60話 腕治療
「本当に上級ポーション、貰って良いんですか…?」
ウカイさんが今回のお礼に、と手持ちのポーションを3本も私にくれると言う。
ギルドが作成販売している、ギルドポーション。
下級・中級ポーションは体内魔力を活性化させて傷を治すので、非魔種の私には苦い栄養ドリンク程度の効果しかなかったりする。
しかし、上級・超級ポーションは回復液そのものに調節された魔力が含まれているので回復力が段違いなのだ。超級に比べれば、上級は効果時間が短い欠点はあるものの十分ファンタジーな効力があるんだとか。
具体的には折れた骨が、ゆっくりと正しい位置に移動して筋肉を修復しながら、くっ付いたりする。完全に非日常の光景だ。
「はい。それは予備の分で、自分用の超級は持っておりますし、テイラ嬢の腕は〈呪怨〉との戦いで負傷したと聞きました。ギルドからの討伐達成報酬の様な物だと思っていただければ幸いです。」
「ありがとうございます。」
「呪いで負傷した腕に上級程度が干渉できるかは分からん。あまり期待はしない方が良いぞ。」
「分かりました。とりあえず、1本使わせて貰います。」
鉄の椅子に幅広の肘掛けを作る。胸の前で固定している腕を、まずは右から外していく。
途端に崩れ落ちはしないが、ほとんど筋肉が無い状態の腕ではプルプルと震えることしかできない。骨と皮と薄い筋肉の腕を、アームで掴んで支えながら肘掛けに置いて、一息入れて集中する。
「お願いします。」
上級ポーションの蓋を開けて、シリュウさんが私の腕に近付く。
トポトポトポと少しとろみがある半透明の液体が、私の右腕に掛けられる。
結構ひんやりとした回復液に、ぞわりと背筋が震える。
この緑と茶色の中間の色はどうにかなんないのかな? すっごい苦そう…。
とか、考えてると段々腕の内側が温かくなってきた。
「いや? なんか、熱いって言った方が、しっくりくるか──いだだだだだだだ!!?」
右腕が燃える様に痛い!?
ちょっ!? こんなに!?
「熱い! 痛い!? もしかしてこれ酸とか毒だった──いだだだ!痛い!」
「ちゃんと回復してるな。効果が出ている証拠だ。肉が生えてきて神経も新生してるんだ。」
「いや! ここまで痛いって! 聞いて…!ない!!──つっあ!!」
「アニキ! 痛がり方が尋常じゃないですよ!?」
「…。そうか。痛覚の制御ができないのか。体内魔力の操作無理だよな。」
「どっちくしょ、っう! これだから! 魔力持ち基準の! 世界は、嫌い──いっついっっ…!」
「とりあえず耐えろ。じき終わる。」
「はあ……、はあ………。」
「終わったか。…調子はどうだ?」
「分かり、ません……。はぁふぅ……。」
ゆっくりと右腕に視線を向ける。
明らかに体積が変わった腕が在った。良かった。回復はしてくれたみたいだ。
力を入れてみ──
ビキキキ!
「いっつっっいっ!?」
「テイラ嬢!」
「どうした?」
「う、腕に、電流…! 電流が、ビリッって…!」
「電流…? どこかで聞いたな。雷の…仲間だったか?」
「そ、そう。です。腕、動かしたら、雷が走り、ました…。」
「そんな。雷の魔法なんて…。そんな魔力は…、アニキには見えました?」
「…。魔法じゃなく肉体の問題だ。新しい神経が過剰に反応してるんだろう。普通は無意識に魔力で感覚を抑え込むから、痛みは然程感じないが…、テイラの場合は諦めるしかないな。」
「そうなんですか…。」
「ああ。肉が抉れる程の怪我をした時に、一気に再生させたら似たことが起こる。ウカイには縁遠い話かもな。」
「こんなに、なるなんて…。どうしよう…。」
「どうもこうも、左腕もやるしかないだろ。」
あの痛みをもう1回!?
