70話 氷と地球文化
主人公達はお互いに深刻な境遇を打ち明けましたが、2人の関係性はほぼ変わりません。多分。
本編描写もまだしばらく料理旅(?)の様相のままかと思います。
この作品にどんな期待を持って読んで下さっているのかは分かりませんが、ゆるゆるお付き合い下さい。
ふぅあ…。よく寝た…。
あの美味しい蜂蜜のお陰だな…。ふあぁ…。
のんびり身仕度を整えていく。
アームを付けて、アクアの水で口濯いで飲んで…。
ふむ。腕は痛むけど、少しマシかな…?
やっと落ち着いてきたかな。
ビキ…キ…
やっぱり力入れたらダメかぁ。でもマシにはなっている。
もう少し様子見ていこう。
隔壁に穴を開けて、小屋の中に出る。
「おはようございます…。あれ、まだ雨降ってる。」
「ああ。今日もここで待機だな。」
シリュウさんを見る。
寝る前とほとんど同じ体勢のまま、小屋の窓から外を見ていた。
「なんだ?」
「…いえ。今日は何をしようかな~と思いまして。」
「まあ、とりあえずスープでも飲むか。」
「シリュウさんの革袋、程よく温かいまま出てくるから便利ですよね~。」
「そうか? むしろ冷たいものが無いから俺としては不満だが。」
具無しワンタンスープもすっかりお馴染みのメニューになったな~。
「シリュウさん。さっき言ってましたけど、冷たいもの食べたいんです?」
「…。そうだな。基本的に暑いのが苦手でな。北の大地の氷が食えたら最高なんだが。」
「あ~。夏に氷食べるの良いですよね~。」
「…。食べたことあるのか…?」
ん? そんな驚くこと?
「ええ。真夏は冷凍庫からガリガリと…。あ、この世界での話か! 氷はお金持ちしか口にできない貴重品でしたね。テイラでは経験無いですね~。」
氷を生み出す魔法はあるけど、使える人が少ないんだよね。
人間見たことないものを作るのは困難な訳で、氷を見たことがある人がそもそも少ないから、氷魔法を理解・運用できる使い手が希少になる。そんな理屈らしい。
四属性全てを操るレイヤですら、氷は生み出せなかった。エルドはほぼ常夏の島だし、冒険者やってたラゴネーク国も温暖な地域だったから氷を直接見たことなかったんだよね。口頭で「水を生成して、火魔法の熱操作で温度下げれば凍るよ。」と伝えても冷水になるのが限度だった。
使い手や氷魔法の魔導具が少ないから、金銭的に余裕がある人じゃないと氷を口にする機会など無いに等しい。
「前世…、でいいか。氷室でもあったのか?」
「氷室…。こっちにもあるのか…。えー…、有るには有ったみたいですけど、この世界と同じく利用できるのは権力者だけですね。
前世の故郷は、気候的には温暖なところで同じように四季は有りましたけど、私が居たところは冬ですら池が凍ることはほぼないぐらいでした。」
「…。は? それでどうやって真夏に氷を口にできる?」
「えっと、冷凍庫、いや冷蔵庫、って装置に入ってるって言うか、作れるって言うか?
