386話 呪いの大蛇と沼地手前の夜営
「…。」スタスタスタ…
北に向けて移動する集団が居た。「帰らずの沼」に向けて移動する守備隊員である。
参加した隊員は40名ほど。馬に乗る者が5名、斥候役として周囲に散っている者が8名、あとは荷運び兼戦闘員である。
その後方に無表情で歩くシリュウが居た。
「イーター殿、そろそろ夜営地点に着きます。」
「…。ああ…。」
軽鎧を付けた青年アウグスト──テイラ命名「ズタボロ君」──が、心の中でビクつきながら直近の予定を伝えるものの、どこか上の空な返答が返ってくる。
(やはり、不満を持っているのだろうか…。)内心冷や汗…
現在の時刻は1時間ほどすれば日が沈むタイミング。町から「帰らずの沼」まで朝早くに出発して進んできたが、集団での移動の為に移動速度は速くなく。沼地から少々離れた位置で1泊してから、明朝早くに踏み込む予定であった。
これがもしシリュウ単体での本気移動であれば、片道1時間も掛からずに突入できていただろう。
直に触れたことでその力量を思い知ったアウグスト青年は、そのギャップから来るだろう苛立ちを想像し、気が気ではなかった。
(…。妙な感じがずっとしやがる…。)
シリュウはそんなことを気にすることもなく、周囲の気配を探ることに集中していたのだった。
──────────
天幕が張られ、隊員達が周辺を交代で見張りながら晩ご飯の煮炊きをしていた頃。
夕日に照らされ赤く染まる木立や地面、天幕、人と言った何の変哲もない光景の中。
真っ先に気づいたのはシリュウだった。
(なんだ…?)
「イーター殿、お持ちの家の展開は──?」
「…。…──!!」
ズタボロ青年の問いかけを聞き流し、突然弾丸の様に飛び出していく。
「む…?」
天幕の脇で他の者達と明朝の計画の調整をしていたジューン隊長のすぐ真横に、突然シリュウが現れた。背を向けて立っている。周囲に居た隊員が思わず抜剣しようと鞘に手をやる。
それを素早く手で制し、何事かを尋ねようと口を開きかけた寸前。
ズッ──!
「──な。」
目の前を、黒く大きな影が遮る。地面から太い「幹」が生えていた。
それは、黒い鱗で覆われた胴体──黒大蛇だった。
「散か──!」
「」ガッ!!
隊長の警告よりも早く襲いかかろうとした蛇の鎌首に、気づけばオーバーヘッドキック体勢のシリュウの足が掛かっている。
「」ブンッ!!
ピシャッ…
その体勢のまま火属性による超加速魔法で、シリュウは空中を1回転。
大木の様な黒い蛇の体は、しごくあっさりと泣き別れになった。
トサッ…
(手応えが無さ過ぎる…?)すたっ…
「…っ、ぉお! 感謝します!イーター殿──!」
「警戒しろ!」
「──!! 皆! 周辺警戒っ!!」
「「「!」」」
敵を軽く倒したシリュウから飛んだ檄により、弛緩しかけた雰囲気が瞬時に引き締まる。
(こいつは…?)じっ…
目の前に横たわる大蛇の頭を見る。
即死した為か大口を開けた姿のまま、黒い靄を撒き散らしながら少しずつ端から輪郭が崩れていた。地面から伸びる胴体も死後にのたうって暴れる様子もなく、風化でもしたかの様に綻びていく。
その根元、よくよく観察すれば、地面に穴が空いていない。この蛇は地面から顔を出したのではなく、文字通りこの場に「生えた」のだ。
「──魔力の分身体だ! 他にも──!」
ズッ──! ズズッ──!
「うわぁ!?」「なん…、」「あ──?」
黒い大蛇が、天幕周辺の2地点に同時に出現した。黒い靄を纏い先ほどよりも不鮮明な姿だ。片方に至っては、双頭の黒蛇である。
現れたのは周辺に散っている哨戒役達の輪の内側。完全な奇襲だった。
スンッ──!!
