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71話 冷蔵庫とピストン

「まあ、別に行ける場所でも無いですし、私の頭の中だけにある、夢の世界とでも思って気にしないのが一番ですよ。」


 異世界の話をするのに支障は無いけど、何かの参考になるかも程度で良いと思うんだよね。


 アクアの水をこくこくと飲む。

 今日も、最高峰の美味さである。



「…。冷却する触媒…。冷媒って言ったか。そのレイゾウコとやらは再現できないか?」

「再現…。そうですね~。冷媒は特殊な物質を複雑な過程を経て作るから…。私には無理ですね~…。」


 冷蔵庫の冷媒物質が何かなんて覚えてないし、冷媒で思い付くのはクーラーの「フロンガス」「代替えフロン」とかだ。オゾン層を破壊するとか、温室効果が凄まじいと言う話は聞いたこと有っても、作り方など知ってるはずもない。


「冷媒になる代わりの物質を見つければ…。冷蔵庫の冷却システムそのものの理屈は少し分かるけど…。んー…。ん~~~…! 無理そうですね~。」

「…。そうか…。」


「シリュウさん、えらく興味あるんですね。」

「…。魔導具じゃないなら俺でも使えるかも知れんからな。」

「ああ…。なるほど…。

 逆にシリュウさんは物を冷やしたりできたりしません?」

「できる訳ないだろ? 喧嘩売ってんのか?」

「え? いえいえ! 真面目に! シリュウさん火属性の適性あるんですよね!?

 火属性の魔法って根本的には熱エネルギー…、物体の温度を操作する技だと聞いたので。北の大地で、寒さと氷に触れたシリュウさんなら、水から熱を奪って凍らせたりできるかも、と…。」

「…。俺は、体から熱を出すことしかできん。」


「そうですか…。まあ、できるならとっくにやってますよね…。」



「水精霊が氷を作れたら良かったんだがな。」

「そっか! アクアならもしかすると作れるんじゃ!? シリュウさん、アクアに念話でお願いしてみましょう?」


 コップを乗せる台の上でぽよぽよしてたアクアから、伸びてきた触手が私の脇腹を叩く。


 地味に痛いんすけど。



「…。見て分かる通り、嫌だとよ。」

「ええぇ…。なんでよ。氷が作れたら料理の幅も広がるし、アクアにも美味しいお菓子とか作れるのに…。」


 ぺしぺし!


「これは美味しいアイスでも1度作って、氷の素晴らしさを説かねばなるまい、か…。」

「…。アイス? 氷のエルフ達が使う魔法の名前か? 料理に使えるのか?」

「ああ、えっと、氷で食材を冷やして作るだけですよ。アイスキャンディとかアイスクリーム…、甘い果実の汁とか牛乳とかを冷やして固めて食べるんです。甘くて冷たくて美味しいんですよね~…。」

「…。そのままで飲める物を氷を使って冷やす、だと…。贅沢過ぎるだろ…。どこの貴族だよ…。」


「いやぁ、文化レベルが多少高いだけで、私はむしろ下級民ですよ~。お金無いから、働いてお金稼いで、ご飯自炊して、合間の時間で漫画描いて…、上司の罵声を浴びて…、同僚の顔色を(うかが)って…、家に帰って結局レトルトをチン…、」ずうぅぅん…


「テイラ! レイゾウコの話をしよう!」


 ん? 何急に?


「え? そう、ですね?」

「簡単な仕組みは分かるって言ったろ! 教えてくれ。」


「はあ…。まあ、良いですけど。

 さっきざっくり説明したことを、より具体的に言うと…。」



 とりあえず、イメージしやすいように鉄の棒人形と冷蔵庫の外観を作って見せる。


「こんな風に、見た目は縦長の…(たな)、ですね。扉を閉めれば密封状態になって、中の冷気を保持します。で、この棚の背中部分に、物を冷やす仕組みが取り付けられてます。」

「…。えらく物が入るんだな。『仕組み』の大きさは割りと小さくて簡単なのか?」

「いえ、それは先人達の努力の結晶と言うやつですよ。より強く、よりコンパクトに、構造や材質を強化してこの形に落ち着いたはずです。私ごときの知識では、作れたとしてもどれだけ巨大化するか…。」

「…。この部分に冷媒が入ってるんだよな?」

「そうですね。えーと…冷却システムの構造を…。模式図を書くか…。」


 鉄の板をタブレットの如くイメージして、書き書きと…



「こんな風に。棚の中を冷やす部分と、棚の背中側で熱を放出する部分で構成されてます。熱を放出して温度が下がった冷媒を棚の内側へと移動させて、棚の中の熱を吸収し、温度が上がった冷媒をまた背中側に移動させて熱を出させる。ざっくり言うとこんな感じです。」

「…。やってることは単純だが…。熱が吸収される、ってのが今一(いまひと)つ分からん。」

「あー…。熱力学…まではいかなくても熱の話はするべきか。…。…。えーと、シリュウさん。例えば、水の状態の話なんですけどね?

