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76話 夏の草原と魔蟻

「ふああ…──、あっ、だだだ…。」


 腕伸ばしただけで、軽い痛みがあるかぁ…。()な目覚め~…。


 まあ、それでもかなりマシだ。ゆるゆる頑張っていこう。

 痛みは走るけど、動きそのものは普通レベルになってる。筋肉の太さ的にも元の腕力くらいのはず。



 とりあえずアームはまだ付けておいて、腕は固定せずにリハビリっぽく生活してみよう。

 料理するのは…、まだアーム使うのが安心安全だな。良し。




「おはようございます~。」

「ああ。…。腕、動かせるのか? 大丈夫か?」


 鉄テントから出ると、木の側でゆったり椅子に座ってたシリュウさんが声をかけてきた。右手には鉄ピストンを握ってるようだ。親指がカウンターを押すような動作をしている。


「はい。なんとか。固定せずに少しずつ動かしていこうと思います。少し痛みはあるんでもうしばらくはアーム生活ですけど。」

「…。無理はすんなよ。(やわ)い筋肉が切れたらもっと痛いぞ。」


 うひぃ…!


「嫌なこと想像させないでくださいよ…!」

「釘刺しておかないと滅茶苦茶するからな。テイラは。」

「…気を付けます…。」



 朝ご飯は、昨日作った玉子焼き。鉄箱に包んで、シリュウさんの革袋に入れておいたやつ。


「うん。全然食べれますね~。乾燥はギリギリ防いでる。」

「…。出汁に水精霊の水を使った上で、テイラの鉄に入れてこれなら、1日持たすのが限界だな。まあ、十分な耐久力だが。やはり焼きたてに限る。」

「私はこれくらいでも十分美味しいです。お弁当の出汁巻きっぽくて懐かしいくらいですね~。」


 かなり久しぶりに生身の手で鉄の箸を握って食べてる。かなりゆっくりした動作になるが、玉子焼きもなんとか切れる。口にも運べる。

 うん。美味しい。


「弁当…。移動先で食べる物に、卵焼きを入れるのか…。どこの貴族なんだか…。」

「こっちでは普通しませんよね。」


 この世界にも弁当とかランチボックスって習慣はあるらしい。直接見たことあるのは、冒険者のやつくらいだけど。

 中身は乾燥気味のパンとか木の実とか干し肉とか、お金があるなら塩浸けの肉くらいで、日本のお弁当とは別物だが。沿岸の地域ならまだしも、塩は普通貴重品なので塩浸け肉も高級な部類に入る。

 なので冒険者達は現地で調達した物を食べるか、むしろ昼は食べない1日2食を基本とするかが一般的。


 慣れると昼無しも楽は、楽。

 代わりに朝をしっかり食べる必要はあるが。非魔種はエネルギーを溜め込むこともできないから、食べないと体力が保てない。



 ついでに昨日のバーリアの葉と茎も食べてみた。


 うん。塩水に(ひた)してたから苦味が消えて食べやすい。茎は…ちょっと硬いかなぁ…。細いから表面を()いて食べるなんてできないし…。食材には向かないか。


 シリュウさんは両方普通に食べてたが。「土属性は抜けたが食べれるな。」とかなんとか。

 そして、アクアは。灰汁抜きに使った、恐らく苦味が増したであろう塩水をごくごく飲んでた。


 うん。良いんじゃないかな???




