385話 装着と立ち上がり
「では足元、失礼します。」
「う、うむ。」
丁寧見習い君の説得で、義足装着のお試し会が行われることとなった。
足を失った隊員サバルガさんに、太ももを模した鉄筒を取り付けていく。太もも鉄筒は、生身部分を包む様に縁が丸い鉄腕が生えている。ちょうどイソギンチャクやクリオネのバッカルコーンみたいな形状だ。
作業自体は丁寧見習い君に任せている。
流石に相手はとっくに成人してる男性、色んな意味で足の付け根を私が触れる訳にはいかないのである。
ザバルガさんのお母さんがその補助をし、私は少し離れた位置で次の準備をしつつ口頭での説明をしていく。
「太もも鉄を嵌め込んだら、しっかりと固定してください。短時間で外すのでとりあえず頑丈に強く、お願いします。
再度の注意になりますが、鉄と触れた部分がかなり痛むと思います。ダメな時はすぐさま言ってください。」
ザバルガさんの足は、左右で長さが違った。少しでも元の身体を残そうと努力した結果だろう。
これは鉄の長さを調整すれば問題無い。短い方の固定力が弱そうだから不安だが。
厚めの布で生身部分を覆ったら、鉄腕部分の穴に通した魔法布を縛りあげて固定する。魔法布は赤いリボンの様な見た目だが丁寧君の魔法力で強化・操作され、がっちりと結びつけてもらった。
予想に反して、呪怨の鉄と触れても痛みは無い様子。古傷を切って塩を塗り込む様なものかもと思っていたけど、布越しなのが功を奏したか。
しかし、キツく締め付けられている訳だし、鬱血する前に手早くやらねばならない。あらかじめ用意してあった残り部分を持って素早く近寄る。
「失礼します。」
「頼み、ます。」
手を触れ、太もも鉄筒と膝から下部分とを癒着結合させる。
ちなみに、膝関節は真っ直ぐ固定されていて不動、足首だけが固い鉄バネと回転軸で前後方向に多少だけ動ける様になっている。
「…おお…。」
ベッドに真っ直ぐ横たわる黒い足を見て、軽い溜め息がザバルガさんの口から漏れた。
一応人の足、と言うか鎧の脛当に似せて作ったが、全部黒いのであまり見た目もよろしくない。
鎧っぽい部分は光沢を出しつつ角を無くし、通常の足部分は表面を加工操作して無光沢な仕上がりにしているが、気休め程度の効果しかあるまい。
「膝は動きません。足首部分が前後にだけ軽く動きます。」
「…、(『足が有る』。それだけで、こんなに…。)」
「ザバルガ…。」
「…、(見事な仕立てだ…。)」
すごく悲しそうな目で項垂れる隊員さん。部屋の中の空気が重い。サクッと次に行こう。
「松葉杖…、立ち上がる為の杖ですが、用意しました。
──立ってみますか?」
「…! やってみよう…。」
「いきます…!」
「む、む…!」
両脇の2人に支えられ寝台の上からズリズリと移動し、滑り台から落ちる様な体勢になるザバルガさん。短パンから覗く足が下がり、鉄の足首がコンと床に接触する。
すかさず2本の松葉杖を彼の脇に差し込んだ。
太い両腕が杖の持ち手を握りしめ、ミチミチと音が鳴りそうなほど強く握られる。
「ぐぅ…っ、ぐ…!」
徐々に身体が持ち上がっている。両側の2人が必死に支える。正面の私は前に倒れた時に受け止める体勢。
最初こそ強く力を込めていたが、身体が垂直になった辺りでバランスが取れたのか静かに動きが止まった。
「ああ…! ザビィ…!」
「ザバルガさん…!」
2人がゆっくり手を離しても、短パンパジャマ男性はやや前傾姿勢であるが、杖と義足の4本を支点に立っている。
「どう、です…? 足の接触部分、耐えられます…?」
「…っ…、」俯き震える…
「あっ不味いですか!?下ろしましょう!?」
「いや、大丈夫だ…! 大丈夫…。」
スーハースーハーと深呼吸をする彼は、ふわりと笑って言う。
その目は潤んでいる様に見えた。やっぱり痛みが走ってて、痩せ我慢してらっしゃる感じかな…。
