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400話 番外編 植物魔境の攻略・前編

主人公とは別サイドの話です。




 大小様々な樹木がそびえ立ち、色とりどりな草花が咲き誇る、鬱蒼(うっそう)とした森の奥。


 日陰の為に緑が少なく()き出し地面、そこでほぼ四つん這いになっている少女が居た。


 薄く緑が混じる黒い髪から三角の猫耳が1対生えており、ピクリピクリと音を探っている。普段はあまり出さない猫ヒゲを頬から生やし、地面に触れそうなほどに近づけた鼻と共に全力で周辺情報を拾っている。


 猫の因子を持つ夢魔、魔猫族(まびょうぞく)の血を引く若き上級冒険者ウルリは、斥候(せっこう)の任務の真っ最中であった。


 彼女の感知には膨大な量の情報刺激が引っ掛かっている。

 ウゾウゾと(うごめ)く非魔物な昆虫達、人の顔2つ分は有る羽でヒラヒラと舞う魔蝶(チョウ)、大型犬ほどの体で飛ぶ単体性の魔蜂(ハチ)、拳大の魔甲虫をその(かま)に捕らえて(かじ)りつく魔蟷螂(カマキリ)…。

 さらにそこに、自力で移動できる植物魔物や、攻撃魔法を撃てる草木、とてつもなく(かぐわ)しい匂いを放つ魔花(まか)種々(しゅじゅ)の状態異常を引き起こす胞子を持つ木ノ子(キノコ)等々…、人間の生活圏内ではなかなかお目に掛かれない不思議存在の大集団(オンパレード)である。

 1つ下手(へた)を打つだけで死人が出かねない超危険環境。


 そんな気の抜けない場所で、ウルリは内心首を傾げていた。



(…、や………。なんだろ、この感じ…。)


 先ほどから感じる、表現のできない違和感。

 異常だらけのこの非日常の世界で、何かが彼女の心をざわめかせている。



(…、『これ』のせい…?)


 傍らに2本浮かぶ、緑色の魔力回路(ライン)が入った「クナイ」を何とも言えない目で見つめるウルリ。


 テイラから貰った、風属性の不思議武器。異常なほどに魔力の通りが良く、風属性を纏っての切断力の向上はもちろん、意識を向けていない最中でも落ちることなく浮遊し続ける超高性能な短刀。

 そして何故か、これらを使っている間は自身の感知能力が上昇する様な感覚さえ有る為、重要な場面であるこの時に展開してみたのだが。



(逆に見え過ぎると言うか、なんか変なものまで()えそうと言うか…。)


 むしろ「もっと()るのじゃ。」と(ささや)かれている(「のじゃ」って何…?)様な気さえするウルリ。

 ド級の危険生物がすぐそこに居る可能性が有るので、クナイを仕舞う選択肢は無いのだが…。



(私が上手く使いこなせてないだけなのか、このクナイがおかし過ぎるのか…。)


 頭を悩ましながらも、とりあえずもう1度集中しようと深く息を吐き始めると…、



 スィ~… スゥー…



「…、」げんなり…


 ウルリの感知範囲をわざと横切る、水で出来た魚達。


 「クラゲ頭」とテイラが渾名(あだな)した、水エルフの女が操る魔法の使い魔である。手のひらサイズの水魚だが、周囲の魔力情報を術者に送ったりいくつかの簡単な魔法を放つこともできる優れもの。

