6話 文字の学習
あの後、色々とぐったりしてるハロルドさんに全身マッサージを適度に施し悶絶させて、ベッドに押し込んだ。
その翌朝。
早く起きれたハロルドさんと一緒に3人で食堂に向かう。私達は調理の手伝いをし、ハロルドさんはなんかの書類仕事をしていた。
それから朝ご飯だ。
潰した豆の主食に、しゃきしゃきした野菜と肉の炒め物が主菜である。
普通に美味しいけど男どもの食べっぷりが凄い。肉だから? どうやら肉がなかなか食卓に上がらなかったらしい。
あー、狩猟するレイさんに余裕がなかったからか。豚肉っぽいけど猪の肉らしい。よく臭み取れてるな、この野菜がネギもどき的なやつで臭い消しになってるのかな?
ハロルドさんはスティちゃんの方を見て、山賊顔さんに軽く頭を下げて何も言わずに出かけていった。
まあ、顔色はマシになったはず、多分。だから大丈夫だろう。うん。
本日、私はスティちゃんに勉強を教えることになってる。散々偉そうなこと言ったんだから、できることはしないとね。私なんかで良いのかすっごく不安だけど。
山賊顔さんは薄い木板とか紙に、何か書いたり確認したりしてる。
書類仕事をしてるだけだろうけど…。この光景、商人襲撃計画を立ててるところって言われた方がしっくり──
「なんか要る物、有るのか?」
やっばっ!?
「いえ、大丈夫です!なんとかします!」
「あんた何も持ってねぇだろ? 遠慮すんな、めんどくせぇ。」
「あ~…、紙って余ってませんよね? ここ。字を書きたいんですけど…。」
「ねぇことはねぇが、インクの方がな。子供には使わせらんねぇ。」
「ですよね~。」
鉛筆とかチョークは無いのかなぁ。あ、チョークは有っても仕事道具か。
「かなり小さいが魔法板なら貸せるぞ。」
「いえ!止めときます! 魔力使いながらは危険ですし!」
魔法板、マジックボード。魔力で字を書けて何度も消せる魔導具である。発明された大陸中央部では木の紙や羊皮紙よりも使用率が高いとか言うやつだ。
スティちゃんが使えても! もちろん、私は使えない…!!
「よし。スティちゃん! 外いこう。地面になら書き放題だよ!」
「え? うん。」
「体動かしながらだと記憶力もアップだよ~。」
そそくさとゴーである。
食堂から程よく離れた場所で青空家庭教師を開始する。
そろそろ夏だし、日差しが強くなりはしめたら建物に入って休みつつ違うことをするとしよう。
「まずは基本文字から。大陸共通言語で教えていくね?」
スティちゃんはコクリと頷く。
共通言語は、このガイネス大陸、ほとんどの国・地域で通じる言語である。
なんでも冒険者ギルドの前身組織が、千年前の混乱期からの復興で大陸中に広めたとかなんとか。まあ歴史は措いておこう。
この言語は何故か日本語で聞こえるし、書ける。ってところが重要である。
通じない固有名詞も多いけどね。
「まずこの言語の文字は3種類有ります。知ってますか?」
「えっと…、土…とか骨…?」
「その通り!
水文字・土文字・骨文字です。何か書けるのあるかな?」
これらは平仮名・片仮名・漢字に相当する。まあ漢の国の文字って意味だから、地球とは異なる世界で歴史も違う訳で、名前が違うのは当たり前なのかもだけど。
しっかし、そうだとしたら、なんで日本語みたいな複雑難解言語が一大陸に広がってるのかね?
やっぱり転生した日本人が当時居たのかなぁ。
でも定着してる理屈が分からないんだよね。
それに千年経って言葉が変化してないのも気持ち悪い。
日本で言えば平安時代、それこそ平仮名・片仮名が発明された時分だ。千年経てばそのまま読み書きするのはきついはず。
それとも小説で良くあるみたいに、私の脳内で「異世界言語翻訳スキル」みたいなのが仕事してるのか?
体内魔力もほとんど無いのに機能する?
そうだとしたら、こっちの故郷の言葉を聞こえるようにして欲しかったよ、切実に…。
なーにが古代エルフ時代から続く由緒あ──
「自分の名前しか書けなかったよ、テイラお姉ちゃん。」
おっとっと。現実から逃げちゃダメだ。
地面には片仮名、じゃない、土文字で「スティ」と書かれている。
「うんうん。書けてるね。なら──」
私はスティちゃんの知り合いの名前を中心に、ガリガリ書いていく。鉄の杖をペン代わりにしてるから多少難しいな。
スティちゃんは私が書いた文字を見ながら、真似して自分でも書いていく。一文字一文字教えるよりは、馴染みのある単語でまとめて覚える方が定着する。…はず。
「水」や「木」なんかの日常で使う単語を、水文字・骨文字で練習させつつ、数字の計算もさせてみる。
ふむふむ、理解力あるね。素晴らしいだね。良い感じ。
「じゃ、日も高くなってきたし食堂入ろっか?」
「…うん。」まだやりたそうな顔…
食堂に戻ってからは色々とお話を聞かせた。旅の話は言えないことも多いけど、普通の冒険者の生活とか、野宿や食事の取り方なんかを喋った。
姿勢や頭に付ける言葉で身分を表す貴族の挨拶とか、宿屋の値段でノックの回数やサービスの質が天と地程変わるとか、頭を撫でる行為がタブーになる国とか。そんな話も織り交ぜて、飽きない様に工夫もする。
鉄板にイラストを描いて解説したいけど、山賊顔さんの前で能力は見せたくないんだよなぁ。
そんな彼は私の話の途中で変な目線を度々送ってきた。うるさかったかな?
あー、間違った情報をスティちゃんに吹き込んだかな?
ま、吟遊詩人の妄想話とでも思ってくれればいいや。
──────────
その日の夜。
寝る前に、今日1日頑張ったスティちゃんにプレゼントをした。薄い鉄板を取り出して手渡す。
「わあ! 文字がいっぱい!」
表には人の名前や物の名前、イラスト付き。裏には水文字土文字50音表を刻み込んである。黒い鉄に細い溝を線に見立てて書いてるから見づらいだろうけど、そこは勘弁してもらおう。
こうやって形にして何度も見返さないとね。
もちろん、怪我しないように、縁は丸く滑らかにしてある。
「薄いとはいえ鉄の板だから、大人に見せると別のことに使われるかも。だから、皆には秘密ね?」
「うん!」
良い笑顔である。
ま、この辺りがギリギリかな。