68話 転生と、『夢』の世界。
人によっては、今回は気分が悪くなる話かも知れません。
お気をつけて。
雨はだいぶ弱まってきた。ただ暗くなってもきたから、そろそろ夜だね。
シリュウさんは、異世界転生の話を聞いた後黙り込んだままだ。
私はずっとレシピを鉄に刻み付けてた。
晩ご飯も、ワンタンスープかな~。アリガクッキーもアリだよね~。シリュウさんの革袋、程よく温かい状態で出てくるのが嬉しいよね~。スープもそのままいけるし。
異世界転生の話をしてすっきりしたし、アクアの水だけで横になるのも悪くはないかな~。
「──これだけは教えてくれ。何の目的で転生したんだ?」
シリュウさんが突然質問を投げてきた。
「はい? 目的って何の、です?」
「言いたくない、訳じゃあなさそうだな。」
「いや、そんなの有りませんから。言えないだけですよ?」
「は? 目的が無い?」
あ、そういうことか。
「シリュウさんは、私が何かしらの秘術を使ってこの世界にわざわざ転生してきたと思ってるんですね? 半島の強い人達みたいに。」
「違う、のか…?」
「ええ。前世の世界には魔法とか、超常の術とかなんてものは存在しませんから。転生を意図的に起こす技術なんて有りませんよ~。概念自体は、小説とか…アニメ…、夢物語?が適当かな…? ともかく現実逃避したい人間の妄想として存在はしますけど。」
「じゃあ、どうやって…?」
「さあ? そこは私にもさっぱり。」
「そんなんで転生できる、のか…?」
「どうなんでしょうね…? 現に、この体に、異なる人生の情報が入ってるのは、主観的に確かですし…。
いくつか考えてみたことは有りますけど…。この話聞きます? 何の確証も無い無駄話ですけど。」
「ああ。」
「シリュウさんも変わったことに興味持ちますね…。レイヤとは違うなぁ。
まあ、まず考えたのは、この世界の人に『呼ばれた』んじゃないか、ってことですね。」
「…。召喚魔法ってことか?」
「ああ、そうですね。正にぴったりの考えです。この世界の、女の子の赤ちゃんに、異世界の『私』の魂…とか記憶情報…を呼び寄せて定着させた可能性ですね。」
「…。」
「まあ、多分違いますけどね。私の周りの人達は、エルフの方々の役に立つ為に魔法を使える存在を欲してましたから、魔法が存在しない世界の人間を呼ぶ意味無いし。結局非魔種ですしね。」
「そんな悲観的な──」
「まあまあ。事実ですから。そもそも、そんな技術はエルドどころか大陸にも無さそうですけど。
次に考えたのは、世界のルール、輪廻のシステムにエラーでも出たのかな、とは思いましたね。」
「輪廻って言ったか? 世界の万物の魂は、様々な肉体に宿りながら未来へ進むって言う。」
「はい。それです。虫が生まれ変わって王様になったり、貧乏人がお金持ちの家に生まれたり、人が岩になったり、そんな感じのやつです。
この世界と前の世界が輪廻的には繋がってるって無茶な前提を仮定して。その中で何かの間違いで、前の記憶が消えずにいたのが私だったのかも、って仮説です。」
「…。まあ、有り得なくは、ないか?」
ふむ。輪廻の考えも知ってるのか。やっぱりシリュウさん、イラドの人なんだろうな。
「どのみち証明もできない、ただの偶然って言ってるのと同じなんで、答えは出ないですけどね~。」
「…。まあ、魂なんて、見える奴なんざ居ないからな。」
「ですね~…。そもそも輪廻自体、かなり珍しい部類の概念ですからね。エルドとかこの大陸での死生観とはまた違いますし。」
「…。そう、だな…。」
大いなる魔力から生き物が発生して、死ねば魔力の塵になって消えるとか。
悪い奴は死んで、永遠の地獄に閉じ込められる、とか。
ま、人の数だけ、死の概念も多様に存在するよね。
「あとは、召喚でも輪廻でもない可能性として──
──『魔法の世界に転生した』って言う『夢』を、
私が、
地球の病院のベッドで見続けてる…。
ってのも有りますね。一応。」
「…。病院…。病気、だったのか?」
あ、病院って伝わるんだ?
「ちょっと違いますね。
私、前世の終わりが自殺──包丁で手首を切って死んだんですけど、実はギリギリ生きて、いや? ギリギリ死んでなくて、病院で薬流し込まれて生命活動を維持させられてる状態になってたりして、そんな現実からの逃避で、この世界を夢見てるのかな、って。」
「──」
絶句してるね。
まあ、でも、一番あるっちゃあるんだけどね。転生とか魔法とか一切無い、私の、頭の中だけで、完結する話だから。
「まあ、バカな話ですよ。その世界が嫌になって生きることから逃げ出して、結局死にきれなくて、夢の世界に逃げ出して。16年間も、魔法の世界で、魔法が使えない女の子になった夢を見てるんですから(笑)」
自殺しても死にきれないことがある。
漫画を描くのに色々調べた中に、死にきれず救助されて、体に麻痺が出ても生きていかねばならない人の話があった。
それを知ってて。
そんな可能性を受け入れて。
手首を切ったんだから。
──愚か者だよね。
「この世界の全て。
シリュウさんもレイヤも、アクアもスティちゃんも、ギルマスも冒険者も、国も川も山も、魔法も非魔種も〈呪怨〉も、お父様とお母様と姉上様達も、全部。
ぜーんぶ。死に損なってる『私』の、妄想の産物って言う横暴な考えですよ。壮大なバカですね~(笑)」
「──テイラ。」
かなり暗くなった空間で、シリュウさんが椅子から身を乗り出してこちらを見ていた。
表情は、分からない。
「テイラはちゃんと、俺の目の前に。居るぞ。」
「…。そう、です。ね。」
雨がまた強くなってきたらしい。
ズキズキと腕の痛みも増してきた。
ちょっと、寝つけないかもしれない。な。




