48話 サングラスの男
朝です。
鉄テントから出ると、シリュウさんが居なかった。
はて、珍しくトイレでも済ましてるのか?と待っていても全然帰って来ない。
「シリュウさんが座ってた鉄椅子はそのまま。周りの木とかに変化は無し。変わった音も聞こえない。地面に文字が書いてることも、テントに何かされた痕跡も無い。ふむ…。」
とりあえずストレッチをしながら、情報を整理していく。
…もしかして…ホルモンでお腹壊してどこかで倒れてる…?
「無い無い! 非魔種がお腹壊してないのに、シリュウさんが食中毒になるとか無い無い!」
普通に考えると、薪になる枝を集めてたら大型の動物に出くわして解体してる、とかだろう。うん、有り得そう。
もう少しして現れなかったら、書き置きでもして周りを探索するか。
木が疎らに生えてる林みたいなところをずっと歩いてきたから、おかしなところも無いと思うけど。
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「アクア。シリュウさんがどっちに居るか分かる?」
周りの足跡があるとか、草が踏まれて折れてるとか、そんな分かり易い痕跡は見当たらないので他力本願である。
物理的な目印が無くても、魔力的には気配を辿れるはず。
アクアに私の意図が伝わって、なおかつアクアにシリュウさんの魔力が見えていれば、の話だが。
アクアの青い触手が縦にゆらゆら揺れている。その後、ビシッと北西くらいの方向を指差す。いや? 腕差す? まあ良い。
とりあえず、この方向に向かってみよう。
足首くらいまでの雑草に覆われた地面を進む。
歩きながら、念のために鉄を増やしておく。収納の腕輪の内側に針を作って腕に軽く刺す。こうすれば滲み出た血を少しずつ鉄に変えながら腕輪に仕舞える。痛みもかなりマシめだし。腕は今使えないから多少痛くても問題ないしね。
鉄が多ければ多い程、私の出来ることが増える。トラブルの可能性は考慮するべきだ。
これで何もなかったら…。
回復が遅れて叱られるだけだな。甘んじて受けよう。
木立の向こうに人影が2つ見えた。多分片方はなんか赤いからシリュウさんっぽい。ただちょっと声が大きくて言い争ってる感じ…? 揉め事かな。
あ、赤い人がこっち来た。やっぱりシリュウさんだ。
用事が済むまでここで待って──
ゴン!
「痛い!? 何するんですか!?」
「こっちの台詞だ。〈呪怨〉の気配させながら近付いて来るんじゃねぇよ…。」
「え? 常に気配してるんじゃ? 今更でしょう?」
「今、発動してるだろ。何事かと思っただろうが。なんで鉄作ってんだよ。」
ああ、呪いの鉄そのものと、血を鉄にする力の発動で気配が違うのか。初めて知った。
「起きたらシリュウさん居なかったので、何か問題発生かと心配になって様子を見に…。」
「…。そう言うことか。何とも無い。知り合いの波長が感じ取れたからな。捕まえて色々問い詰めてただけだ。」
捕まえて? 問い詰めてた? 十分に不穏ワードじゃない?
そんな会話をしているとシリュウさんと話してたらしい人物が近付いてきた。
「ア、アニキ? こちらの奇っ怪なお嬢さんは何者で?」
「…。」
ほう。初対面でいきなり「奇っ怪」呼ばわりとは。
楽しい会話が弾みそうだな? あん?
…つーか、シリュウさんをアニキ呼び…?
目の前に立ってるのは多分30歳前後の男性。
サングラスを掛けていて、キラキラした灰色の長い髪を首の後ろでまとめてる。背中に大きなリュックを背負っていて、腰には革の袋や木の筒がたくさん付いてる。旅商人?って風貌だ。
あなたもなかなか奇っ怪じゃない?
しかし、この世界にもサングラスあったんだな…。
視線を隠す為とか、魔眼対策とか…。冒険者、か??
「私は──」
「喋るな。悪いが大人しくしてろ。
ウカイ、お前も余計な質問してんじゃねぇ。先に俺の質問に答えろ。」
「い、いや、だから、普通の輸送依頼で──」
「特級の輸送専門員が、普通の依頼なんか受けるか。」
「ア、アニキ!? 部外者が居る所で何を──」
「いいから答えろ。どうにもおかしいんだよ。最近のギルドも、今のお前の態度も。」
「な、な、ななな!?」
ウカイ…。
鵜飼い…?