 その「ウルリ(お前)の活躍の場は有りません。」と言わんばかりの鬱陶(うっと)しい動き(ムーブメント)に、ウルリも索敵姿勢を解き小さく溜め息を(こぼ)す。


 それからしばし考え込んでからヒゲとクナイを仕舞い、一時的に帰投することを選んだ。




 ──────────




 植物魔境(しょくぶつまきょう)、アトリーピューツ。

 ガイネス大陸の東部中央に位置する、大国ほどの面積を誇る大森林である。


 そこには現在、魔王「黒の姫」の眷属(けんぞく)たる〈呪怨(のろい)〉の化け物が潜んでいると推測されており、魔法騎士と冒険者から成る調査部隊が南下進軍中であった。



「──昨日見つけた魔木は根を大きく(えぐ)って取り出──」

「──装備の確認! 剣の刃こぼれを見逃すな。鎧の錆止(さびど)めも忘れるなよ。今──」

「──結界陣地を小まめに確認せよ──」

「──後方輸送素早く──」


「──うええ、靴ん中がどろどろだ──」

「──魔法様々だな──」

「──俺の火属性()風属性(かぜ)をこんなことに…──」乾燥ドライヤー…


「──斜め後方(あっち)で火事! 火蟻(ひあり)火炎魔法(ほのお)が──!!」

「──またなの──!」

「──火は『泉の魚』に任せて、討伐優先──!!」

「──『油の魔木()』に引火したあああ──!?」



 森の中に切り(ひら)かれた広場には、とても人外魔境とは思えない活気ある喧騒(けんそう)が満ちていた。


 その中心には、澄まし顔で水の椅子に座る少女が1人。

 泉の氏族(しぞく)の水エルフ、ミャーマレース・カエルラフォーンスである。


 前線拠点たる広場を覆う防御結界維持・結界内の環境最適化・複数の水魚を展開しての広範囲探索を単独でこなしていた。

 周りには、一般水エルフのお(とも)達が(はべ)っていて、貴重な魔法植物の実や種を魔法袋(マジックバッグ)に保存したり、捕らえた新種の魔物を計測したり、ミャーマレースの飲み物や軽食を(ささ)げ持ったりしている。


 その(かたわ)らには、浮遊する灰色肌の美女が居た。

 ニマニマと笑いながら下等生物(にんげん)の喧騒を見つめていたが、水の結界を抜けて入って来たウルリを感知するとスィ~と移動して満面の笑みを浮かべる。



「お帰りー♪ ウルリん♪」

「」ギロリ…!!

「あ…、ん…。」


 〈汚染(おせん)〉の魔王たる夢魔の女王が生んだ娘の1人、魔王貴族であるダブリラからの親愛の視線。

 そのダブリラと何故か情を交わしてしまい、(なか)ば彼女の(とりこ)になっているミャーマレース(クラゲ頭)からの嫉妬の(にら)み。


 特級たる上位存在から厄介な感情を(そそ)がれたウルリは、帰還早々意識を虚空に飛ばしていた…。



「何か面白いもの有った~?♪」

「や…、別に何も…。」

「その『魔猫もどき』が私より優れた探知を行えるはずないでしょう、ダブリラ。」

「そんなことないって~♪ ウルリんは優秀だよ~?♪ なにせ鉄っちから貰ったおかしな風属性(かぜ)武器が有るもんね~?♪」意味不明過ぎるやつ~♪

「チッ!! (あの風氏族(クソガキ)魔風(かぜ)を垂れ流す武器だなんて…!!)」憤怒の形相…!!