「本当にこれをいただいてしまってよろしいんですか…?」
「はい。時間を掛ければいくらでも増やせる素材ですし、謎女が作った得体の知れない金属で良ければ。」
1度座りましょうと言ってもザバルガさんは大丈夫と繰り返し、時々ゆらゆら揺れつつ立ったまま話を聞いてくれている。
立つことはできても、歩くのはまだまだ難しいだろう。微かな可動部位が有るとは言え、アニメの機械義足の様に自在に動く足ではない。ウィ○リィみたいな素晴らしい仕事は私には無理だ。
恐らく怪我をする前から良く鍛えている人だった為、上半身の筋力だけでも体を垂直に維持できているのだ。
「しかし、それではあまりにも不義理です。せめてお金を支払いませんと…。」
「先ほども言いましたがこれは私が『生成』した物で、消耗品です。なので、気軽に考えてください。」
私の鉄は放置すれば錆びる。
アーティファクトの腕輪に亜空間収納されていれば数ヶ月単位でも錆びないし、そこから取り出したばかりなら半日程度はなんとかもつのだが、そこからはガンガン劣化するのだ。
この義足も松葉杖も数日くらいで使い物にならなくなる。
まあ、魔法で無から作った物を維持するには相当な魔力が必要になるらしいので、現象的にはそこまで違和感は無いはずだ。
氏族持ち土エルフが生み出した魔法岩なら100年経っても大丈夫、なんて噂も聞くが。
要するに「こう言うものが存在する」ってことを視覚的・体感的に理解してもらえればそれでいい。
魔法木材辺りを組み合わせれば、この世界の技術体系的に良いものが出来るはずだ。
私の役目は「再び立てる」と言う希望を与え、本人の生きる力を後押しする程度で留めるべきだろう。
まあ、どのみちこれ以上のことはできやしないけれど。
「あ、こちら簡易的な設計図、と言うか仕様書です。これを基にご自分の体に合った最適な義足と杖を作っていただければ。」
私はフリップサイズの図案を見える様に掲げ持つ。
平民出身のザバルガさんだが、属性魔法が微かに使える程度の才能は有るそう。適合する属性素材で義足を作成すれば、物体操作の要領で足を動かすことも可能かもしれない。神経接続ではなく、魔法コントロールだ。
実際、トスラの町でお世話になった1本足のおじさんも、小さな火の魔石を埋め込んだ鉄義足を使いこなしてたし。
「ザバルガさん! 我が家が全力で支援させていただきます。最高の品を作りましょう!」
「い、いやそんな訳には!」
「フェブルウスさん。最高の物も良いですが、素材をそこそこのランクにして数を揃えるのも良いかもしれません。日常使いするものですし、最低限度のコスト──えー、費用で抑えて、カジュアルに──気軽に付け替えするのも有りかと。」
「なるほど!」
「あ、あの!?」
「雨の日は痛みづらい柔らか木製ものを。遠出するなら頑丈な鋼製。家でまったり寛ぎタイムには腕だけで歩ける超短足型──みたいな?」
「それは善き考えです…!」
「お待ちを!?」
「! すみません、勝手に盛り上がってしまい…!」生真面目謝罪…
「い、いや叱っている訳では…。」
「あ、じゃあ設計図、フェブルウスさんに渡しておきますね。よく相談して上手く活用してください。」
「…はい!
やってみましょうザバルガさん!」
「…、ほ、ほどほどに、お願いします…。」半諦め半期待…
「すごいことになっちゃったわねぇ…。」半泣き半笑み…
次回は13日予定です。
あと、公式企画、夏のホラー2025に合わせて短編ホラーを書きました。
この作品をここまで読んでくれている希有な皆さまならば、楽しめるノリ…、かもしれないと思い記載します。もし良ければ一読したってください。
あんまりホラーっぽくないので期待はなさらずに…。
「水の短編 不老不死の人魚」
https://ncode.syosetu.com/n5669kq/




