406話 亀裂渡りとホットサンド
「ひ…、ひぃ………。」全力しがみつき…!!
「だ、大丈夫…?」
「だい、じょばない…っす……!!」
青く広がる、夏の爽やかな空の下。
遮る物の無い空中にて、私達は「滝登り」をしていた。
ここは、グランブリッジの街の外、北の草原。
大陸を南北に裂いている巨大な亀裂「死の谷」の縁を臨む、絶景()ビューポイントである。
勇者一行のバカ野郎どもとの接触を避ける為に、突貫で食料等を回収し早々に門を出た私達は、キリッサさんの絶技による移動手段を堪能していた。
ザアアアアアアア!!
どんぶら…! どんぶら…!
「川の氏族」と呼ばれる水エルフさんが魔法で作り出したのは、ジェットコースターのレールみたいに空中に展開された水の絨毯であった。西の方向にある切り立った崖の様な見た目の対岸に向かって、斜め上に九十九折りで延びている。
その上をアンティークな魔木製ゴンドラ船が浮かび、乗組員と荷物をゆったりとした速度で運んでいるのだ。
昔のテレビ番組「東◯フレンドパーク」にこんなアトラクション有ったよね…。もちろん上下は逆だけど…。凄まじい魔法運用である。
風属性の飛行魔法で飛ぶとか闇属性の空間魔法でワープするとか、エルフや夢魔の万国博覧会チックな移動手段を見てきたが、それらとは別種の狂気を感じる。
「テイラ、あと少しだ。なんとか耐えろ。」
「ふぅーーっ…、すぅ…、ふぅ~~~っ…!」
ぐねりぐねりと緩やかなカーブを曲がる度、周囲の景色が一変する。
南側には橙色に輝く巨大な陸橋。亀裂を超えて大陸を繋ぎ、幹線道路がその中を通っているらしい。
北側は果てしなく続く谷。その下にちらりと見えるのは漆黒の闇。
この谷には水が流れていないそう。その規模に反してかなり浅いらしいが、底には〈呪怨〉を含む異常な邪気の黒靄が延々と漂っているらしく、そこに至ったものは水も生物も魔力も徐々に衰退して分解されるらしい。千年前に「始まりの魔王」の攻撃でこうなったとか何とか。
別に触れたら即死する訳でもないし、なんならシリュウさんは底で分解されずに残る呪具もどきを消滅させに行ったことも有るそうだし、呪鉄を操れる私なら耐えられるっぽいけどそうじゃなくて単純な高さが黒々と──無理無理無理無理ムリむり!!
「アクアさん…!! 助けてぇ…!」
遂に精神的限界を迎えた私は頼れる相棒を召還する。
『どこぞのアニメキャラみたい呼ばないでくれるかい。』ぽよぽ──むにぃ!
呼び出したアクアを即座に掴み、そのぷるぷるボディをがっしりと胸に抱く。
うう~!! ふにふに潰れて不安定だけど無いよりはマシぃ…!!
「「!」」精霊様…!
『やれやれ。いざとなったら私の精霊魔法で浮かせてあげるから落ち着くんだ。』
「結局浮いてるじゃあん!!」高いの変わらないぃ~!
キリッサさんと霧の人が、現れたアクア相手に挨拶しようとしてるけど全力無視だ。
これは誰にも渡さんッ!!!!
『まったく。私じゃなくて溶岩君にしがみつけばいいだろう?』ぷにゅむにゅ…!
「自分よりも背が低い人なんて頼りないよぉ!」子どもに抱きついて何になるぅ…!?
「…。」若干イラァ…!
「ちょ、ドラゴンイーター落ち着いて…!」
「お前は船の操作に集中してろ。」つーん…
「分霊様、私は霧──」ぷにょん!
『』触腕伸ばして額に全力魔力注入…!