「ちょっ! 無理です! 嫌です!」
「どうしようもないだろ。さっさと終わらせた方が楽じゃないか?」
「麻酔! せめて麻酔してください!」
「魔水? 違うか? 今度はなんだ。ますい、って。」
くそう! 話の通じない異世界めぇ!!
「催眠魔法! 痛みを感じない様に眠らせるとか、麻痺させるとか!
そうだ、ウカイさん! 夢魔ですよね!? そんなの得意でしょう!?」
「いや、えっとできなくは──」
「止めろ。ウカイはその手のこと得意じゃないだろ。
テイラ。夢魔族に催眠魔法されるのは、条件に当たらないのか?」
「そうだった…。ウカイさん、夢魔だった…。催眠なんてかけられたら呪いが発動するかも…。」
「え!?」
「ウカイさん、せめて夢魔の女性になってくれません? それなら多分大丈夫かもなんで。お願いします!」
「無理ですよ!?」
「性転換くらい余裕でしょう!? 夢魔族は!」
「そんなの魔王貴族の方々に居るかどうかの特殊能力ですって!?」
「下らないこと言ってないで左腕もやるぞ。鉄の腕があるから活動はできるだろ。大丈夫だ。」
「大丈夫じゃないですー!? やーだー!!」
「後回しにしたら回復時間が倍に伸びて、余計に痛いぞ? 良いのか? それで。」
「良くない…。良くない、けど…!」
「なら、左腕出せ。」
「うぐぅ…! 後で呪ってやるぅ…!!」
「好きにしろ。」
こうして、左腕にも激痛が走りました。
「非魔種、のことを、考えない、回復薬、作った、奴、潰してやるぅ…!!」ぜえ…ぜえ…
「死の危機から回復できるだけで十分だろ。」
「うるせぇ…! 何でもできる、ビックリ人間ども──あだだだだ!!?」
「大人しくしてろ。…駄目押しに3本目も掛けるか?それとも飲むか?」
「要りま、せん!!」
「まあ、多分足りただろうしな。
劣化防止の簡単な魔法刻印はあるが…、俺の黒袋に抵抗できるやつじゃないな。そのままでも1年くらいは保つはずだ。非常用に持ってろ。」
「もう、どうでも、良い、です…。」
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私は、肘掛けに両腕を乗せたまま椅子に座って待機していた。
腕を動かしたり、アームで触れたりすると、電流みたいな痛みが走るから動きたくても動かせないのだ。
今、消された骨を再生させるハ○ー・ポッターの痛みがはっきりと分かった…! 文字ではなく、心で通じた…!!
いや、今の私とはほとんど共通点無いけど、なんかバカなことを考え続けないやってらんない。
体は動かなくても頭が暇だからどうしようもない。
少しだけ痛みは落ち着いた気がするけど、これ、この後、普通の腕に戻るのかなぁ…? なるよね? よね??
ダメだ。暗くなると思考が堂々巡りになる。
こう言う時は鉄で何か作ろう。鉄細工の練習、練習!
パワーの無い変形しかできないし物量も全然無いのだから、技術力を極めるしかない。
地球で鍛えた妄想力と手先の器用さを活用して民芸品的な物をチマチマ作るのだ。
…魔法を弾く鉄なんて普段使いの道具には不向き過ぎるから、売れる訳ないけど。
ウカイさんは自分のポーションで私がこうなったからと、責任を感じて出発を遅らせるらしい。
今はまた香草集めをしてくれている。
私の腕は、元は私自身が吹っ飛ばした訳だから、流石にそれは申し訳ないんだけどね…。
「アニキ。北西300ノドゥスくらいに猪が居ました。そこそこの大きさです。」
「でかした。さっくり狩ってくる。火を見てろ。」
「承知しました。」
シリュウさんは、自分で具の入ったワンタンを作ったりスープを温めたりしてる。
どうせ、鉄で何か作るなら2人に何か作ろうかな…?




