55話 醤油と海産物
「照り焼きのタレ、使いきっちゃいましたね。」
「俺の砂糖の残りも追加したが、まるで足りなかったな。まあ、また砂糖を手に入れるだけだ。3種類を組み合わせて水で薄めれば良いんだろう? いくらでも作れる。」
「そうですね。料理酒もどきは普通にビールとかでもいけるみたいだから、なんとかなりそうです。
…塩の代わりに醤油があれば…、風味が上がるんだけどなぁ…。」
「しょうゆ? まだ上が有るのか?」
ヤバ、声出してた。
「ちょっと、いえ、かなり変わった作り方の調味料なので入手不可能かと…。」
「…。テイラの『故郷』の製法か?」
「え~と…。そうとも言えるし、そうでないとも言えますね…。」
シリュウさんは『セル・ココ・エルド』って意味で質問してるんだろうけど、前世の故郷『日本』の味です…。
時空転移魔法で、異世界の門を出せる魔法使いとか居ませんかね? 醤油と味噌を取ってきてくれないかな?
「…。それは作れないのか。」
「100%無理ですね。似たものを作るだけでもちゃんとした設備で年単位の時間、実験を繰り返しても再現できるかどうか…。かなり否寄りでしょうね。不毛です。」
「テイラがそこまで言うと、逆に興味出るな。作り方が分からないのか?」
「一応の流れは知ってますけど…。」
「聞かせてくれ。」
「まあ、お腹休めてる時間潰しにはなるかな?」
ウカイさんは放心したまま離れた所で塞ぎ込んでるし、しばらく放っておいた方が良い。
鉄ドームは変化無さそうだし、呪いが漏れればシリュウさんが気付くだろう。多分きっと。
「まず、用意するのは、大豆…、まあ豆の1種ですね。豆と麦と塩が主な材料です。」
「それなら集められるな。何が駄目なんだ? ダイズって品種が珍しいのか?」
「まあ近い豆なら多分いけるかと。問題なのは『麹』って言う豆に振りかける粉?でして…。」
「コウジ…? コウジラフに関係してる何かか…?」
「いえ、全く接点は無いかと。
…怒らないで聞いて欲しいんですけどね…?」
「…なんだ?」
「麹って言うのは…、言うなれば…。障気の塊、です。」
「…! マジで言ってんのか…?」
「かなり特定の! 人間に害の無い働きをする! 有益な奴らだけを集めたもの!なんです。」
この世界に菌類などの『微生物』の概念は存在していない。少なくとも私はその考えそのものは聞いたことが無い。
代わりに、近い考え方として『障気』とか『邪気』って概念が存在する。
要は、目に見えない、人間に障害をもたらす邪悪な空気って意味だ。
しかし、この世界には魔力を見る目が存在するので、物理的には見えないものも魔力的には見えるらしい。害を及ぼす空気を、訓練すれば感知できるようになるとか。親友のレイヤも見えてたらしいし、シリュウさんは腐ってるかどうかをちゃんと見極めてた。
全く、羨ましいことで…。
「つまり麹って言うのは、食べ物を腐らせる障気の中から、腐らせるのではなく美味しく変化させる一部の障気だけを抽出したものなんです。」
麹菌。要はコウジカビ。
「なんとかかんとか・オリゼー」と言う、あの生き物達の同類を、この異世界の空気の中から見つけ出して、それのみを培養する必要がある。そもそも存在するかも分からないのだ。困難どころの話ではない。
「それはまた…。そんな障気が存在するのか?」
「可能性は…あるでしょうね。腐敗と発酵って考え方は存在してるし…。
ほら、パンを作る時にパン生地をしばらく寝かせるでしょう? あれって私が聞いた話が正しかったら、障気の力で生地の中に空気の泡を作らせて、柔らかいふわふわパンになるらしいです。
あとお酒だって、麦を水に浸けてたらなんか変化した、って話でしょう? あれも神様・精霊様の力とかじゃなく、目に見えない良い障気が麦を変化させてる、と考えることもできる訳です。
…だから調味料を作る障気も、どこかには居る、はず。見つけられるかは、まあ、うん…。」
この世界にも発酵に近い現象はある訳だから可能性はある。
個人で実行は無理だけど。
「確かに酒を作ってる所は、俺みたいな高魔力持ちが近付かないように厳しく言っていた。作業してる奴らが妙な『空気』を纏っていたのも見たことあるな…。しかし、障気を利用してたとは…。」
「まあ、障気と近い性質ってだけで、別物として扱ってるはずですけどね。高い魔力場の中では障気が散らされるから、お酒の酵母菌──違う。善なる障気、的な奴らも散っちゃうんでしょう。」
「…。酒は、その土地に住む何人もの人間が長い年月かけて作るもんだし、それと同じ積み上げで作る調味料か。美味いんだろうな…。」
まあ、日本の食文化の根幹を成してる調味料だ。確か…弥生時代…3000年前くらいには在ったんだったかな?
大陸から伝来した醤?を独自進化させ続けた。とかなんとか。
途方も無い研鑽を重ねて出来たものを、魔法でポンッと再現できる訳もない。そもそも私は魔法使えないけど。
「まあでも、塩を使った発酵調味料って意味では、私が知らない似たやつが存在してる気はするんですけどね。この国って豆を食べる文化が割りと根付いてますし…。
あ、そうだ。前にラゴネークで見た魚醤ってやつなら、醤油に風味が多少は近い感じでしたね。」
「…。あ~…?」
え? 何? どんな感情の顔?
「なんか不味いこと言いました…? ごめんなさい?」
「…。いや、別に。」
明らかにテンション急下降してません?
「もしかして魚醤がお嫌いです…?」
「…。そうだな…。」
「シリュウさんに苦手な食べ物とか有ったんですね…。この世全ての食材が好物だ!とか言っちゃう人だと思ってました。」
「…。そうだな…。」
なんか深刻っぽい…?
「…。真面目に質問なんですけど。
シリュウさんが嫌いな食べ物って他に有ります? 教えていただけると助かります。」
「……………。海の物。」
「…。はい?」
「海の物。魚も貝も、訳分からん脚の多い奴も、意味不明な軟体の奴も、全部。──嫌いだ。」
「マジです、か…。」
魚介類全部アウトの人か…。嫌い、ってことは…
「なら、黒の革袋に、魚が入る──」
「──訳ねぇだろ。」厳しい視線…!
「確認してるだけです。大丈夫です。しません。」
マジか~…。魚の干物食べ放題とか不可能かあ…。割りと夢見てたんだけどな。シリュウさんのマジックバッグなら大量に自動乾燥できるだろうに…。
「ついでに確認したいんですが、川の魚はどうです?」
「…。あまり食わないな。黒袋に入れる気はない。」
「そうですか。分かりました。これから先、気を付けます。」
「…。ああ。」
前世も今世も、生まれて育ったのは島国だった。
だからお魚は普通に好物である。それが全滅かぁ…。
ん? 待てよ?
「あれ? 私の藻塩、海草って知った後も食べてませんでした? 大丈夫です??」
「…。あれはきっとテイラが嘘をついてるんだ…。」
「どんな現実逃避ですか…。無理過ぎるでしょう。」
「あんな美味いものが海の物であるはずがない…。」
「海に何の恨みがあるんですか…。」
「モジオは調味料だ。だから海の物じゃない…。」
「ダメだこりゃ…。」
単に食わず嫌いなのかなぁ。
それとも食あたりを起こした経験があるのかなぁ。
いや、もういい。気分を変えよう。
「シリュウさん。そろそろウカイさんを再起動させて呪具確認しましょうか。」
「…。そうしよう。」