「あびょっ。」奇声ダウン…
「わぁーあ…、」せ、先輩…
『悪いけど話は後だ。
そっちの「川」の子、もう一直線に対岸まで向かってくれるかい。』
「う、承りー…。」『流川』変更、船体固定、出力最大…
──────────
「ああ~~~………、地面んん………。」
シリュウによって焼き開かれた崖上の森の広場に、青髪ポニーテール少女の叫びが響く。
土で汚れるのも厭わず、ぽよぽよ水精霊を掴んだまま地面に寝そべる。ラグビーの試合で必死のタッチダウンを遂行したかの様な場面である。
会いたかったよ、じめ~~ん…。地面だけが頼りだよ、やっぱ人間は地に足着いてナンボだよ………。堅実に生きよう………。と意味不明な思考で頭を満たし、先ほどの恐怖を強引に塗りつぶそうとしている。
『私ごと土の上に頽れてるのは堅実なのかい?』
「どーでもいいよぉ~~~…。」クズオれるとか難しい言葉っすね~…
『まったく…。』ぽよん…
少し離れた位置でその様子を恐々見守る川氏族のエルフは、何やらごそごそと準備を始めるシリュウに尋ねた。
「ね、ねぇドラゴンイーター…? あの子放置していいの?」
「…。そのうち戻るだろ。今は捨て置け。」
「で、でも、さぁ…。」
「…。」コト… サクサク…
全ての水エルフが信奉する水の大精霊「激流蛇」。その分霊を名乗る未知の存在に、声を掛けたくて仕方ないものの。先ほど霧氏族が一撃で気絶させられたことが頭を過り、踏み出せない。
地面に安置したゴンドラ船の側から離れられない水エルフを放置して、シリュウは昼ご飯の準備をしていた。
これから先は「川」の船で移動することになる。勇者一行がその速度に追い付けるはずもなし。時間的余裕は有るはずだ。
大陸の中央側、グランブリッジ西側の街には寄らずに進む以上、腹ごしらえするには良いタイミングである。
作っているのはホットサンドだ。
旅の途中で創った専用魔鉄器具を取り出し、具材をセットしていく。
購入したばかりの丸パンをスライス。
魔法袋の中で乾燥し始めている生魔猪肉に、作りおきしておいた魔鳥卵の酢油を塗り込み。
荒く刻んだコショウの実と岩塩の塩胡椒をまぶす。
蓋をする様にもう1枚のパンを被せ、サンドメーカーを閉じる。
後は赤熱魔鉄に魔力を流し、じっくり焼いていく。
「…、!? ちょ、ちょっと! それ何…!?」
「…。ホットサンド。焼いたパン料理だ。」
「いや! そっちじゃなくて!」
「美味いぞ? お前にもやるから安心しろ。」
「あ、ほんと? 具材がもう美味しそうだし掛けてた液体?が面白そうで──じゃなくて!!
それ! ドラゴンイーターが今『使ってる』その道具!!」
もちろんシリュウは理解している。
触れただけで数々の魔導具を爆損させ、魔導具都市を出禁にさえなっている自分が、調理魔導具らしきものを操作している異常性を。
「な、なんで普通に機能してるの…? こんな魔力を流し込まれ──違う。それが発してる…? 外から注入じゃなくて、内部から精霊化身の魔力が溢れ──?」
「…。」
シリュウからの物理的な圧力すら伴う視線に、川氏族のエルフは本能的に口を噤む。
「…。出来たな。」
サンドメーカーを開ける。火の通りは完璧。内部の凹凸加工で付いた、網目状の焼き目が美しい仕上がりだ。
さっくりと魔鉄ナイフで斜めに切り分け、中の状態も確認。間違いない断面と、匂いが広がる。
「ほらよ。操船、ご苦労さん。」半分を手渡し…
「あ、ありがと…。」と、とりあえず食べよ…
「テイラ。そろそろ回復したか? 蜂蜜のホットサンドなら食べれるだろう。蜂蜜好き赤熊の奴から貰ったのを使ってやる。」
「た、たべ、ますぅ~………。」のっそり…
『単純卑屈娘だね…。』呆れぽよよん…
次回は12月7日予定です。