雑に言うと、食べ物を冷やす魔導具があって、そこに水を入れて放置すれば氷を作ってくれるんですよ。」
「…。非魔種だけの魔法が無い世界って言ってなかったか?」
「あ~…。魔導具に例えただけで魔法じゃないんです…。理解するには前世の文化技術を、かなり詳しく説明しないと、いけないですね~…。聞きたいです?頑張って説明しても訳分かんない内容になる気がしますけど。」
「…。いや、聞こう。どうせ今日はこのままだ。暇潰しにはなるかも知れん。」
「え! 今日ずっと雨降るんですか!?」
「ああ。大気の魔力の感じだと多少弱くなる時間は有りそうだが、夜まで降るだろう。恐らくだが。」
「そうですか…。なら、話の前に火を起こせるスペース作ります? 煙突も形成すれば、薪が使えますよ。」
「…。薪は残りがあまり無い。乾燥は一瞬とは言え、これ以上この辺りの木を切るのも面倒だ。火を起こすのは無駄足になる。」
「そうですか。なら、今日の調理は蒸し器システムですね。…今回は板肉を蒸してみて柔らかく食べれるか試すか…?」
「そこはドラゴンで良いだろ。つーか、乾燥した猪や鳥の肉を、板肉って呼んでたのかよ…。」
蒸し器の準備よりも、シリュウさんは氷の話がしたいらしく、前世の科学講座が開始された。
「まず説明するべきは、『科学』、前世の世界ではこっちの『魔法』に当たる技術の話ですかね~。簡単に言えば、物理、物の理を突き詰めた学問です。」
「ほう。」
「前世では誰も魔法が使えないので、身の回りにある物理現象をひたすらに観察する、ってことを人間は繰り返してました。ちなみに、その世界にはエルフも魔族も居ません。『光の使い』?って言う大陸西部に居る存在みたいのも居ません。」
「それは…また…。」
「だから人間はとても簡単に死ぬ世界です。死なない為に、物事を調べまくった訳です。
どこに行けば獲物が居るのか。肉をどう食べたら病気になるのか。病気になるとどう変化し死んでいくのか。敵はどんな力を持っているのか。どの石をどう加工すれば武器になるのか。どうすれば恋人と結ばれ子孫を残せるのか。
魔力が無い世界で、物理法則のみをただひたすらに追究する。その最先端の文化に触れれる国に、私は居ました。
まあ、魔法が無いだけで、人間そのものは大差無いです。まずはそんな前提で話を進めます。」
「…。ああ。」
「前世の世界の『科学』技術は…、ひどく大雑把に言えば…、石と、金属と、電気、を操る感じです。電気は、電流の素、って理解していただければ。
私の前世の故郷、『日本』って言う国ですけど、そこそこ文化的に進んだところでして…。えーと、ちょっと待って下さいね…。」
私は鉄を出して、ビルや公園、一軒家、自動車に電車、自転車、たくさんの人、と大まかな町のジオラマもどきを作っていく。
「こんな感じかな。色が着いて無くて分かりづらいですけど。」
「これは…。なんだ? 要塞…、城壁都市…か?」
「あー、まあある意味近いかな? この高い塔みたいなのは、ビルって建物です。石と金属で構成されてて、人が住んだりお店が入ったりしてます。」
「…。」
「こっちは車、自動車ですね。こっちで言えば、馬が必要ない馬車ですね。金属で構成されてて燃料──魔石…が近いかな?を消費して移動する、人が乗り込んで動く乗り物です。」
「…。」
「これは、電車です。電気の車、弱い雷の力を利用する世界なんですけど、その雷の力で連なった車を動かす感じで──」
「…。」
「発電所って言って、物理的な回転の力から雷の魔力を生み出す──」
「…。」
「電気で動く魔導具──電化製品って言うのが──、
で、冷蔵庫って言うのが──、
冷媒って特殊な液体を、圧縮したり膨張させたりすると、熱の移動が起こって──、」
「…。」ぷしゅううぅ…
あ、シリュウさんがヤバそう。
「ごめんなさい、一気に色々言い過ぎました。」
「…。いや、大丈夫だ。…本気で世界が違うな。」頭をガシガシ…
「一旦、休憩しましょう。アクア、お水ちょうだい~。」
「まあ、文化や理屈が異なるが、魔導連合の都市と同等の発展具合かも知れんな…。恐ろしい世界だ…。」ごくごく…
「私としては、一個人の一能力だけで町を壊滅できる、この世界の方が恐ろしいですけどね?」こくこく…
「…。そんなのは極々一部の奴だけだろう。」
「それでも、大怪我してもすぐ回復したり、建物よりも大きい生き物がわんさか居たり、ワンダーランド──あ~、不思議な夢の国、過ぎますよ。この世界。」
「…。非魔種だけで、金属と雷を支配して、魔法都市と同じことをしてるのは理解不能だぞ?」
お互いに世界の文化マウント合戦、いや? 逆マウント合戦?をしながら、のんびり雨の時間を過ごすのだった。