 水を温めたら沸騰して、水蒸気になる…って話、理解できます?

 水蒸気は、目に見えない湯気(ゆげ)、みたいなものですけど。」


「…。普通の…ことだろ? まあ、水蒸気って言葉は普段聞くことは無いが。要は空気の中に存在してる水属性の魔力のことだと思っている。」

「そうか…。水蒸気は、目に見えない気体だけど、魔力的には見えてるのか…。びっくりしますねぇ…。まあいいや。

 ともかく、水に熱を加えると水蒸気になります。これが重要です。」

「ああ。」

「で、これが多分理解が難しい部分なんですが…。

 水と、熱で、水蒸気になる。

 なら、

 水()水蒸気()()()時は、周りから熱を()()

 ってことが言えるんです。しっくりきます…?」


「いや…、言わんとすることは分からなくもないが…。」

「んー、更に言い換えると…、

 熱が、水の状態を変化させる。

 だったら、

 ()()()()()()()()()()、熱の移動が生じる。ってことです。」

「…。なるほどな?」


「まあ、分からなくても別に困ることではないですし、私の説明も上手くないから、そこまで悩むことないと思いますよ?」

「…。まあ何かを学ぶってのも久しぶりの感覚だ。存外悪くはない。気にするな。続けてくれ。」


「そうですか…。

 えーと…。今は水で例えましたけど、全ての物体で似たことが言えます。話を戻すと…、冷媒。の話ですけど。冷媒は、状態の変化が起こしやすく、熱の移動が生じやすい物質ってことです。それを人工的に作りあげた訳ですよ。まあ、私はその作り方は欠片も知りませんけど。」

「魔導具は使えても、中の魔導回路の構造は分からない、みたいな話だな。」

「要はそう言うことですね。だから何も益になる話題では無いかと。」

「…。暇潰しにはなる。

 さっきの話だが、冷媒の状態を変化させるのはどうやるんだ? 知ってるか?」

「ええ。冷媒を外部の力で膨張・圧縮させる方法のはずですね。」

「…。そんなんで良いのか? それで物が冷えるか…?」

「ん~。ちょっと簡単な実験してみましょうか。」


 私は鉄でピストンを作る。

 一端が開いた筒と、その筒の内側にぴったり嵌まる棒、だ。真っ直ぐ抜き差しできるように慎重に形成しなければならない。



 …。


 真円(丸い)と、形成難度高いな…。四角い筒と四角い棒にするか…。


 …。


 ぴったりにならん。方法を変えよう。

 中身の詰まった鉄の四角く太い棒を作って、筒と棒に分かれるように分離させて、その中身を引き抜く…。

 切れ目は真っ直ぐ平面で…。それを側面4つと底面1つ…。集中、集中………。


 よし、引き抜けるはず。


 …。


 切れ目は入れるのは出来ても、真空に勝てない…。

 側面に穴を開けて、棒を引き抜いてから、穴を閉じて、と…



「よし。これでいけるかな。シリュウさん、これはピストンと言います。まあ、モノは筒と棒ですけど。この棒を筒に入れるとぴったり嵌まります。」

「…。本当にぴったりだな…。よくもまあ…。こんな細かい調整ができるな…。」

「そうですか? 普通の土魔法で石を形成するのと大差無いから、この世界では普通でしょう? 私はめちゃくちゃ時間かかりますし。」


「…。テイラ。エルフを基準に考えてるだろ。人間は普通、こんな無駄に細かいことは無理だ。」

「…それはそうかもですね…。そもそも、この大陸の人間が魔法使ってるとこあんまり見たことないな…。」


 身体強化の魔法はよく聞くけど、人間が攻撃魔法を放ってるのはほとんど見たことがない。火を纏った剣で攻撃してるのはノーカンとして…。トスラのクソギルマスの火魔法か、スティちゃんのお父さんの水魔法くらいか?

