390話 クソガキと決裂と、立ち直り
「──と言う事情から。この町から退去してくれ。」
「…、」
守備隊が詰める隊舎の一画に有る会議室的な部屋の中。
わざわざ来てくださった副隊長さんが、シオさんのお仲間である目付き悪男(魔封じの手枷付き)にこんこんと事情を説いたところだ。
「そちらの彼女を連れて聖女殿が居られる所まで戻るといい。」
「…、」
「僅かではあるが食料と水も渡そう。」
「…、」
「不満かね?」
「…、」
完全無視。
目を瞑り、微動だにしない。
「ペイト、行きましょう…。もうここでできることは…、」
「…、はあー~…。」
「ぺ、ペイト…?」
「…、」
シオさんの呼び掛けに盛大な溜め息で返した後、再び沈黙しやがった。
しかし彼女は、負けじと再度呼び掛ける。
「ペイト…、聞いた…でしょう? 導師様、勇者様がしたことが、ここに住む人達に大変な──」
「甘言に!!騙されるなッッ!!」クワッ!
「」ヒュッ…
突然の怒鳴り声にシオさんが縮こまる。副隊長さんに付いてきていた隊員さん達が警棒や剣を抜き、目付き悪男に向けて構えている。
「我々が君達に嘘の話を吹き込んでいると言うのかね?」冷静問い掛け…
「…、」無言瞑目…
「黙りか。」
冷めた声の副隊長さんに、私は手を挙げ提案をした。
「私が、この子どもを痛めつけましょうか。私の力なら、泣き叫ぶレベルの苦痛を与えてやれますが。」
「…、いや。よい。
その者はこのまま留置する。」
そう言うと部下達に指示を出し、目付き悪男を再び連行させていった。一番穏当な対処は監禁拘束の継続と判断したらしい。
放心しているシオさんの背中を擦りながら、私は副隊長さんに向き直る。
「すみません。貴重なお時間を無駄に使わせて。」
「あの者が獣程度の知性だと確認できただけ、収穫だろう。
して。そちらの君はどうするね?」
「…、」
シオさんは投げ掛けられた言葉に反応できず、鮮やかな黄色髪の下の顔を暗くするばかりだ。
「あの。私が、彼女を、勇者一行の元に送り届けて良いですか…?」
──────────
放心しているシオさんをひとまず、私が借り与えられている隊舎の部屋へと連れてきた。
鉄椅子を展開して一息入れる。
はあ…、なんか疲れたな…。水、飲も…。
「──なんで、あんなこと、言ったんですか…?」
ややあってから、質問が飛んできた。
俯いたままの声には、疲れと混乱の響きが乗っている。
「もう、この町に居たくはないでしょう? お仲間はクソガキで、留置延長だし…。」
「…、」
あの、目付きだけじゃなく性根まで悪いクソガキは、もう救いようがない。シオさんが私達側に付いたと認識した以上、決裂以外の選択肢は無くなった。
彼女個人は償いをしたいと思っているみたいだけど、この状況では無理だろう。ここで住み込みで働いてどうこう、ってのも町の人の心情を考えると、ね…。
「かと言ってシオさん1人での移動は危険です。隊員の皆さんは大蛇討伐で大変だから手を借りる訳にはいかないし。適当な冒険者の護衛を雇う…、のも、コスト・信用両面からして現実的じゃないし。
なら、私がやるべきかな?って。」
「貴女、も。【煌光国】のことが嫌いなんじゃ、ないですか…。」
「まあ、色々と、思想的な所に思うことは有りますけど…。別にそれでシオさんをどうこうしたいとは思いませんよ。」
国や組織と、そこに所属する人員とは分けて考えるべきだ。
目的や方針も違うし、行動も変わって当然。
「今さら、戻ったって…、ペイトと別れ、独り、お金もっ、食べ物も、手に入ってっない、のに…、どうしようもっ…!!」
嗚咽混じりの絞り出す様な声に、私の胸も苦しくなる。
本当に、世界ってのは理不尽の塊だ。たった1人で歩いていくには障害が多過ぎる。
それでも、と。シオさんの手を、ゆっくりそっと包み込む様に握る。
「…ひぐっ……、う…ぅ…っ……。」
ただただ静かに、私はこの子が泣く姿を見守った。
今はこれくらいのことしか、できないから。
──────────
「う…む………?」
起きると違和感。
ベッドじゃなくて、鉄リクライニングチェアの上で寝てる。
「そっか…、ベッドは貸したんだった…。」
泣き疲れたシオさんを移動させるのは危ないと思い、許可を貰って彼女を部屋に泊めたのだ。他の空き部屋に1人、は問題が起きそうだったし。
「まあ、部屋の床に、鉄テントで、いけるしね…、私は…。」ふあぁ…
今何時だろ…。
ちょっと外の様子を見よ…、──眩し!?
鉄テントを操作開閉と、部屋の中に朝日が満ちていた。
そして何やらぶつくさ言葉が聞こえる。
「…教えを信じ…【光輝】と共に…自ら、信念の太陽を求め…──、
あ、おはようございます。」
声の主はシオさんだった。
ベッドの上でこじんまりと座り、首もとのペンダントを握った姿勢で、開け放った窓からの日光を浴びてお祈りをしていた様子。
手を膝に置き、透明な微笑みで挨拶をしてきた。
「おはよう、ございます…。」
まさしく敬虔な信徒と言った雰囲気に、軽く呑まれかける。
目の周りに涙の跡が残っているけど、その瞳にはしっかりとした光が宿っていた。
まあ、立ち直る力を与えくれるのもまた、信仰の力か…。良いんじゃないかな、うん。
次回は17日予定です。




