397話 誰かを叱ったと言うことは誰かに叱られると言うこと
「なんとか日暮れギリギリに到着できそう…。」タッタ、カタッタカ…
『お疲れ様。』ぽよふり~…
元来た道を早歩きで突き進むこと半日。遠目に元の町が見えてきた。ようやくの帰還である。
「休憩ほぼ無し、鉄リアカー収納の身1つでの徒歩とは言え…、通常2日の距離を半日で、は流石に無茶だったな…。」お腹空いた~…
『半日じゃなくて日中ずっとだろう? 聖女と伴を叱り飛ばして直ぐに発ったんだから。』
「そうだね~…。アクアはその間ずっと、頭に乗ってたけど…。」
端から見れば、頭に巻き貝の帽子を被り半透明の触手をうねらせた奇怪なランニング女が居たことだろう。
ヤ○キングかな? 困ったなぁ…。
『おや、私の回復魔法がお気に召さないのかな? 疲労困憊で道半ばに倒れるよりはマシだったと思うけれど?』
「そこは本っ当~に、感謝してるけども。なんで頭の上に陣取るのよ…。」
体力常時回復魔法、絶対そこからじゃなくても掛けれたよね?
やってくれた後だって、腰のいつもの場所に戻っても絶対大丈夫だったよね?
『ここは私の特等席だよ?』
「陣取った理由を聞いてんじゃないのよ…。」
行為の是非を問うてんすよ…。
『すぐ落ち込んで背中が丸くなる卑屈娘だからね。俯き防止の為に乗ってあげたのさ。』ぽよふり~…
「それはそれは…。ありがとさん~…。」姿勢まっすぐ~…
『礼には及ばないよ。』
くそ、皮肉も涼し気に流しやがる…。
「まあ、いいや。こっちも水気で涼しかったし…。
でも、そろそろ戻ってくれる? 流石に人目に付きそうだから。」
道中はほとんど人とすれ違うことはなかったから問題なかったが、町の中までヤ○キングは不味いだろう。
『もうしばらくこのままの方が良いと思うよ?』
「? どゆこと?」
『頭に私を乗せたままの方が、君の為になるってことだよ。』
「??」
何のこっちゃ? アクアは普段、他人に姿を見せたがらせないはずだが…。
でも、私の頭に響く声色の感じは真剣な様子。冗談やからかいの雰囲気は無い。
真面目に、「アクアを頭上セットしてると有利な状況」、って何だ…?? 分からぬ…。
「じゃあ、とりあえずこのまま行くけど。適当なタイミングで隠れてよ?」
『ああ。
大丈夫だよ。もうすぐそこだから。』
いや、門まですぐそこだから気にしてんだけど…。
おや? 道の先に何やら、赤い点が…、
フンッ──スタッ…
「…。よう。」
「…お…、おう…。」
瞬きの合間に突然大きくなった赤い人影は、シリュウさんだった…。
じっとり半目でこちらを見ている…。
「何か、言うことは有るか。」
「え、えーと…、」
「俺が、面倒臭い呪怨と戦っている間に。
町の外に出るわ、妙な人助けをするわ、〈鉄の呪怨〉を発動させるわ好き勝手しやがったテイラは。
俺に、言うことは、有る、か。」
「…ご、ござい、ません…。」
「そうか。」
シリュウさんが片腕でガッツポーズの構え。拳を強く握る。
効果音がギュッとかグッとかじゃなくて、ゴギギッって感じの岩と岩を擦り合わせたものなのが恐ろしい…。それに多分、見間違いではなく、陽炎が拳骨から立ち上っている…。
これは、一巻の終わり…。二巻に続くかは読者次第…。
つまりは、編集者による出版停止でファイナルアンサー…。
私が覚悟を決めつつ現実逃避していると、シリュウさんがアクアに声を掛けた。
「水精霊。頭を退け。」
『まあまあ、溶岩君。この娘が軽率なのはいつものことだろう?』
「だから、叩く。」
『馬鹿なことをしたんならそれもいいけどね。今回の卑屈娘はなかなか善いことをしたんだよ?』
「あ…?」
『ほら、卑屈娘。何をしたのか溶岩君に教えてあげたまえよ。』ぽよふり~…
『端的にね。』と私に説明を促すアクアさん。
いや、説明したところでお叱り案件なことに変わりない気がするが…。
ま、まあ、ダメ元で言っておくか。
「せ、聖女ちゃんの精神を! バキバキに折っておきましたっ!!」
「…。………???」
シリュウさんの拳から陽炎が消え、腕も下ろされる。
怒りの真顔が、困惑の色で塗り変わっていった。
「…。何を、やってやがった…。」
──────────
とりあえず、アクアのおかげで拳骨直撃コースを免れた私は、シリュウさんが町の外に設置した(なんで外なんだろ?)鉄の家に帰ってきた。
