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69話 蜂蜜と睡眠

「これでも食え。満腹にはならんだろうが、味は良い。」



 シリュウさんが、灯りの魔導具を()けながら、ついでに何かを黒の革袋から取り出した。


 私の方に差し出された物を、とりあえずアームの手のひらで受けとる。


 何だろう? 黄色いビー玉??



「…ありがとうございます…? …何ですかこれ?」


 飴玉??な訳無いよね。

 砂糖が無いから水飴も無いし、キャンディは作られてないと思うんだが。



「蜂蜜だ。乾燥して固まってるが。」


「え゛っ? シリュウさんの貴重な甘味では? クッキーもどきで十分ですよ!」

「蜂蜜の味には、心を落ち着かせる効果がある。とりあえず口に含んで舐めてろ。」

「いや、さっきのは、妄言女がバカなことを適当に言っただけ──」


「良いから。それ舐めて、横になってろ。かなりマシになるはずだ。」


 結構キツめの目で私を見てくる、シリュウさん。



「わ、分かりました。なら、とりあえずいただき、ます。」

「ああ。」


 シリュウさんはそう言うと椅子に深く座り込んで、目を閉じた。



 私は、5センチくらいは有りそうな、ぼこぼこした玉を口に入れる。



 あっまいぃ…。

 何これ、めっちゃ美味しい…。


 日本で蜂蜜キャンディとか結構食べてたけど、全然レベルが違う。

 異世界だからかな? 大自然の天然物だから?

 それとも、シリュウさんの乾燥能力で余計な水分が飛ばされてるから…?


 水分が全然無いから吸われていくけど、それ以上に甘くて唾液がいっぱい出る。



 ともかく、美味しいぃ~…。



 幸せな気分が、ぐるぐるしてた思考を溶かしながら全身に広がっていく。ホクホクである。




 どれくらいそうしていただろうか。

 よく分からないけど、気付けばかなり気持ちが軽くなった。


 この世界の蜂蜜、凄い…。これは命懸けで入手する価値あるわ…。



「…ご馳走様でした…。」


 小声で感謝の気持ちを口にする。




 シリュウさんは寝てしまったようだ。

 灯りの魔導具、点けっぱなしである。


 まあ、放置しよう。特殊な仕組みだって言ってたから止め方分からないし。

 テレビ点けながら寝てる人の前で、テレビ消したら「見てるのになんで消すの。」とかいきなり目覚めて理不尽に怒られるやつだ。触らないに限る。


 音を立てないようにそっと、私の椅子の周りに隔壁を展開して…


 アクアの水で口を(ゆす)いで、そのまま飲んで…

 ゆったり椅子の角度を、寝れる姿勢に合わせて…

 髪留め外して、酸素供給モード…


 アームも、作ったラックに掛けて、肩からゆっくり外して、と…



 まあ、腕は固定したままだから上手く寝れるかは分からないけど。



 隔壁を少し開けて、シリュウさんの方を見る。

 目を閉じて規則正しく寝息を立てている。



 小さく声を掛けおく。



「…おやすみなさい…。…今日は…ありがとう…ございます…。」










「──気にするな。」


「びっくりしたあ! 起きてたんですか…!?」


 心臓止まるかと思ったあ…!




「大声出すな。これでも休んでるんだ。」

「え~…。いや、まあ、…いいや。…ごめんなさい。」

「寝れそうか?」

「心臓バクンバクン言ってるんで、しばらく無理そうですよ…!」


「…。俺は、基本的に睡眠はしない。寝てるように見えても起きてるから、これから気をつけろ。」



 へ…? 寝ることはない、って言った?



「いや、いくら高魔力持ちが徹夜に耐えれる体質でも、睡眠をしないなんてことは、有り得なくないですか…?」


「…。少し体質が特殊なんだ。俺が意識を失う睡眠を取るのは、北の大地の拠点の中だけだ。」

「え…。それって、冬の間に1年分の睡眠を取ってる、って、こと、です、か…!?」


「…。そうとも言えるかもな。」

「ちょ…!? 拠点に戻るの、必須項目じゃないですか! 早く北に向かわないと!」


「なんでそうなる…。安心しろ。2~3年、寝ずにあちこちをぶらついてたこともあった。前の冬に十分寝てるから問題無い。」



 いや、それは流石に規格外なんて話を超えてない…?


 風の氏族で、何十日でも不眠で動けるレイヤですら、割りと毎日ぐーすか寝てたし。

 有名な魔法使いでも不眠不休で働くのは1週間(6日)が限度って聞いたけど…。



「…。化け物みたいだろ?」


「え? いや、ぶっ飛んでるなぁ、とは思いますけど。別に恐怖までは感じませんよ?

 なんか事情があるのかもですし。」


「…。意識を失うとな。魔力の抑えができなくなるんだ。眠ると俺の異常魔力が駄々漏れになる。」

「…ああ。それで、北の大地…。

 魔力を抑えずのんびりできるって言ってましたね。」

「そうだ。俺の魔力の濃度は尋常でなくてな。町中で抑圧を完全解除すれば、それだけで、抵抗力の無い人間は死ぬ程だ。」

「…それが事実なら…。高魔力持ちって(くく)りにすら収まらないですね…。大変そう…。」


「ああ。──面倒で、うぜぇ体、だよ。」




「私が変な話したから、慰めてくれてるんです…?」


「…。この話聞いて、良くそんな返事になるな…。」


「いやぁ、シリュウさんからご自身のこと言ってくれるの、少し信頼されたみたいでなんか嬉しいなぁ。って思いつつ。

 想像の向こう側過ぎて、なんて言えば良いか分からないだけですよ。」



「…。ほんと。感性がおかしな奴だな。」



「境遇とか思考が異常な自覚は有りますけど、感性は普通に! 普通の、一般人です!

 痛いのは嫌だし、疲れるのも嫌だし、美味しいもの食べてぐっすり眠りたいです!」


「…。そーだなー…。」生返事…





「シリュウさん。ふと、思ったんですけどね?」

「どうした? とっとと寝ろ。」

「誰のせいで目が冴えてると…。いいや。

 シリュウさんの睡眠なんですけどね?」

「…。…。なんだよ?」

「魔力が抑えられなくなるから、寝れないんですよね?」

「ああ。」


「だったら、私の鉄で密封した部屋でなら、問題なく寝れたりしないかなぁ、と、思いまして。魔力を漏らさずきっちりガードです。」


「………。本当に、おかしなことを考える天才だな…。」

「お褒めに(あずか)り、恐悦至極(きょうえつしごく)!!」

「…。」


 目を開けて、めっちゃジト目で見てくる。



「なんですか? 今回こそは褒められる場面だと思いますけど。」

「…。釈然としねぇ…。」


 割りとナイス(ひらめ)きだと思うんだけどな?



「まあ、可能性はある。だが、試すつもりはない。いいな?」

「失敗した時が大惨事ですもんね。まあ、頭の片隅に覚えておいて、緊急時に思い出しましょう。」


「そんな事態は…頼むから、起こってくれるな…。」

「人生何が起こるか分かりませんからね~。備えはしましょう~。」


「…。もう、寝ろ…。」


 了解でーす!


「おやすみなさい~。」


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