394話 小姑ムーブと任務達成
「──だから、やれることを組み合わせて結果を逆算してみると。
塩の結晶による、眼球狙撃。これに尽きると思います。」ガラガラガラ…
「なる、ほど………。」
信仰だの、悪人の改心だの、殺人の是非だのを論じたところで意味は無い。
ならばと、建設的なお話をしながら移動している私達。
シオさんがこの先、個人の力のみで生き抜く為に必要なこと。具体的には、敵と遭遇した時の対処方法の模索である。
彼女が使えるのは、火と土の属性魔法。しかし、火の方は火種程度の小さな灯火、土に至っては何故か塩の結晶のみを生成・操作するに留まる。
「シオさんの塩魔法の利点は、容易な結晶構築と浮遊操作。これを活かさない手は有りません。
自己生成量も少なく、近場への浸透支配も速度が無いってことは、少量を効率的に運用するのが最適です。砂粒くらいの欠片でも、魔力を纏えば硬くなる。なら、やはり急所への攻撃。眼球だけじゃなく、鼻の穴や耳の穴に突撃させるのも、効果的かもしれませんね。」
「…、」うへぇ…
「まあ、相手の魔力が強ければ当たっても、砕けてしまうでしょう。それを思うと、涙に溶けて沁みるだろう眼球と、粘膜にダメージが行く鼻の中。狙うなら、このどちらかですね。」うんうん…
「…、」どよ~ん…
フードで表情は分からないが、疲れた雰囲気は感じる。
しかし、これは真面目なお話なので畳み掛けよう。
「搦め手としては、生成塩を食べさせて、相手の胃袋の中から塩の結晶で刺し貫く…、なんてことができそうな気もするんですが。流石に水とか胃液に溶けるだろう塩を、相手の体内で再結晶化させるのは至難ですかね?」
「なんでそんな恐ろしいことを、サラリと言うんですか。」
「生き残る為には必要なことですよ。」
誰か守ってくれる人が傍に居るなら、そんなことはしなくていい。だが、世の中、想定外がゴロゴロ転がっているものだ。
「人生において重要なのは、できることを把握すること。できることを増やすこと。そして起こる可能性の有ることを、事前に想定し、対策を考えること。これが肝です。」
「…、ん、ぅ…、(とても、真剣に話してくれているのは分かるけれど…。)」答えに悩む…
自分のスキル把握、どんな魔法が使えるのか、身体能力はどのくらいか、どれくらいの知識を有しているか。
食べ物が無くなったら、お金を落としたら、野盗に遭遇したら、病気になったら。友達が出来たら、仕事を任せられたら、旅に出たら、好きな人に出会ったら。
何をしたくて、その為には何が必要で、どう行動するのが正解か。
幸せになる──不幸にならない──為には、相当な根気が求められる。
「ちょっと理屈捏ね過ぎましたね。この話はこの辺りにしておきましょう。」ガラガラガラ…
「はい…。」
持ち手と腰を連結させて、両手をフリーに。そのまま体で鉄リアカーを引きつつ、魔法瓶の水をこくりこくりと飲んで一息入れる。
冷たくて美味~。
「…、やっぱり、食事に混ぜた魔法塩で攻撃って、邪悪過ぎますよ…。」
「そうですか?」
「そうです。」
水を飲む私に向けて、シオさんが嫌悪感を滲ませた声で非難してくる。
現実的ではないだろうけど、想定するに越したことはないと思うが。
「ちょっと妄想してみてください。
シオさんをバカにするのに手料理は要求してきて食べまくるクソ上司。そんな奴が居た、とします。」
「…、(今度は何だろう…。)」無言無表情…
「そいつが図々しく飲み込んだ中には塩魔法の結晶。それを胃袋の中で拳大のトゲトゲボールに変化させれば。自業自得で、地獄の苦しみがずっと続く。のたうち回るクソ上司…。その姿を思い浮かべると…、
──とても。スカッとしませんか?」微笑み…
「………、」
嫌悪感マシマシで私を睨むシオさん。
ややあってから口を開いた。
「…、怖い、です、そんなの…。」
なるほどなるほど。
「怖いってことは。やれないとも、やりたくないとも、違うんですね?」にっこり…!
「……ッ!!」
私の指摘に彼女の体が震えた。
つまり成功するかはともかく、似たことは実行可能で。そんな暗い願望が少しは有るってことだ。
「ほんっっとぉに!! 意地悪ですね!貴女は!」
「お褒めに与り、恐悦至極ー!!」
「」ぷいっ!
はっはっはっ! 自分の中の悪感情と向き合うことも、重要なプレイングですよ~? シオさん~?
自覚してないと、衝動でとんでもないことしちゃいますからね~。自殺者みたいに。
──────────
日暮れギリギリの時間に、勇者達が滞在している町へと辿り着いた。休憩をほとんど取らずに進んだ甲斐があったと言うもの。
そこそこ大きな町だからか、このタイミングでも門の前に人の列が出来ている。
「それじゃあ、シオさん…。私はこの辺で。お疲れ様でした。」
彼女とはここでお別れだ。なかなか数奇な旅だった。食べ物が積んである鉄リアカーをバトンタッチする。
「ほ、本当に帰るんですか…?」
「ええ。私1人なら、どうとでもなりますから。」
検閲までお供するかは悩みどころだったが…。
時間帯を考えると、そのまま町中まで案内されて一晩泊まる様に誘われ、勇者や聖女とバッタリ遭遇…、なんてことになりかねない。
呪鉄製である荷車を回収したくはあるけど、それをするには荷下ろしをする羽目になり、結果これまた遭遇の流れになる。
ここでおさらばが最善だ。鉄リアカーも放っておけば錆びて使い物にならなくなるし。
「まあ、シオさん的にも、小うるさい謎女が消える方が安心でしょうし。気にせず行っちゃってください。」
「…、いや、あの………、
ありがとう、ございます…。色々と、失礼な態度をとって、ごめんなさい…。」
シオさんがフードを脱ぎ、きっちり腰を折って頭を下げた。ショッキングイエローの髪が目に眩しい。
「いえいえ、こちらこそ。鬱陶しいことばかり言ってすみません。」
「そんなことは…(有りますけど、) …確かに、嫌な気持ちにはなりましたし、理解できたことも少ない…、ですけど…、
でも、私のことを思ってのことなのは──」
「「「」」」ざわざわざわざわ…!
シオさんの台詞の途中で、前の方が突然騒がしくなった。
何やら「明るい」集団が、門から出てこちらに移動してきている。
煌々と輝く光を帯びた戦槍を杖の様に持つ男が2人。彼らに挟まれて歩いているのは、キラキラ輝く金髪の少女。その一行は皆、上等そうな白の服を着ていた。
周囲の注目を浴びながら、近くまでやってくる。
「ユリシー様…!」
「お帰りなさい、シオ…。」
…どうやら件の聖女様らしい。
次回は14日予定です。




