボンッ!!ボンッ!!
完全に大乱闘である。
ボンッ!! ガイン! ザシュ…
私の方にも突っ込んで来るのでアーム盾で往なして、全身を強化して素早く槍を突き込む。
槍が何かに刺さると同時にその穂先を分離して、少しだけ短くなった槍を再び構える。
これ! 髪留めの警報で! 場所分かんなかったら! 洒落になら、ない!!
ガイン!! ガン!! ザシュ…
靴からも鉄壁出して、ともかく当たらない様に往なし続ける。
槍が何に刺さっているか確認もできない。いや、角兎なんだろうけども。
大半がシリュウさんの方に突っ込んでいるっぽいのに、こちらにも犬くらいの大きさの黒い塊が何度もぶつかって来て余裕が無い。
アームのパワーでは負ける程の勢いで突撃してくる生き物が怖い…!
でもって、生き物を刺す感触が、気持ち悪い…!
何度も後ろに下がりながら、ひたすらに自分の身を守る。
飛び散る赤い液体を気にしないように。
とりあえず、自分が死なないように。
──────────
「終わっ、た…?」ぜえ…ぜえ…
「ああ。悪いな、ほとんど放置して。」
「いえ…。大半を引き付けて…、くれて…、どうもです…!」
シリュウさんは、汗もかいていない。
多少服が汚れているみたいだけど、怪我も無さそう。
シリュウさんが両手に持っている2匹の生き物を見る。
黒い毛皮の角兎だ。角を掴まれて、口をだらーんと開けて、生気の無い赤い目で脱力している。
周りをちらりと見れば、同じ種類の角兎が倒れている。
シリュウさんに触れられたやつは力無く倒れ、赤いのが体から出てぴくぴくしてるのは私の槍が刺さったやつだ。
「テイラがやったやつから、血を抜いていく。悪いが離れててくれ。今すぐやる。」
「了解…。お願いします…。
あ、すみません。数匹分でも良いので、これにこいつらの血を溜めてくれませんか?」
私は鉄の壺を形成してシリュウさんに手渡す。
移動中に考えた現状の改善案の為に、たくさんの鉄を使って実験したい。しかし、それには私の血が足りない。
気分は辛いけど、大量の血が入手できるチャンスはモノにしておこう。
「構わんが。血を…? 数匹で良いのか?」
「はい。それ以上は手間でしょうし、私はできないし…。」
「必要ならやってやる。兎をぶら下げる台と、血を受ける器を出してくれ。それなら一度にできる。」
「分かりました。」
シリュウさんに意見を貰いながら、角兎ぶら下げ台と受け皿を10匹分用意した。
多分もっと居るだろうけど、とりあえずこれで良い。私の鉄の余裕も減らしたくない。
アームを展開したまま見通しの良い所まで下がる。
念のため槍もまだ持ったままだ。
はあ…。びっくりした…。
角兎には、毛の色が異なる種類があるのは知ってたけど、あんな数群れるやつも居るもんなんだね…。黒い角兎はトスラで見たこと自体は有ったけど。あの伐採村に出たやつは兎らしい白色だったなぁ…。別に強さに違いは無いが。
しっかし、私1人なら鉄テントに籠城して何日戦い通してたことか…。それ以前に、テント出す余裕も無く数に負けてたかも…。
蟻と言い、兎と言い、なんでこの辺、魔物が群れまくってんだ…。
蟻への警戒で疲れたシリュウは、ちょっとテンションがおかしいです。キャラがズレ過ぎたかなぁ…?
そして、ロケットえんぴつ式の鉄槍。
腕輪から鉄塊を足せば、何度でも新しく伸ばせます。




