78話 偵察と居残り
翌日。
今日も結構な晴天である。暑くなりそう。
「おはよう、ございます…。」
「…。大丈夫か?」
「ええ。思ったより緊張してたみたいで寝つきが悪かっただけです。大丈夫です。」
「…。少し提案があるが、良いか?」
「…? なんでしょう?」
「暫くここで待機できるか? 俺1人で軽く偵察に行こうと思ってるんだが。」
「……………待機ですね。了解しました…。」
「…。今の間、何考えてた?」
「えーと…。遂に見限られたか~、ロックアントの巣に置き去りとは証拠隠滅楽勝ですね~、これからどうしよう? くらいですかね?」
「普通に偵察だって言ってるだろ…。俺の移動速度に付いて来れないし、調子が悪いみたいだから、とりあえず休んでろ…。」
「はい! 分かりました! 休んでます!
もし、このままシリュウさんが居なくなっても呪ったりはしませんから安心してください!」
「…。とりあえず、そこの魔石を預けておく。本当に俺が戻って来なかったら、好きに売り払え。」
「え゛。いや、半分冗談だから、そこまでしなく──」
「魔石を鉄で覆うなよ。結界が消えるだろうから。」
シリュウさんは私の言葉を無視して、鉄の台から地面に下りた。
そのまま飛び上がる様な勢いで移動を始める。
「えっ。あっ。お気を付けて~!!」
少し北に行った後、今度は一瞬で西に向かったらしい。赤い影が消えるレベルの速度だ。時々草とか土が舞い上がる衝撃が起こってるのだけ見える。
「シリュウさんの身体強化、凄いな…。」
さて、と。
休んでおきたいのは山々だけど、流石にぐーすか寝る訳にもいかない。つーか、寝れる気もあまりしない。
ロックアント対策は、もう回避アンド回避で確定しているし、もし遭遇しても鉄の壁でも出して盾にしつつ逃走が無難だ。
他の対策も実行不能なのしか思い付かないしなぁ…。
例えば、この一帯を飛んでやり過ごす。とか。
レイヤじゃないんだから、風魔法で飛行とか無理無理。髪留めから風魔力は出せても、重量軽減・姿勢制御の術式など無いので1ミリも浮けない。
ロケットみたいに飛ぶ、だったら私の鉄とシリュウさんの火力でもしかしたら可能かも知れないが、危険過ぎだし高い所から自由落下などお断りである。
地面の下を穴掘って通る…のも相手は蟻だ。巣にぶつかってこんにちはするだけ。
巣の入り口を鉄で塞いでも、即行で新しい入り口を開けるだろう。
考えるだけやはり無駄だな。他のこと考えてよう。
新作料理を考えておきたいが、具材は現状有るものだけで手詰まりだ。
食べたい料理ならいくつか思い浮かぶけど…。
いっそのこと、いつか再現したい料理リストでも作るか。
ゆったり椅子に座って、鉄板を取り出す。
指で表面をなぞりながら、頭の中で鉄板を凹ませるイメージを流し込み変形させて、文字を刻む。
うむうむ。生身の指でやるのは久々だけど、もちろんちゃんとできてる。
今食べたいのは、お魚。
漬け物も欲しい。きゅうりの浅漬けがいいな。
らっきょう、かじりたい。生姜も、ばくばくいきたい。めかぶも、久々食べたい…。
藻塩、無くなったからなぁ…。
藻塩もどきに使ったネクラ草、あれ、軽く茹でて食べたら良い歯応えと旨味で無限にいけそうだったなぁ。
海草。海草系統が無性に食べたい。
海苔か。圧倒的に海苔だな! 今度海岸に行く機会あれば、海苔の開発は必須だな!!
…。
シリュウさんと行動するなら可能性は極々低いが…。
まあ、妄想するのは自由だ~!
でも、藻塩を美味しいと感じたんだから、海苔も美味しくいただくことはできる気がする。シリュウさん、存外チャレンジャーだし。うん。夢はでっかくいこう。
あとは…。作りたい料理でもリストアップするか。
んー…。
カレー! 寿司! ラーメン!
…。
女の挙げるメニューじゃないな…。はあ…。
まあ、食べたいのだから仕方ない。どうも私は女以前に子ども舌だからなぁ…。
料理だって、自分の食べたいものは自作するしかなかったから、試行錯誤してただけだし、ね…。
…。
…。
いかん。私の現実は今、この世界だ。
過去は振り返っても、囚われてはいけない。
おっし! 食べたいもの実現計画でも立てるか!
…。
…。
まあ、大問題、お米様の時点で詰みなんですけどね!!
この世界で米を見たことが無い。
正確に言えば、田んぼが存在していない。
冒険者時代に色々調べた結果、『水浸しの畑』などお伽話の妄想として笑い者にされるのがオチ、レベルに存在しない。
でも、確か陸稲とか言う畑に出来るタイプの稲が地球には有ったはずあったから、この世界でもワンチャンス有るかも…?
まあ、白米は無くてもいいやって思える似非日本人な私だから、問題無いけど。カレーはナンでいけるし…。
お米のついでに言えば、とうもろこしも見たことがない。
更に言えば、じゃがいも、さつまいもも存在しない。
『芋』と名の付く物は存在しているが、食べられるものじゃないのだ。
「芋は食べないの?」と他人に聞いたら笑われるか、微笑ましい目で見られるくらいだ。
アメリカ大陸発見前の中世ヨーロッパか!っての。
米やとうもろこしはともかく!
『芋』が無いとか、剣と魔法のファンタジー世界として、あるまじき設定じゃございませんかねぇ!?
カバンの中にはパンかじゃがいもは必須でしょう!?
はあ…。何度考えても異世界過ぎる…。
この大陸の主食と言えば、『麦』と『豆』、あと数種類の『木の実』と謎『雑穀』達である。
特にこの大陸東部では木の実がたくさん生っている。そのままで食べられる栗みたいなのが特に人気。木の実が主食とか縄文時代かよ…ってな具合である。
まあでも、あの栗もどき美味しいんだよね~。トスラに居た頃は「トーケー」って名前の、時々口にできるご馳走的な木の実だったなぁ。レイヤの奴も好きだった。
そうだ。シリュウさんの革袋に入ってないかな?
乾燥しても粉にすれば活用できるはず。
砂糖が手に入ればモンブランとか…!! …いや、生クリーム、もとい牛乳がなかった。無理だわ。
待てよ? 生クリームが無いなら、和菓子っぽく…、栗きんとんか…!!
栗きんとんの作り方!? どうだったっけ!?
思い出せ!! 私!! うおおおぉぉ!!
あっ、頭押さえたら腕が、痺れ、しびび…!
──────────
「…。大丈夫か…?」
「うぇ!? えっ? シリュウさん? あ、お帰りなさい!!」
「…。ああ。
…。何してたんだ…?」
「えー、…っと…。新しい料理を思い付いたけど、作り方が分からなくて必死に思い出そうと悶えてました?」
「…。ほどほどにしろよ…?」
「ですね~…。」
「ともかく。西にかなり行けばロックアントの存在域を外れるみたいだ。かなり大きく迂回するが北に抜けられるだろう。何か有るか?」
「いえ。大丈夫です。ありがとうございます。」
「なら早速移動するぞ。気合い入れろ。2日間は歩き通しだ。」
「ふつ…!? え!? どれだけの速度ならこの短時間で、ここからその場所まで往復できるんですか…!!?」
「…。気にするな。行くぞ。」
私、もしかして、とんでもなく足手纏い??




