402話 迂回移動と陸橋の街
タッタカタッタカ… ゴトゴトゴト…
暑いくらいに降り注ぐ陽光、青く広い空、どこまでも広がる草地。
まさしく、長閑を具現化した様な異世界フィールド。まだ午前中だが、絶賛眠くなる時間である。
「平和だねぇ…。」ぽけ~…
今、私は人力車に乗せてもらって移動中。もちろん引き手は、見た目は子ども中身はパワフル超人なシリュウさんである。
岩塩プレート焼き肉会の後、私とシリュウさんは守備隊の皆さんに別れを告げ町を発っていた。
〈呪怨〉の沼地は完全に干上がってから異常はなく、私の義足作りなんかの支援も必要ない段階に達していたので留まる理由が無かったのだ。
「まあ、それに…、あんな噂が有ったら、ねぇ…。」
踏み越えることができそうにないくらい背丈の高い草地を横目に見ながら、一人言を呟く。
出発前、町にやってきた行商人からとある情報がもたらされたのだ。──回復魔法の聖女が町にやって来ようとしている、と。
シオさんを送り届けた時、八方塞がりなんだから国に帰れと叱咤してやった件の聖女ちゃんは、その助言を聞き入れなかったらしい。まったくもって度し難い話だ。
「あの町には、お仲間さんも残ってたから仕方ないのかも、だけど…。」
牢に捕らわれた目付きの悪い青年を回収するつもりなのか、呪いの黒大蛇を確認したいのかは定かではなかったが、私やシリュウさんがその場に居ても話が拗れて邪魔にしかならないだろうと言うのが最終的な結論だった。
「まあ、根なし草な私達は、風の吹くまま気の向くまま~、ってね~…。」
さよなら、守備隊の皆さん。
どうかお元気で~…。
「…。おい、水精霊。テイラの奴は大丈夫か…?」上目遣いでタッタカタッタカ…
『ああ、いつもの無意味な卑屈思考でぶつくさ言っているだけだよ。気にするだけ無駄さ。』頭の上で冷水ベール展開~…
「…。そうか。」
『ほら、余計なことを考えてないで姿勢を維持するんだ。落としたら承知しないよ?』ぽよふり~?
「なら、下りろ。座席からでも冷水領域の維持くらいできるだろうが。」
『溶岩君を冷やしてあげるついでに、向かい風を楽しんでいるんじゃないか。狭量なことは言うものじゃないよ。』水、止めるよ?
「…。(水滴体でよく言う…。)」止めんじゃねぇ…
──────────
「でっか…。」
目線の遥か先には巨大な町。いや、あれはもう「街」の字が正解かな。大きく緩やかな丘の上に犇めき合う建物の数々が見える。
聖女ちゃん達と出会さぬようにキーバード国内を大回りしながら西進すること、1週間ほど。
大陸東部の最西端に私達はたどり着いた。
「すっごい規模の街ですねぇ…。」
「まあ、交通の要所だからな。」
街の背景には、山脈と言うか断崖絶壁と言うか、薄ぼんやりとした黒い壁が南北方向に延々と続いている様に見える。あれはおそらく大陸中央大地の東端だ。
雑に言えば、大陸東部よりも大陸中央は高い位置にある。ここからではまったく見えないが、街の向こうには中央と東部を分かつ巨大な大地の亀裂が存在していることだろう。その亀裂の所で、大陸が鉛直方向にズレているのだ。
所謂、断層と言うやつである。
その亀裂を唯一越えて人や物が行き来できるのが、目の前の街「グランブリッジ」と言う訳。
グラン(大地?偉大?)にブリッジ(橋)。安直だが、分かりやすいネーミングである。嫌いじゃない。
「とりあえず街に入って、土エルフの偉い人に会いに行くんですよね。」
「ああ。」
「…行けますか、ね…?」
私の視線の先には、街から伸びる立派な道路、とその上を通る凄まじい数の馬車が居た。
街の東に続くこの道は、ギルドロード。冒険者ギルドが総力を挙げて大陸に敷いている幹線道路だ。遠目なので確信はないが本の知識と馬車の群れから察するに、八車線分くらいの幅は有るんじゃなかろうか。
護衛の冒険者達、牽引する馬やらロバやら山羊っぽいのやら鈍亀ちゃん達、そして大量の荷物、それが何十台、下手すれば何百台も。
どうやったらあんな数の検問を捌けるのだろう?
「別にあのギルド馬車共と同じ所から入る訳じゃない。その為に歩いてるんだろ?」何言ってんだ…
「ああ~、そりゃ人専用の門くらい有るか。」ですよね~…
ギルドロードを横目に、ほとんど遮る物がない草の平地を徒歩で2人、街の北側を目指して歩く。
私達が大陸東部から離れる理由は、シリュウさんと魔王「黒の姫」の因縁とやらを懸念して物理的に距離を取る為だが。
大陸中央に向かう目的は大きく2つ有る。
1つは、泉氏族のバカエルフ、クラゲ頭が起こした横暴への償いを請求しに行くこと。
2つ目は、冒険者ギルドの中央本部を訪問すること。
どちらもシリュウさんには大量の食材供与が見込めるし、私には、市民権と言うか正式な身分保証が授与される予定になっている。
シリュウさんの特級冒険者のパーティ仲間として登録されるのは、むず痒いやら分不相応な感じは残るものの、今の便利で穏やかな生活を確固たるものにしたいと言う気持ちは正直、有る。
現状、お尋ね者になっていないことは確かめられたが、危険な〈呪怨〉持ちって要素が有る限り何がどう転ぶか分からない。
冒険者本部は、土エルフ・水エルフが中心になって運営されている力有る組織だ。その比護下に入れるなら、色んなことが安泰になるだろう。
「まあ、クラゲ頭のお兄さんと全面戦争になったり、ギルド本部が封◯指定扱いで執行人を派遣してきたり、懸念はわんさか有るんだけどねぇ~…。
あとは、魔王の娘さんの眼を潰したお礼参りに夢魔が襲撃とか、アクアの本体さんが分霊を返せと暴れたりとか──」
「…。なあ、暗い妄想は垂れ流すの止めてくれねぇか…。」無駄に気が滅入る…
「あ、ごめんなさい。口に出てましたか。」
「ああ。がっつり、な。よくもまあ、そこまで色々思い付くな? むしろ感心するぞ…。」毎度毎度…
「ははは。前もって想定しとくと、いざって時に素早く行動に移せますからね。」心のセーフティは余裕の証…
「俺と水精霊が居るんだ。大抵はなんとかなる。」
「だと良いんですけどね~。」
「…。(処置しようがねぇな…。)」こいつは…
まずは、陸橋を無事に渡れるかどうかかな~…。
どうなるかな~…、なんとかなるっしょ~。
次回は9日予定です。