輸送員としてどうなの? そのコードネーム。
品物を口に入れてゲロゲロ吐くのか?? こっちに鳥の鵜って居るのかな?
もしかして普通に本名??
しかし、シリュウさんがかなり苛立ってる。ご飯食べてる時には見せない真剣さだ。なんか切迫するような案件なのかな…。
キン… キン…
ん~…? 髪留めから弱いけど警報音がしてる??
このウカイさんから? …なんで?
「シリュウさん、この人──」
「だから、喋るな。話がややこしくなる。」
「知り合いならちゃんと話合いましょうよ。質問したいならこっちからも情報あげないと!」
「いきなりどうした──」
「と言う訳で! 私はテイラって言います! 死にかけてたところをシリュウさんに救われました! 今はシリュウさんに料理を作って恩返ししてます! よろしくお願いします!」
挨拶は基本! 歩み寄ってこその会話!
腕出せないから握手はできないし、笑顔で明るく!
ウカイさんは後退って、ドン引きしている!!
いや、なんでよ。
「アニキ相手に、け、敬語使って、しかも、りょ、りょ、料理…!? 勇者通り越して、ば、蛮勇ですよ!?な、何ですか貴女!?」
え~…。驚くところ、そこなの?
「だから黙ってろ──」
「ウカイさんはギルドの方なんですね! シリュウさんと同じ特級とか凄いです! 何かお手伝いできることがあれば言って下さい!」
「おい。なんなんだ? 無視すんなよ。」
「あば、あばばば、ばばば…!?」
シリュウさんはかなり苛ついてる表情。ウカイさんは混乱の極みって感じ。
…警報音はまだしてる。むしろ少し大きくなった。
シリュウさんが怒って私を攻撃するなら警報の意味も分かる。
けど、情報の軽い攻撃で混乱してるこの人から、攻撃される可能性って…?
「シリュウさん、私の髪留めが反応してます。さっきからずっと。」
「あ?──」
「こ、こ、今度は、な、何です──何なんだ?」
シリュウさんにはこの言い方で伝わるだろう。
普通(?)に会話してるのに、私を害する未来が有り得るとか確実に何かおかしい。
ウカイさんをじっと見る。サングラスで視線は分からないけど、確実にあたふたしてる。
「すみません。何かお気に障ることをしたなら謝ります。シリュウさんのお知り合いなら、何かおもてなししたいと思って…。あ、お急ぎでなければご飯食べていかれます? 作りますよ!」
「りょ、りょ、料理!? アニキと、い、一緒、一緒に、しょく、しょ、しょ、食事じじじ!?」
「──」
混乱してるにしても、言葉乱れ過ぎじゃない? 大丈夫じゃないよね?
軽く絶句してたシリュウさんが、スッと動いた。
ウカイさんのお腹に、握り拳をふわっと当てる。
1拍置いてウカイさんが「うぼぉ!?」と体を「く」の字に曲げて倒れ込んだ。
ピクピクと悶えてる哀れなサングラス。警報音はまだしてる。──なんで?
「シリュウさん! まだです! おかしな何かは止まってません!」
「…。これは…。〈呪怨〉の気配…?」
へ? 呪い?
この人呪い持ちなの??
倒れたウカイさんに近寄ってリュックを引き剥がすシリュウさん。ここだけ見ると追い剥ぎだな…。
そしてリュックをその辺に放り投げた。シリュウさんはリュックとウカイさんを交互に確認した後、上着を脱がし始めた。…完全に追い剥ぎだぁ…。
奪い取った上着をこれまた投げる。
あれ? ウカイさんじゃなくて、上着の方から警報音──?
地面に落ちた上着から突然、黒い霧が立ち昇る。
これはなんかダメなやつ!?
シリュウさんは右手を上着に翳す。
燃やす気!? それは流石に不味くない!?
私は鉄の針金を素早く伸ばして、上着の周りに展開。そこからドーム状に鉄を延長して完全に囲った。地面にもばっちり流し込んだからこれで完全密封!
警報音はとりあえず止まった。
「おい。燃やせないだろ。何してんだ。」
「いや、他人の服を勝手に害しちゃダメでしょう。せめて許可取らないと。」
「…。あれは服の形のマジックバッグだ。中身を出せないんだから燃やすしかない。が…、とりあえず、呪いは抑え込めてるか…。やっぱ訳分かんねぇ能力だな、その鉄…。」
あの黒い霧は〈呪怨〉の何かなのか。呪いの道具の輸送依頼とか受けてたのかな…?




