77話 ロックアント
魔虫の蟻とは言え、蟻だ。蟻酸を持っているだろう。
なんとか絞って集めて酸味のある調味料になったりしないかな。いや、酸味どころか、普通に肉が融ける酸の可能性あるかぁ…。
「…。大丈夫か?」
「ん? 大丈夫ですよ。まだ歩けます。」
現在はあの岩魔蟻が群れてるらしい地点を大きく西に迂回して、再び北に向けて移動中。落ち着ける場所が見つかるまでお昼ご飯は無しである。
「…。なんか変な顔してたが。」
「ああ。次に魔蟻に会ったら、腹立ち紛れに料理してやろうと思って、どう処理しようかと考えてました。」
「…。蟻を食うのか??」
「私自身は経験無いですけど、前世の海外では蟻を食べる文化もあるって聞きましたね~。もちろん限られたいくつかの種類限定ですけど。」
「…。美味いのか…?」
「私が見た番組…。えー…。千里眼?の電化製品で良いか。とにかく、聞いた話では酸っぱくて味はあるけど食べづらいって不評でしたね。」
「…。」
「ロックアントなら、どうでしょうね~。やっぱり外骨格が硬くて食べれないかな~。油でカリッカリに揚げればワンチャン有るかな~、無いかな~?」
「…。あいつらの殻は防具にも使える硬さだ。止めとけ。俺は嫌だ。」
「やっぱりそうですよね。なら普通に虫籠に閉じ込めて素材として売るか。」
「…。」
まあ、遭遇しないことを祈るばかりですけどね。
時々、方向を西に変更しながら進む。
どうやらまだ蟻の群れを避ける必要があるらしい。
蟻って森とかに居るイメージだけど、こんな草原にも居るんだねぇ。
放浪者時代に森の中を歩いて火の魔蟻に出会ったことは有ったけど、鉄テントに籠ってなんとかなったからなぁ。
…群れの魔力が切れるまで、半日火炎に包まれて死ぬかと思ったけど。周りの木は燃えない様に制御してたらしいのには驚いたなぁ…。
どちらにせよ、私には魔力は見えないし、とっさに見つけられない大きさだから危険だよ。
「どんだけ居やがる…。繁殖し過ぎだ。」
「夏は虫も活発ですからね。」
「にしても、こんなに居るもんだったか? この辺り。前に通ったことはあるはずだが…。」
再び西に迂回である。
「東に抜けるのが正解でしたかね? 群れの中心目指しちゃってます?」
「…。可能性はあるが…。いくら蟻型とは言え、魔虫が平原の真ん中で繁殖するか…?
それとも感知をしくじってるのか…?」
ん~。考えられるのは…、
「餌になる大型の魔獣がここで死んだ。
ロックアントを食べる天敵が居なくなった。
森から逃げてきた群れが仮の住みかを作った。
んー…。実は魔虫の飼育実験場だった?」
「…。最後のは、気が滅入る妄想だな…。大陸中央ならまだしも、この国でそんなことやってる奴が居たら大問題だ…。」
「中央ならやってるんですか…!? バイオハザード待った無しですね…! …ん? この場合はマジカルハザード?」
「…。さて。現実問題、どうしたもんか…。」妄言スルー…
無視された。まあ、私も解決方法を真面目に考えるか。
「本当に居るか確かめる為に1度突撃します? 鉄の大盾とか出せますよ。」
「土属性の何かが大量に群れてるのは確かだ。止めとけ。」
「了解。なら、次点でやるべきは…。待機か。囮か。」
「…。待機してもこいつらは余所に行かんだろ。
…。テイラが囮になる気か?」
「いえ。巣の中に適当な鉄塊ぶち込めば、そっち攻撃してくれて、その隙に脇を通れないかな、と。」
「…。あいつらは巣を守る為に集団ごとに別れて行動する。注意を引けても、近付けば別の集団がこっちに攻撃してくるな。
…だが…。一先ず遠距離から仕掛けるのは、やってみるか。」
────────────
私のバネ弓を、シリュウさんが思いっきり引いている。バネの軋む音が凄い。
番えた矢は、短槍みたいな形。恐らく回収できないから、そこら辺の石を内部に入れて嵩増し、鉄の節約をしてある。
私達は鉄の壁を出して、もしもの時の盾に隠れつつ草原を観察する。
矢が放たれた。かなりの勢いで、遠くに飛んでいく。
ザン……!!
石が入って重さも増したほぼ槍の矢が、草原に突き刺さる。
先っぽが茂みに隠れて、柄の部分しか見えない。
はて? 何も起こらない。
実は蟻なんて居なかったり──
ドガガガ!!ガガガン!ガン!ガン!ゴン!!ゴン!!!