 それも別に、炎や水球で模様を書いたりするのを見た訳でも無いから技量を推察することもできないが。


「で、このぴすとんで何をするんだ?」

「この筒と棒に閉じ込められた空気を、圧縮してみようかと。」


 アームで2つを掴んで、押し込む…。


 ぬぅ…。パワーが足らん…。



「こう、やって。圧縮、する、と。空気、温度、上がる…!」

「…。圧縮、できてないだろ。俺がやるか?」

「はぁ…ふぅ…。お願いします…。」


 シリュウさんが持ちやすいように筒と棒に、鉄を足して大きくしてから手渡す。いや、「アーム渡す」。


 おもむろに、グッと棒を押し込んだ。


 …8割くらい棒がめり込んでる…??


「うおお? ちょっ…。危ないと思ったら、緩めて下さいよ!? どんだけ力入れて押し込んでるんですか!?」

「空気の抵抗ってのもなかなかだな。面白い…。」


 何を楽しんでるんだ…。


「これでどうすれば良い?」

「いや、えっと…。中の圧縮された空気が少し熱くなったはずなんです…。触って…。分かるレベルじゃないか…。ごめんなさい。確かめようがなかったです。」

「…。いや? 確かに少し温度が上がったように()えるな。」


 へ? 見える?



「そんな、火加減じゃないんだから…。え? もしかしてサーモグラフィーみたいに肉眼で温度を認識できてる…??」

「面白いな。これが、状態が変わって熱が生じるってやつか。」


 びっくり人間め…。


 そもそも空気の抵抗を受けてなんで腕が震えてないんだ? 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)ですか? どんだけがっちり固定してるんだ…。


「とりあえず、ゆっくり力抜いて元に戻してくれます?」

「ああ。…これで良いか?」

「じゃ、一旦返して下さい。次は逆に膨張の方を見せます。」


 筒の側面に穴を開けて、棒を押し込みながら空気を抜く。

 まあ、8割押し込んだくらいで良いかな? 穴を閉じて、と。


「筒の長さ2割りくらいの量の空気が、ピストンの中に密閉されてます。これを今度は引き抜いて貰って良いですか? …危ないから、完全には引き出さないで下さいね?」

「分かった。」


 シリュウさんのパワーだと完全に引き抜いてしまいかねない。釘は刺しておかねば…。


 シリュウさんは何の苦もなく棒を引いた。…マジでギリギリまで引っ張ってる…。危ないところだった…。



「まあ…。とりあえず、2割くらいの空気が9割くらいに引き伸ばされて膨張してる訳です。すると周りの熱を吸収して、温度が下がるはずですが…。見えます…?」

「…。いや、今一つ…。…お? 見えるな。確かに僅かだが、温度が下がった。」

「ああ、そっか。金属に熱が伝わる時間差か…。」


 シリュウさんが手を放す。ピストンの棒は中へと戻った。


「ほおぉ…。面白いな。」

「私には、シリュウさんの腕力の方が、面白いを通り越して恐いですよ…。」

「そうか? 特に腕力強化を発動はしてないが。」

「まだ上があるのか…。

 まあ、いいや…。とにかく、そんな感じで今回は空気で体験してもらいましたけど、物体の状態変化と熱移動の関係は少し理解していただけたかと思います。」

「ああ。空気の代わりに冷媒を使えば、もっと熱が移動する訳だな。面白かった。」


「まあ、暇潰しになったなら良かったです。そんな訳で実際に物を冷やすレベルには程遠いことも分かってくれたかと思います。」

「そうだな…。水が凍る段階まで温度を下げるには俺の全力でも届かないだろうな…。」

「まあそこはピストンを大きくしたり増やしたり何回も繰り返したりでカバーできますよ。まあ、どのみち途方も無い労力にはなりますけど。」

「冷蔵庫実現は無理か…。」

「ですね~。」


 吸熱の化学反応もあったはずだが、この異世界で作れなければ意味はない。そもそも何だったかな?

 水に溶けたアンモニアが吸熱するんだったかな??

 どうやってアンモニアなんか単体精製するんだっつーの。



「テイラ。これ、くれないか。」


「へ…? ピストンを、ですか??」

「ああ。単純に面白い。気にいった。」

「別にいいですけど…。オモチャにもなんないと思うんだけどな。ちょっと貸してください。調整します。」


 穴を開けて、5割くらいの位置まで引いて、穴を閉じてっと。


「これなら、押しも引きもできます。どうでしょう?」


「…。」クッ グッ クッ グッ


「…。大丈夫そうだな~…。」



 まあ、きっと無限ぷ○ぷちみたいなものだろう。楽しめるなら、それでいい。雨の間、暇潰しになれば、それで。


果たして実際に目に見えるレベルの温度変化になるのかどうか…。そもそもゴムも無しに金属のみで密着スライドできるのか…。


異世界の空気だからこその不思議物理ってことで、真似しないでください。違うな。気にせずスルーしてください…。

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