(クナイ貰ったの、失敗だったかも…。)何度目かの後悔…


 そんな中、クラゲ頭が真顔になってスクッと立ち上がった。

 ビクッとさらに距離を取るウルリ。



「どしたの? レースちゃん♪」

「9時の方向から、(いのしし)の群れが接近中。到達は5分後。ただの動物ですが全て木ノ子(キノコ)に侵食されてます。寄生魔物ですわね。」真面目仕事モード…

「オッケー♪ 冒険者達を突っ込ませる~?♪」肉体操作の邪眼を~…

「逆ですわよ、外に出てる者も全て下げてくださいな。」


 寄生キノコに侵食された生き物は、倒してもその亡骸からキノコが生えて侵食胞子を飛散し始める。

 世界樹の加護を持つミャーマレースならば菌糸1つ胞子1個に至るまで浄化するのは訳ないが、寄生された人間をいちいち治療するのは骨が折れる。


 通達を受けた騎士団・冒険者達が迅速に待避して、寄生猪達の殲滅は完了したのだった。




 ──────────




「それで、ウルリん。さっきから何を気にしてるの~♪」

「え…。」


 突然のダブリラからの指摘にたじろぐウルリ。

 有力者を集めた定時報告の会が終了したタイミングだった為、皆からの視線が一斉に集まる。



「半日くらい前から(みょ)~にソワソワしてるよね~?♪ 何か気になってることが有るんでしょ~?♪」

「や、別に、何も…、」

「またまたぁ~♪ 私に、嘘は通じないよ~?♪」読心の邪眼~…♪


 金の瞳に禍々(まがまが)しい紫色の魔力光(オーラ)を宿して、覗き込む灰色夢魔。

 ウルリはしどろもどろになりつつも、正直な気持ちを吐露する。



「や、あの…、何か変な違和感が有ると言うか…。」

「違和感~…? どんな~?」

「ちょっと、何て言ったらいいか、分かんなくて…。」

「はっ。その気色悪い風属性(かぜ)に、頭がやられたんじゃありません?」愚か者は愚か者と通じますのね~?

夢魔(わたし)に頭が汚染された(やられた)レースちゃんが言えることじゃないよね~?♪」黙ってよっか~?♪

「…、」そんな言い方しなくても…

「本気で傷付くレースちゃん、(あわ)可愛(かわ)い~♪♪♪」


 ダブリラとミャーマレースの夫婦(?)漫才が落ち着いたところで、ウルリが感じている違和感を突き止める為に議論の場が(もう)けられる。

 とは言え、対象が何か分からない為、周辺の情報を列挙することとなった。ダブリラに邪眼汚染(お願い)されたミャーマレースが、渋々と言葉を紡ぎ始める。



「──寄生木ノ子、──魔蝶、──火魔蟻(ファイアアント)、──油虫、──森林性の(カエル)──、

 ──歩く魔木(ウォーカーツリー)、──火魔蟻(ファイアアント)、──自爆魔花(ファイアフラワー)、──魔物蟷螂(マンティス)、と縄張り争い中の別の魔物蟷螂(マンティス)──、

 ──魔蔦(アイヴィ)、──水濡れ草、──魔光虫、を補食した食虫植物(カニバラス・プランツ)、──火魔蟻(ファイアアント)──」


「ん…?」

「お? 何か気づいた? ウルリん。」

「や、何かファイアアント(火のアリ)が多くないかな、って…。」

「ん~? アリなんだから、多いのは当たり前じゃない?♪」

「でも色んな方向に居過ぎな気が…、」

「はぁ~! 学が有りませんのね、低級の冒険者は。

 いいですか? ファイアアントは、社会性の昆虫たる(アリ)の魔物ですの。女王蟻を中心に集団生活を送る彼女らは、群れを守る為、餌を効率良く取る為、斥候(せっこう)役の個体が数多く居ます。ちょうどあなた達の様な使い捨て人員(そんざい)ですわね。

 それらは巣から遠く離れた場所まで単独で散っていきますの。この森林魔境(アトリーピューツ)の規模ならば、この数ごとき普通ですわよ。」

「そ、そか。ごめんなさい…。」


「ふむ。」


 項垂(うなだ)れるウルリを見た、白き竜騎士(ドラゴンライダー)のフーガノンが、身体強化を使って陣地の外に飛び出した。

 そして、十数秒で戻ってくる。



「こちらですね。」


 その指先には、1匹の火魔蟻が()ままれていた。顎や手足をウゾウゾと動かしている。

 魔蟻は複数集まることで強力な攻撃魔法を放つ為、単独ではさほど脅威にはならない。結界内に入ったところで問題はなかった。



「確かに普通の魔蟻ですね。」

「当たり前です。私が探知をしくじる訳ないでしょう。」

「…、(どうしよう…。)」無言しょんぼり…

「ん~~~???」


 首を傾げたダブリラが、闇の魔法の手で火魔蟻を掴み上げ眼前に掲げる。



「何をしていますの、ダブリラ。そんなに見たところでただの火魔蟻に変わりは──」

「ぷっ! あっはっはっはっ!!♪」


 突然、灰色夢魔が大笑した。それにビクつく周囲一同。



「──はぁ~~っ!♪

 お手柄だよ、ウルリん♪♪」

「へ…??」

火魔蟻(これ)、──〈呪怨(のろい)〉に操られてる。」


次回は番外編の後編を、26日に投稿予定です。

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