392話 賊の撃破と命の価値の話
「なっ、あなた達!?」
シオさんの悲鳴じみた誰何と背後の物音に、バッと振り返る。
私達の背後、鉄リアカーの傍に男が2人。パッと見、丸腰。荷物ごと鉄荷車を持ち去ろうとする伏兵──、
──キン!キン!
後ろを向いた私の背中に、髪留めから警告音。
正面に向き直り腕輪から鉄壁を展開、手にしていた巨大鎌を癒着させ支えの脚にする。
鉄の壁の向こうに甲高い衝突音を聞きながら、再び反転。
リアカー目掛けて、足半輪から蛇の様に鉄を伸ばす。
男2人は既にリアカーと共に動きはじめていたが、腕輪からの追加分を足したことで先端が無事接触。
(鉄操作!!)
「ぎゃ!?」
「いっ!?」
鉄の車体から出鱈目に鉄針を伸ばしてやった。私の変形速度では薄皮を貫く程度の威力しか出ないが、本命は逃走防止。
車体側面の奴はクワガタの顎に捕まった様な状態、持ち手を握っていた奴はハリネズミの群れとの触れ合いコーナー。これでもう詰みだ。
壁の横から正面を確認すると、最初の4人が脱兎の如く逃げ出していた。散り散りに別れて走っている。
逃がすか。鉄弓、展開。
「」ギチギチギチッ──ビンッ!!
矢をつがえ、即射。アンド連射。
「」ドスッ! ガンッ!
「ぎゃああああ!?」ザシュッ!
結果、2人に命中。
3人目は、腕にかすった気はするがそのまま走り去ったらしい。4人目は最初から遠かったので狙える気がしなかった。
「んー…。深追いは、するだけ無駄か。」
とりあえずシオさんの無事を確認。リアカー組を完全拘束してから、倒れてる2人の方へ向かう。
矢が太もも裏に刺さってじたばたと暴れていた奴は、頭に思いっきり鉄パイプを振り下ろし静かにさせておく。
ザッザッ…
「ご気分は如何ですか?」
「」ヒュー… ヒューッ…
倒れ伏した男は私と会話してた奴だ。ブルブルと震えながらナイフを握りしめている。足が切り裂かれ動かせないのもあるが、背中の左肋に刺さった鉄矢が多分肺を貫いているんだろう。口の形は喘いではいるが声が出ていない。
私を見上げる目には憎悪と言うより、痛みの絶望の色が濃い気がする。
まあ、致命傷だ。助ける気も義理もない。終わらせてやろう。
鉄鎌、展開。
「それじゃ。」──フンッ…!
離れた位置から死神の鎌を、心臓を目掛けて突き立てた。
夕闇が広がりはじめる中、面倒極まりないが「後片付け」をしておこうと思う。
とりあえず物言わぬ有機物から流れ出る赤と言うよりは黒に見える液体に、ポタリと私の血を数滴垂らした。
──誓約 適応
──〈鉄血〉発動。
混ざりあった血液がズズズ…と鈍い色の金属塊に変換されていく。
うむ。発動したってことは死者確定。死んだふりの可能性はなく確実に絶命している。ヨシッ。
ひとまず死体の周りを、生成した鈍鉄で完全密閉包囲。これで死体の周辺環境への影響は最小限になるだろう。
さらに棺としては余りまくってる金属をゆっくりと加工しオブジェを作製。ちょうど古の拷問器具の形が3つ、出来上がった。
「」ずりずりずり…
「んーっ!? んんーっ!!」
他の3人を順に、身体強化で引きずって鉄オブジェの元に集合させてやる。
「あぅ……、ぃぁ………?」
途中、シオさんが何かを言い掛けていたが、少し待っても言葉は出てこなかったのでスルーして作業を続行。
生きている賊どもを雑に十字架に括りつけていく。
清潔で回収可能な私の鉄を仕舞いつつ、鈍鉄を操作し手指をがっちり、口も呼吸は確保、他適当で、と。
「」気絶無言…
「むう~!! むぐぅ~!!」グイ!グイッ!
「」さめざめと涙…
こんな暗い中、1人で重労働させられたこっちが泣きたいよ。
とりあえず、鈍鉄をさらに広げて休憩場所からの目隠しにして、っと。
「ま、これでいいか。お仲間同士仲良くね~。」
大型の肉食魔物が来ないと良いね~。
──────────
「あれ、シオさん? ご飯食べないんですか?」
冷めてしまったスープを温めなおして晩ご飯の再開をしたのだが、シオさんは俯いて手を付けようとしない。
リアカーを元通りにするついでに鉄拠点と接続、それらを基点に薄い鉄板で三方向を囲って万が一の残党からの襲撃にも備えているが、不安が勝るのだろうか?
「どう、して…、」
「はい、なんでしょう?」
「どうして…、そんな、平気な感じで、いる、んです、か…?」
「残党が復讐に来ても対応できる様にしましたし──って意味じゃないですね。」
「」こくん…
「そうですね、『死体が近くにあるのに呑気にご飯を食べているのが信じられない』?」
「それも、あります…。」
シオさんは、異常者を見る様な暗い目で、私を見上げた。
「何故、殺したんですか…?」
「襲われから、ですよ? 見てたでしょう?」
「だからって、そこまでしなくても、」
「止めをさしたのは、あの男が重症…、もう助からない怪我、だったからです。肺に鉄矢が刺さってましたから。」
「テ、テイラさん、は…、冒険者の、回復の薬をお持ちだったはずじゃ──」
「使いませんよ。あんな奴に。」
「…、」
なるほど。彼女は目の前で、人間が人間に殺される場面を見てショックを受けている訳か。
「シオさん。」
「…、」
「つまりあなたが今抱いている気持ちは。人殺しが行われて怖い、テイラが血も涙もない悪党で衝撃、ってところですかね?」
「…、………はい…。」
ふむ。苦しそうにしながらも肯定はしたか。気力は有りそうだな。
「なら、私が襲撃を受けて死ねば良かったですか?」
「なっ…!? そ、そんなことは言ってません!」
「なら。仲間に届ける予定の食料をみすみす奪われ、暗い道を2人で穏便に逃げるのが良かったですか?」
「違います!それ──」
「違いません。」ぴしゃり…
「…、」
「分かってますよ?
シオさんは、『傷ついた悪党どももきちんと癒し、悪行を悔いて改心する機会を与えてやりたい。』…そう、言いたいんでしょう?」
「そ──、そう、です。そうです! その通り、です…!
あれ…? 分かっているのに、なんで…?」
「そんな機会はないからですよ。」
「」びくぅっ…!
私の真顔を見て竦み上がるシオさん。その様子を冷ややかに見つめて、話を続ける。
「私が持っているのは上級ポーション。先ほども言いましたが強盗風情に使う価値など有りません。
あいつらがやってきた犯罪が軽かったなら、軽い刑罰を受けてすぐに出所して、また同じ強盗をします。そして、次の被害者が出ます。
逆に重ければ、法の下に処刑されます。いずれ死ぬのに、奴らを引き渡す為に町に戻りますか? そんなことをして、誰が喜びますか? 何の得が有るんですか?」
奴らには生かす価値は無かったが、殺す価値は有った。ただそれだけのことだ。
「…あ、……で、でも、それは………、」
「『それは』?」
「…、」
再び俯いて無言になってしまった。
総括に入ろう。
「シオさん。
神様の教えは、きっと生きていく上で素晴らしいものなんでしょう。でも、それに盲目的に従ってるだけでは幸せになれませんよ。
何も考えず、ただ勇者や聖女様に従って流された結果が、この苦境なんですから──。」
次回は31日予定です。