音もなく高速移動したシリュウが、双頭の蛇の首を2つ同時に炎の手刀で切り落とす。
黒い靄を噴出しながら落下する首を尻目に即時反転。
「ぐっおおお!!!!」
ズタボロ青年が、自らに突っ込んできた大蛇の鼻面に剣を突き立てていた。
烈火の咆哮を上げるが、質量差から首の勢いに簡単に押し込まれ陣地中心に向かって共に吹き飛んでいる。
トグシュッ!!
上空から蛇の脳天を踏み付け、シリュウが落下してきた。そのまま貫通、縫い付け。慣性で飛んで来る残りの胴体を殴りつけて止める。
ゴロゴロゴロ!
「──はぁっ!! がはぁっ!?!」
「アウグスト!」
「しっかりしろ!」
仲間達がすぐさま駆け寄り、手当てを行う。大事には至っていないらしい。
(面倒なことになりやがったな。)
〈呪怨〉の気配が混ざる黒い靄を高熱の青い炎で吹き散らし、シリュウは無言で顔をしかめるのだった。
──────────
「──では、アレは『呪怨』で生み出された使い魔であると?」
「ああ。そう考えるのが妥当だろう。」
日も落ち、大量の篝火と少数の魔導具の灯りが周辺を煌々と照らしていた。
しかし、隊員達が抱える不安の闇はまるで晴れはしない。
「物理的な影響力は有しているから、光や霞みてぇな幻の類いじゃねぇ。2体同時、姿形も変わったことから、1体の化け物が再生・蘇生で暴れている訳でもねぇ。そして微かだが、〈呪怨〉の力が感じられた。
恐らく、何処かに〈呪怨〉持ちの奴が居て、あの黒大蛇を召喚している。」
「「「………、」」」
絶望の沈黙が辺りを支配する。
通常の魔物討伐を遥かに超えた難易度の任務になってしまった。しかし、退くにも退けない。
黙っていても始まらないので、ここまで得た情報を伝令役に持たせて町へと送り出す。
念を入れて、2人と馬3騎での編成。その2人も、魔力が低くしかし体力の有る者を選んでいる。黒大蛇が襲った隊員達は隊の中でも魔力量が多い者ばかりだった為、優先的に狙ったと考えられるからだ。
「とりあえず、沼地周辺に召喚主は居るはずだ。本格的な探索は明日の朝だな。それまではお前らは待機するしかないだろう。」
「それしかないでしょうな。」
「一晩くらい起き続けるのも問題はないが…。」
「ほとんどの者は明日の動きが鈍るでしょうね…。」
またいつあの大蛇に襲われるかと神経を摩り減らしながら、寝るに眠れず。どんな姿かも分からない敵を捜索しなければならないのだ。はたして何人が使いものになるか…。
彼らの様子を見たシリュウが徐に口を開く。
「…。強制はせんが。お前達を俺の『家』に匿ってやることもできるぞ。」
「いえ、気持ちは有り難いが、我らはこの場に40名居ます。とてもではないがあの金属家には入りますまい…。」
「若い隊員だけでも──」
「それでは意味が──」
「いや、お前ら用の『長屋』が有るんだよ…。」
黒革袋の中には、魔獣鉄で作った貨物コンテナじみた箱建物が収納してあった。
町に来るまでの途中で、チマチマと建築しておいたものである。複数パーティーの冒険者や難民を受け入れる為に用意していたものだ。
必要になる訳ないだろと思っていたシリュウだったが、脳内で「こんなこともあろうかとぉ!」とドヤッているテイラの顔が思い浮かぶ。
「とりあえず外にそれを出してやる。中に入るかは好きにしろ。最低でもデカい柵にはなるだろ。俺は軽く沼地を見てくる。」
その後、頑丈な鉄で出来た大きな宿舎を見て天幕よりは確実にマシだと、大多数の隊員がその中に入った。強大な魔力に怯える馬もなんとか宥めて、馬用に出した鉄小屋の中に入れてやる。
残りの者はシリュウと共に夜間の偵察に出た。
「日が昇るまでは下手なことはしない。単なる哨戒だ。まあ、気は抜くなよ。」
「「「」」」こくり…!
次回は20日予定です。




