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384話 お見舞いと不躾な提案

「こちらです。」


 丁寧な見習い君が体で示したのは、守備隊の宿舎からそこそこの距離に有る、町中の一軒家。


 今日は掃除のお手伝いではなく、とある隊員のお見舞いに私が引っ付いてきた形だ。



「とりあえず私は大人しく沈黙しておくので、諸々よろしくお願いします。」

「いえ、こちらこそ…。」


 私への接し方がドギマギしている彼だが、フッと小さな息を吐いて前に向きなおり気持ちを切り換えていた。

 家のドアを適度な強さで叩く。



 ギゴッ…

「まあ、フェブルウス君。いらっしゃい。」

「メアリーさん、こんにちは。」


 家の中から女性が出てきた。話に聞いていた、隊員の母親さんだろう。

 私も軽く頭を下げておく。



「こちら、ジューン隊長からです。」包みを差し出す…

「いつもありがとうございます。

 さあ、中へどうぞ。」

「失礼します。」

「失礼します…。」


 家の居間(リビング)らしき所に入り、見習い君が包みをテーブルの上に置いた。



「これは隣国の、マボアの町で取れた魔猪(まちょ)の肉です。ザガルガさんに、精力(せい)をつけてもらえれば。」

「魔猪の肉! そんな高価な物を、悪いわ。他の皆さんが食べる方が良いんじゃない?」

「先輩達もいただいたそうです。こちらの彼女、冒険者の方なんですが、結構な量の魔猪肉を提供してくれたそうで。」

「まあまあそれは…。ありがとう。」


「あ、いえ、それは私ではなく私の仲間の人が、〈呪怨(のろい)〉へのお見舞いにと、出したものでして…。私自身は魔猪肉をいただく(がわ)で何もしていませんで…。」ははは…


 シリュウさんが気前良く魔猪肉の残り(の一部)を振る舞ったんだよね…。

 まあ、他の隊員さんが食べているって言っても、遠征に出てるメンバーが土属性魔猪肉のスープを飲んでる程度で、こちらに贈るのは食べやすい柔らか火魔猪ブロック肉なんだが。


 (シリュウさんからすれば)量は少ないけど、一般家庭には十分だろう。むしろ慣れない肉を食べられるか心配なくらい。

 強力な黒革袋(マジックバッグ)の中に入っていたとは言え、1ヶ()以上前のお肉だと知ってると、ね…。これまでも美味しくいただけてるけど、他人、それも大怪我人に贈るとか色々と不安になってしまう。



「彼女も一緒に会っても大丈夫ですか? 少々提案も有りまして。」

「私達は大丈夫だけど…。

 あなた、大丈夫? あの子、うちの息子は、その…、」

「あ、大丈夫です。心配、ありがとうございます。

 私──、あ、テイラと言います。息子さんに、何か力になれることが有るかなって、お邪魔させてもらった次第でして。」

「そう…。なら、どうぞ。この奥に。」


 不安気な表情をしていたものの、母親さんは奥の部屋へと導いてくれた。



 カコッ…


「ザバルガさん、お邪魔します。」

「失礼します…。」


「おお…、フェブル。」


 くすんだ草色の髪の男性が、寝間着(ねまき)で部屋の寝台(ベッド)の上に居た。

 この方が、(くだん)の隊員さんだろう。ガッシリした体格の方だが、弱々しい雰囲気で体を起こして座っている。優しい声色で迎え入れてくれた。



「こんな格好ですまんな。」

「何を(おっしゃ)います。お元気そう、ですね。」

「どうにか、なっとるよ。

 そちらの方は…?」

「冒険者のテイラ様です。ザガルガさんにお話が有って同行してもらいました。」

「テイラです。」頭下げ…


「話…?」

「これは、ただの提案なのですが。

 ──義足(ぎそく)を、試してみませんか…?」




 ──────────




 目の前に居るザバルガさんは、両足が無い。呪いの黒大蛇に食い千切られたのだ。


 守備隊が常備していた回復薬では四肢欠損を修復することはできず、一命は取り留めたものの仕事どころか日常生活すらままならぬ身体になってしまわれた。

 そんな立派な方に、少しでも力になればと義足を作るつもりなのだ。

 もちろん、本人や家族に拒絶されなければ、だが。


 私は鉄で椅子を2脚作り、見習い君──フェブルウスさんと共に座った。

 ザバルガさんのお母さんにも着席を促し、親子共々話を聞いてもらう。


 謎い鉄を私が自在に操れることを示し、この金属で仮の足を作る流れを説明するのだ。




 シャーーーーー コツンッ…




 魔猪ボディ型カバーが付いた発条(ゼンマイ)仕掛けのミニ鉄車(カー)が、ベッド脇に設置した簡易レーンの上を走り、行き止まりの壁に当たって止まった。



「まあ…。」唖然…

「…、いやはや…、これは何とも…?」困惑…

「まあ、この通り、簡単な構造であればどんな形にでも成形できます。

 ですので、ザバルガさんの体格・要望に合わせたベストな──最適、な、足形を作ることができるかと。」


 私の鉄細工レベルを提示する為の実演(プレゼン)だが、効果は今一つの模様。感心とか(プラス)の雰囲気は微塵も無い。



「フェブル? こちらの彼女は名の有る貴族に連なる方なのでは…?」

「私もそう疑ってます…。」


「いえいえ。全くもって、そんなことは有りませんよ~。私はそこらの浮浪者(ふろうしゃ)と変わりない、怪しい謎女ですので。」いそいそとミニカーとレーンを仕舞いつつ…


「ふ、む…? (本物の浮浪者は、『浮浪者』と言う言葉すら知らぬものだが…。)」

(なんだか深い影を感じる子ね…。苦労したんでしょうね。)

「…、(素性の知れぬ者を、我らが隊長が迎え入れる訳が無いのですよね…。)」内心全否定…


 三者三様に微妙な空気が流れている。掴みを完全にミスったか。



「もちろん、私や私が作ったものが信用できないってことで断ってくれて構いません。私の鉄は、触れるとひどく痛む可能性が高いですし。

 昔、先輩冒険者で、片足が無い方が居てその人に鉄の義足を作ったことが有りまして。今回も同様に、ザバルガさんの、何か力になれるかも?と、軽く(うかが)っただけなので。」


 言葉を重ねるが、戸惑いの雰囲気はそのままだ。

 まあ、唐突過ぎたよね。とりあえず、今日はこの辺りで撤退かな。


 そう思っていたら、隣の見習い君が顔を上げ神妙な声色で意見を述べた。



「ザバルガさん。テイラさんの提案を受けてはみませんか?」

「フェブル? 何を。」

「足が有れば、また歩くことができれば、生活は大きく変わります。」

「そうは、言うが…、」

「何も今すぐ動けと言うつもりはありません。任務に()けなどと言う気も毛頭(もうもう)ありません。ただ。ただ、(むく)われてほしいのです…!」


 フェブルウスさんの声に熱が(こも)る。


 黒大蛇が襲ってきた際、ザバルガさんは狙われた後輩隊員を(かば)ってこんな大怪我をしたらしい。

 その後輩と言うのがフェブルウスさんのお兄さんだったそう。彼にとって、目の前に居るこの人は家族の命の恩人なのだ。



「また、貴方の元気な姿を、見たいのです…。」


次回は7月6日予定です。

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