51話 シリュウ視点 後編
(この娘を助けろ。全力で、ね。)
「…。分かった。」
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作業村とやらに着いてからも面倒だった。
俺が担いだ少女にすがり付いて泣くガキ。
作業場の連中がどうなったと聞いてくる顔色の悪いおっさん。
まあ、こいつらは良い。普通と言えば普通だ。
だが、近くに転がってる鉄の槍。このガキが抱えてる鉄の箱。これらから微かに呪いの気配がするのは何なんだ?
聞こうにも水精霊は回復魔法に集中して念話を返さない。ガキとおっさんは話が通じない。
面倒になって魔力で威圧してやった。
少女を助けないと、あんたら全員死ぬんだよ。
「邪魔すんな。これをなんとかするのが先だ。」
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少女への治療は困難だった。
俺の手持ちのポーションは特級ランクが1本、残りは僅か。普通なら瀕死状態でも数滴あれば十分助かる。だが、こいつは〈呪怨〉を受け過ぎてる上に魔力が枯渇状態で、腕が原型を留めていない。
水精霊が精霊魔法でポーションを上手く流し込んでいるが、どうなるか…。
とりあえず、寝台に横たえる。
腕の再生には、水精霊が切り離した自身の肉体を使うようだが元通りにはならんだろう。どうやら腕に生えてた鉄は溶かした…? みたいだが…。
なんとか死なない所まで持っていければそれでいい。
ボロボロの服を引き剥がし、適当にせしめた服を袖を切って着せる。
少女の腹に〈呪怨〉の跡が有ったが…、あの呪い女に何かされたか…?
まあ、活性化はしていない。水精霊も何も言ってこないし、一先ず放置だ。
この状態の肉体は温度が下がるだけでも死の危険が増すはず。部屋を軽く暖める必要もあるな。
ついでに他の奴が入って来れない様に結界化させるか。
水精霊の半透明な肉体を保持させる為、少女の両腕に魔法布を巻いておく。これで少しでも馴染めばギリギリ死なないだろう。
最悪腕が腐り落ちても、生きていればなんとかなる。
ともかく死ぬな。
翌日。
漸く話が見えてきた。
この少女自身が〈呪怨〉持ちだ。しかも恐らく非魔種。呪いの代償に魔力が回復しない可能性もあるが…扱いは変わらん。
水精霊と一緒に旅をして、呪いの力を金属魔法に誤魔化して生活しているとか全く意味が分からんが。
旅の途中、この山に来て呪いの鉄をバラ撒いて、俺から逃げた呪い女と遭遇し撃退しようとしていた、と。
…やはり意味が分からん。
行動の内容も呪いの使い方も。
角兎の毛皮を裂ける鉄のナイフと槍?
魔法の気配はしないのに金属を操って戦闘?
体から取り外しても魔力を放つ異常アイテムが複数?
風や火の魔力光を感じるのに、風邪をひいて寝込んだ??
そして、数日世話になった程度の他人の為に〈呪怨〉女と〈呪怨〉を使って死闘…?
呪いは負の感情と結び付く。使えば何かしら精神が狂っていくもんなんだが…。こんな歳で暴走を抑える程の精神力を持ってるのか??
極めつけは、自分の姿を象った、鉄の人形…。
呪いの金属製とか…。魔王像か何かか…?
しかし、無駄に細かい。箱の内側に背景を描くとか不思議な技法だな…。元は、貴族お抱えの芸術家か??
「文字表も、『フィギア』も、全部渡すから…! お姉ちゃんに、ひどいことしないで、下さい…!」
泣きながら俺を睨むな…。完全に俺が悪人だろうが…。
それと、このガキの推定父親。娘を泣かしたのは悪いと思うが殴りかかって来るなら、相手になるぞ?
俺だって意味不明でイライラしてんだよ。
「その人形には触れたくもねぇ。持つことを許可してやる。だが妙な真似はするなよ?」
この人形が呪いの触媒の可能性もある。ガキが呪い持ちに変質する可能性もゼロじゃない。
暫くは気が休まらんな…。
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あいつは馬鹿だ。全く意味が分からん。〈呪怨〉とか、もうどうでもいい水準で意味不明だ。
何をどうしたらああなる…。
〈呪怨〉を使って、アーティファクトを作成するとか、本気で何を言っているんだ…。だが、現に、魔力供給の必要ない異常アイテムは存在している…。
そして、あの水精霊を、どう理解したら水差し代わりに使えるんだ…。なんであの精霊はその扱いに従ってんだ…。
考えるだけ無駄だが、どう処理したものか…。
あいつを殺せば水精霊が暴走する。あれとはぶつかりたくない。
かと言って呪いを自覚的に扱う意味不明な馬鹿を、放置するのも不味い。
いや、もう放置でいいか?
誰かギルドの専門部署に投げるか…?
近くには居ない…。大陸中央に連れて行くにも…。
はあ…。飯を食おう。
コウジラフの豆料理。俺の知らん味付けだが悪くない。
こんな所でまともな食べ物にありつけるとはな。
思考放棄して飯を食べてると、あのガキが近付いて来た。
「お姉ちゃんに聞いた。あなた、凄く偉い冒険者なんだよね。
あなたに、依頼したいの。」
「──あ゛?」
ガキが舐めた事を言ってやがる。あの馬鹿のことで頭が痛いんだ。これ以上、煩わせるな。
「テイラ、お姉ちゃんを…、助けて、あげて…、欲しい。」
俺の軽い威圧を受けて、目を逸らさずに言葉を発するとは。
なかなか胆力あるな。人間のガキにしては見所がある。だが、
「治療はしてるだろ。意味が分からんぞ。」
「お姉ちゃんの、これからの話。これは、依頼料。」
ガキが金を差し出してきた。ギルド紙幣? 数十万ギルはあるか?
どこから出てきた…、ここの責任者のおっさんか。頭を下げてやがる。
「お姉ちゃん、1人で生きるの辛い癖に、他人から逃げてるの。でも、冒険者さんには、なんか信頼してる、から。」
「…。信頼? どこがだ? 普通に俺を攻撃してたろうが。そもそも、なんであんな馬鹿な奴の──」
「凄く偉い冒険者なら。礼儀とか、ちゃんとして。相手のこと、きちんと名前を呼ぶのが基本でしょ。」
「…。」
「わたしは、戦ったりできない、から。だから、凄い人にお願いするしか、できない。」
このガキはあの呪い女の邪視を受けたはずだ。
この歳でそんな恐怖体験をして、他人の心配ができるのか。
「テイラお姉ちゃんは他人を遠ざけるバカ面倒くさい人なの。だから、力がある人がちゃんと、面倒見てあげて、ほしい。──お願いします。」丁寧なお辞儀…
ガキだけじゃなく、責任者のおっさんや周りの奴も頭を下げてやがる。
ガキの父親だけ妙な反応しているが。
「金は要らん。…が、まあ、考えておいてやる。」
割りと旨い豆料理を口に運びながら、おざなりな返事を返した。
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「──先日は真に失礼しました。旅の冒険者様のご厚意を知らず、数々の暴言・無礼な態度を取りました事、このような姿のままですが平に謝罪します…。」
「…。誰だ、あんた…。」
やはりこいつは、真性の馬鹿だ…。
あんな依頼を受ける気なったのは間違いだったかもしれん…。
はあ…。うっぜぇ…。
シリュウさん、苦労してますね。主人公に出会ったのが運の尽き。
次回は本編に戻ります。多分…。




