43話 黒い革袋の謎
「…。おとぎ話の英雄みたいな冒険者か。それこそ夢みたいな目標だな。」
「まあギルドを追放された人間が目指すものとしては荒唐無稽過ぎですけどね。…はて? なんで追放の話したんだっけ…?
あ! そうか。てな訳でシリュウさんの権力使っても私の過去を揉み消すとかは難しいと思います!」
「…。ちなみに。そのギルマスの名前は?」
「確か…。スーケボナ、みたいな感じだったかと。ハゲに赤茶色の髪で、眼鏡の40代男です。腹がダルンダルンしてる文官って雰囲気でした。火の魔法は使ってましたね、私のギルドカードを傷つけやがりましたから。」
「…。知らん奴だな。だが覚えておく。」
「あ、そうだ。一応そのギルドカード有りますけど、見ます? 魔力は残留してないでしょうけど、技量を推察くらいできたりしますかね?」
「…。見よう。」
私はポーチの底に仕舞ってあるギルドカードを取り出す。
ギルドカードと言っても見習いに与えられるのは、固い木の板に名前と登録支部、ギルド紋章が刻まれているだけものだ。
小説でよくある、自身の魔力を登録したりお金を引き出せたりなんて機能は上の階級のカードにはあるらしいけど、見習いのカードはそんな機能は無い。一応はギルド所属を証明する機能が、簡易な魔法で組み込まれているらしいが。
しかし、私のカードには、刻印された文字の上から大きなバツ印の焦げ痕が付いている。これでは本人確認も機能も無い。
お陰様で、ちゃんとした街なんかには入れない浮浪者である。
まあ、見習いや下級が登録外の町に行くことなんて普通無いから、どのみち怪しまれて入れないけど。
「…。」
「魔法の火はレイヤが消火してくれたのでカードそのものは残りました。思い出の品ではあるので一応持ってた感じですね。」
「なるほどな。返す。」
何かの参考になればいいけど。
「安心しろ。俺が知らんギルドマスターなんざ、ただの下っ端だ。風のエルフはともかく、そいつだけなら容易に潰せる。」
「いえ、潰すなら私の〈呪怨〉で魔法が使えない体にしつつ苦しんで生きて貰うので、大丈夫です!」
「…。なんでそいつ、呪われてないんだ??」
「ん? 恨んではいますけど、誓約の条件は満たしてませんからね。呪いはまだ発動してませんよ?」
「基準が分からん…。」
「まあ、私の中では死んで欲しいレベルでは無いってことですよ。ギリギリですから次会えば分かりませんが。」
「…。まあいい。ともかく、エルドの人間の事情を調べずにギルドがエルフと関わる訳がない。テイラの追放はそいつの独断だろう。俺のパーティに入るのに不都合はない。」
「そう…なるん、です?」
「ああ。下っ端の馬鹿と俺。ギルドがどちらを支持するかは明白だ。」
凄い自信だな…。まあ、普段の食事でドラゴン食べる人だもんね。
「仮に、ギルドが俺の地位を剥奪したとして、特段俺は困らん。」
「いや、大問題でしょう。」
「何の問題がある? 生活するのはどこでもいける。テイラが居れば料理まで色々できる。現状そうだろ?」
「いや、例えば超級冒険者が追っ手として差し向けられたり…。」
「そんな馬鹿な真似しないな。複数の超級冒険者が死ぬ可能性をギルドが許容するはずがない。」
「…はい?」
「返り討ちにできるって言ってる。テイラを盾にされる場合が面倒ではあるが…。テイラは呪いで身を守れるからな。問題にはならんだろう。むしろ俺がやるより相手側の被害が増すかもな?」
「ええぇ~…? 超級の戦闘職とか瞬殺されると思いますけど…。」
「あの呪い女と真っ向から戦って生きてる奴が、何を卑屈になってんだか…。」
「いえ、ほぼほぼ死んでましたけど。アクアとシリュウさんのおかげで生き延びただけですって。」
「あの邪眼で視られて動ける奴は特級でも少ないぞ?超級には居ないだろうな。それに本体の侵食融合。話を聞く限り触れた時点で終わりだ。抵抗できただけで特別だろ。」
「そう言われると…自分の異常性が浮き彫りになる感じで居心地悪いですね~…。私の活躍じゃない気がする。」
「…。はあ…。処置しようが無いな。」
シリュウさんは木の横まで移動して座り込んでしまった。
「ともかく。テイラはパーティに、候補でもなんでも良いが、ちゃんと入れる。今は適当に休んで回復してろ。」
──────────
お昼近くになってようやく出発である。
今日は割りと雲が出て程よい気温だ。
出発準備の時、貯まった灰を鉄箱に入れて背負おうとしたら、シリュウさんに取り上げられた。「こんな重いもの持ったら遅くなり過ぎる。」とか。
「腕輪の身体強化を使うからなんとかなります。」って説明しても聞き入れられなかった。私の物を持って貰うの悪い気がするんだけどな。
灰を背負ってしばらく移動したら、シリュウさんが突然立ち止まって「いけそうだな。」とか呟いた。そのまま黒の革袋を取り出して、灰を鉄箱ごと中に仕舞った。
普通のフライパンが入らなくて、灰は入るの…??謎過ぎる。
私の呪いの鉄で出来た鍋とか皿とかも入ってるんだよね。変なマジックバッグだよ。
「シリュウさん、歩きながらその革袋の話とかしても良いです?」
「…。ある程度ならな。」
「いや、これから料理するならどんな食材がどのくらい入ってるか把握した方が良いのかなぁ?って思って。」
「…。俺が把握してないことをどうやって知る気だ?」
「…なんで把握してないんですか…。マジックバッグって自分の魔力流してるから、中身が自然と理解できる仕組みって聞いたんですけど…?」
「興味ないやつは忘れるだろ? 集中すれば探査できるがそんな面倒するかよ。」
「忘れて放置してたらその分の維持魔力が無駄になりません??」
「無駄になったところで大したこと無いな。」
ダメだ、こりゃ。
「まあ分かりました…。なら、何が入らないのかは教えてくれません? 市場とかでこの先何を集めるべきか目安にしたいので。」
「…。極論、何でも入る。」
「はい…? でも、普通のフライパンは入ってないって言ってたでしょう? 高性能なマジックバッグだからこそデメリットはあるはずでは?」
「…。この黒袋は、『俺にとって価値あるもの』と認識したら全て入る。ある程度魔力が馴染む必要はあるがな。」
「それはまた随分と豪快な…。あれ? でも調理器具はシリュウさんにとって価値大有りですよね? フライパン入るんじゃ?」
「…。俺の出した炎に負ける鉄屑に、価値を見出だせなかった…。」
「マジか…。」
特級レベルの魔力持ちも不都合はあるんだな…。特殊過ぎる気もするが…。
「ついでに言うと食事にはこだわるが、普段はそんなに食べないからな。調理器具は無くても問題がなかった。」
「あんなバカみたいな量を食べる、のに??」
「あれは俺の黒袋にいくらでも入ってる食材だったから加減せずに食べただけだ。普段はドラゴンの肉と酒があれば満足できるから加減してる。時たま町に寄って普通に飯を食べるくらいはしてたが。
一季節、酒と塩だけで歩き通しってこともあったな。」
「レイヤの奴も飲まず食わずでも10日くらい元気に活動してたっけなぁ…。高魔力保持者はレベルが違うなぁ…。」
ええい、異世界の連中は化け物ばかりか…!?