黒革袋から出してくれた温い出来合いワンタンスープを頂きつつ、報告会として、別れた後に私がやったことをかいつまんで説明していく。
「──それで。人生に悩んでたケツの青い聖女ちゃんを叱り飛ばしつつ。厄介払いができるように帰国を勧めておいて。急いで帰ってきて今に至る──ってとこです。」
「…。」
椅子に腰掛け、シリュウさんは無言で頭をガシガシと掻いていた。かと思えば、「戦闘系の聖女相手に完全制圧してんじゃねぇよ…。」と、そんな言葉を溜め息と共に吐く。
「シリュウさんに要らないちょっかいを掛けた奴、って以上に、なんかもう見てられないくらいに哀れな子どもでしたよ。なんで自ら地獄の苦しみに身を投じてんすかね。」
「…。(マボアの魔猫の女みたいに聖女どもと仲良くなるかと懸念してたが、大丈夫だったか…。)」遠い目…
「まあ、シオさんを送り届けるミッションは完了しましたし、こっちのことはこれで終わりです。
で、シリュウさんの方はどうだったんです? 沼地の呪怨、解決しました?」
「あー、まあ、なんとかな。」
シリュウさんは、呪いの沼地を完全攻略したらしい。
上空に巨大火炎球を浮かべ高気圧を維持した状態で、ガンガンに火を焚いて沼の水気を完全に除去。粘体生物・毒蛙・酸蛇と言った周辺の魔物も、呪いで再現されたそれらを模した化け物もいっしょくたに燃やして退治。そして遂に〈呪怨〉の本体を引きずり出して撃破すると言う、あまりにも脳筋戦法だったみたいだが。
環境破壊ってレベルじゃない。
「呪具を持っていた、と言うか取り込んでやがったのが、『スライム』でな…。まあ~…、面倒だったぞ…。」
「蛇じゃなくて、スライムですか? いくら強くなったとは言えシリュウさんの敵じゃない様に思いますが。」
呪いの蛇を大量召還でもしてきたんだろうか。
「普通のモゾモゾしてるやつじゃなくて、濁りきった臭い奴でな。あれはもう、汚泥の塊だったな…。」
「ヘドロの塊かぁ…。」
「しかもそれなりにデカかったしな。」
「大きな、ヘドロスライム…。」むしろ、ベ◯ベター…?
「ああ。小山…、この魔鉄の家なら呑み込める程度は有ったか。」
それ、相手したくねぇやつ…。
「火球1発で焼き滅ぼせはしたんだが、異常に強烈な悪臭が広がってな…。結局、〈黒炎〉で臭いも泥も、中の呪具の気配ごと消滅させた。」
どんな呪具か確認はしたかったんだが…、と遠い目になるシリュウさん。
一撃打倒もびっくりだけど、消臭の為にア○テラスしたんすか…。逆に、ほんのちょっぴりどれほどの悪臭か気になる…。
「 まあ、解決したんなら良かったです。これで、呪いの黒大蛇が出ることはないですね。」
「…。半日、焼けた沼周辺を見て回ったが異常は無かった。〈呪怨〉の気配も消えている。もう数日の間は念のために警戒はしておくが、恐らく、大丈夫だろう…。」
「ああ、まだ沼地の方に行くから外に鉄家出したんですね。」
「それもある…。」
「何か煮え切らない感じですね。まだ黒幕が残ってる感じです?」
「くろまく? 仲間が居るって意味か?」
「ええ、そんなとこです。」
「多分、居ないはずだ。ただ、そのスライムの行動がな…。あれは恐らく、〈深淵〉系統だと思うんだ。」
シリュウさんが真剣な顔で、悩まし気に考え込んでいる。
「深淵…? 確か、大陸中央にだけ出る〈呪怨〉の種類ですよね?」
「ああ。〈深淵〉の眷属は、どいつも口とか牙に特徴が有ってな。食欲で暴走する感じになるんだ。食らうほどに強くなったり、食った物を再現したりするんだよ。
今回の奴と能力が一致するから間違いないと思うんだが…。そうなると、迷宮産の呪具があそこに有ったってことになってな…。」
ダンジョン。単なる大きな迷路を指す言葉ではなく、特殊な巨大地下迷宮のことだ。実にファンタジー。
大陸中央に存在していて、なんでも〈深淵〉の魔王が封印されているそう。その眷属が際限無く湧く場所らしく、魔猪の森なんか目じゃないくらいの激闘が日夜繰り広げられてるんだとか。冒険者憧れの地、とも言う。
「まあ、これ以上は悩んでも仕方ないな。」調べようがねぇし…
「ん~…、なるほど。とりあえずお疲れ様でした。」
「おう…。」
次回は10月5日予定です。