「ご馳走さまでした。」


 生身の腕で合掌するのも久しぶりだな~…。なんとかできる。




 お腹をしばらく落ち着かせてから、出発である。


「…。さっきも言ったが、無理はするなよ?」

「はい。ご迷惑掛けますが、私のペースでしっかり歩きます。」




 ふぅ、む。割りと歩けてる方。

 陽射しが強いから、体力も結構使うかも。鉄の傘出すかなぁ。でも重いし風の抵抗も受けるからむしろマイナスかなぁ。


「…。なあ。その肩のアーム、外したらどうだ…?」

「とっさの時に無いと不安になるんですよね。今の腕じゃ槍とか持てても戦闘はできないし。」

「俺が居るから大抵の動物は避けるし、知能の無い魔獣は先に感知できる。戦闘になることはないだろ。」

「いやぁ、シリュウさんのことはだいぶ信頼してますけど、不安感が消える訳ではないもので。」


「…。まあ、強制はしないが…。」




 木は(まば)らになり、背の低い茂みがいくつもある草原を黙々と歩く。足下の草も割りと背が高くて歩きづらい。



 でも、綺麗な景色だ。


 強い陽射しで出来た黒い影が、緑の絨毯…いや、もうクッションレベルの厚みだけど、に良く映える。



 日本はもちろん、エルド島や港町のトスラでも見ない光景だ。気分はなかなか良い。体は追い付いてないが。




「止まれ!」

「わぁっ!?」


 シリュウさんから突然鋭い声が掛かる。


 バクバク言ってる心臓はとりあえず無視して、アームを展開。身体強化を足に掛けておく。



 髪留めは何も反応していない。茂みに何か潜んでる…んだよね…?

 周りを見回すが特に異常は見られない。


 シリュウさんが見てる方に目を向ける。右斜め前方。低木の茂みがある。角兎かな…?



「魔獣が居るんです…?」

「…。テイラ。ゆっくり左に移動しろ。あの茂みを迂回(うかい)する。」

「りょ、了解。」




「止まれ。」

「!?」


 また!? まだ迂回途中ですよ?


 とりあえず、停止して警戒する。


 髪留めの危機感知は、私の生命が危険になる未来を予測して教えてくれる。

 つまり、今はまだ命が(おびや)かされる状況ではないか、シリュウさんに危機が迫っているかだろう。


 にしても、何も見えないけど…。



「…。仕方ない。少し戻る。それから大回りでここを避ける。」

「そ、そんなに危険なやつが居るんですか? ここ。」

「多分ロックアントだ。国境の森にまだ近いとは言え、ここまで群れているとはな…。」



 ロックアント。岩の(あり)魔虫(まちゅう)の一種だ。


 火を使う魔蟻(まぎ)ではないから、と侮ってはいけない。土属性の魔法はバンバン使ってくる。

 良く見ないと見つからない大きさの生き物の群れから、頭が陥没する勢いの石が突然出現して飛んでくるのだ。普通に死ぬ。


 そんな群れがいくつもあるなら、その危険度は拳銃を持った暴漢複数に囲まれていると同義だろう。普通に死ぬ。


 それに確かそこそこの知能もあるから、こちらの地面を陥没させて転倒させたり、段差を作って動きを妨害してきたりもするらしい。さらに、毒は無いが硬化させた(あご)で噛まれると普通に肉が切られる。だから、死ぬって。



 でも、確か──



「魔蟻って、巣の中に(みつ)を溜め込んでる個体が居るんじゃなかったでしたっけ? シリュウさん的には狙わないんです?」

「…。そうしたいのは山々だがな。この数の群れを相手にするのは骨が折れる…。傷はつかんが精神的にな…。他の虫とか動物も食ってるから、蜜を集めてないこともあるしな…。」


 くたびれるだけで、可能なんですね。さっすが~…。



「それに。テイラには危険だろ?」

「いや、普通に、鉄テントの中に引きこもって待機してますよ。」

「…。どうだろうな。岩に埋もれて出てこれなくならないか…?」

「そんな埋もれるくらいに魔法撃たれるのか…。虫の癖にどんだけ魔力あるんだ。こんちくしょう…!」


 属性を付与された魔力をぶつけられても、私の鉄なら霧散させて防げる。しかし、魔法で生成された物質を直接分解できる訳ではないので、ぶつけられた石が消滅したりはしない。

 まあ、普通に鉄として物理的に防げはするけど…。この場合は量に負けるかぁ…。



「この近くに集落とか在ったら危なくないですかね?シリュウさんが殲滅させる義務とかは無いんです?」

「…。こんな国の端に集落なんざ無いだろ。在ってもとっくに滅んでるか、普通に防衛できる様に整えた砦のはずだ。得る物も無いし、(いたず)らに攻撃する意味はないな。」


「了解です。鉄の鎧付けての強行突破は、する意味も無いし…。戻るのが賢い、かぁ…。すみません。お時間取りました。」

「別にいい。念を入れてゆっくり下がるぞ。刺激しない様にな。」



 せっかく進んだのに、これだよ…。


 前途多難だな…。


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