うおお!?
突き刺さった矢を包囲する様に、四方八方から茶色の何かが空中に現れては、凄まじい音を響かせながら矢に突っ込んでいく。
私の目には早々に矢が倒れて、もはや見えない。
衝撃音だけが途切れることなく続いているのが、聞こえるばかり。
土属性の魔蟻、やべぇ…!?
「やはり、ロックアントか。辺り一帯に相当居るな。」
「あれは…。軽く死ねるやつですね…。」
「ああ。しかも、動けなくなったあとは放った石を変化させて、倒した獲物を地面に固定してくる。ああなったら逃げるのも難しい。」
「土の固体操作で、獲物を拘束…!? 頭良過ぎるでしょう!」
「群れの中に、周辺感知や指示統括の役割の個体が居るからな。そいつらを先潰せば、ただ飽和攻撃してくるだけになるが。」
「…無理ゲーすぐる…。」
…やがて静かになった。
「こっちには来ませんよね…?」
「かなり遠くに射ったし、魔法での攻撃じゃないからな。魔力辿っての追跡はできないだろう。」
「魔法使いが攻撃したら逆にアウトか…。」
「テイラのおかしな弓だからこそだな。」
「シリュウさん。シリュウさんの魔法攻撃でこの辺り一帯殲滅して突破しません? もう一番それが早い気がしますけど…。」
「確かに、手っ取り早いが。離れた所の群れも全部こっち来るだろうからな…。日が暮れるまでに終わらん可能性もある。それにこいつらを殲滅して、草原全部が消失するのもどうかと思うぞ。恐らく森にまで延焼するのは確実だろうしな。」
「打つ手無しか…。なら、どうしましょう?」
「なんとか更に大回りで迂回して…。ギルドに報告を入れるのが妥当だろうな。対処できる奴がいつ来るか分からんが、注意喚起するだけでもマシだろう。」
「なら、とりあえず私達が生き残らないとですね。」
「まあ、こんな国の外れの位置じゃ放置する可能性も高いだろうし、もう近隣には周知されているかも知れん。だから気負う必要は無い。」
「私達の身の安全が最優先。ですね。」
「とりあえず一旦、距離を取る。不本意だが南下するぞ。」
「…了解。」
これが異世界チート転生小説なら、この群れを殲滅してレベルアップ! 新スキル獲得! 「お前らが実験台だあ!」って展開になるのになぁ…。
現実に獲得できるのは経験値(恐怖の記憶的な意味で)くらいなものである。
結局、大事をとって大きく南まで移動して、拠点を設置した。今日はこの場所で野宿だ。
私の鉄で、高床式っぽい台(ネズミ反し付き、この場合は蟻反し?)を展開して、その上にシリュウさんの魔力が籠っている魔石を置く。周りに、私の鉄テントとシリュウさん用の椅子を出す。
シリュウさんに「そちらにもテント出しますか?」と聞いたら、断られた。夜になって万が一、蟻が近付いた時にすぐ感知できる様にしておきたいらしい。
シリュウさんは睡眠は取らないとは言え、そんな気が休まらない状態で大丈夫かと心配もしたが、「この、ユッタリイスがあるから1人の時よりマシだ。テイラはちゃんと寝て、明日動ける様にしてろ。」との言葉をいただいた。
まあ、無駄な努力はするべきではない。やれることをやろう。
今日は動き回ってお腹も減ってるけど、調理は止めておこうと言うことで、久々のアリガクッキーだけで済ます。
甘くなったドライフルーツと小麦の甘さが、お手軽に美味しい。結構前に作っておいたやつだけど、アクアの水のおかげで乾燥もだいぶ抑えられている。
ご飯後は早々に鉄テントに入る。
流石に今日は汗もかいたから、体を拭く為にアクアの水を泣く泣く使わせてもらう。水場を探す余裕がなかったとは言え、美味しい飲み水をシャワー代わりに使うのは罪悪感が凄い…。
当のアクアは、素クッキーを食べて喜んでるみたいだけど。
リハビリついでに腕を使って、かなりゆっくり体を水で清めて、再び服を着て、ゆったり椅子に寝転がる。
私の水属性の下着は、服の内側の汗をも分解させる力がある。そこに髪留めの浄化の風を組み合わせることで、疑似的な清潔魔法が使えるのだ!!
つまり、お風呂や洗濯の回数をそこそこ減らすことが可能!!
とは言え。流石にそろそろ服を洗いたいなぁ…。
そもそもスティちゃんの所で貰った服のまんまだもんね…。新しい服もちょっぴり欲しい。
はぁ…。
明日はどうなるかな…。




