383話 できることからコツコツと
「それじゃシリュウさん、お気をつけて。」
「ああ。」
シリュウさん達が「帰らずの沼」に出発する日がやってきた。
この町で待機する私の仮住まいである守備隊の宿舎の前で、お見送りである。
魔鉄家は既に収納している。あのまま広場の一画で私が住んでも良かったが、隊員達が訓練やらで使う場所の傍では流石に落ち着かない。
それに、持ち運べる家って観点で見ればシリュウさんの方にこそ必要なものだし。
携帯できる食料やアクアのお水も大量に収納してもらったし、なんとかなるだろう。いざとなればシリュウさん単体で高速帰還して、再補給からのとんぼ返りなんてこともできるはずだし。
「何日かかるか分からんが、手早く戻る。なるべく、大人しくしてろよ?」
「はい。雑用とか料理研究とかして、ばっちり待ってます。」
「…。(無性に不安になるな…。)」
そこはかとないジト目で私を見上げるシリュウさん。
何かを疑われている…? ちゃんと不法入国の償い分の働きはしますよ?
「…、では、イーター殿…。」軽い緊張…
「ああ。」
人間打ち上げ花火をされた彼…、名前何だっけ…? とりあえずズタボロ君(今は綺麗な遠征装備の格好)に連れられ、シリュウさんは出発隊の方に合流したのだった。
──────────
「さて、と…。」
私はこれからしばらく寝泊まりをさせてもらう宿舎の建物を見上げる。
石造りのそこそこ綺麗な外観だ。しかし、静かで、微妙に陰があると言うか、重苦しい雰囲気を感じる。
「まあ、今は皆さん、お仕事中だしな~…。」静かなのは当たり前…
何も遠征に全員が出払っている訳でなし。町の治安維持のパトロールや門番としての歩哨、町の外での魔物退治等など、業務は多岐に渡るだろう。
部屋は元々余裕も有り、〈呪怨〉の大蛇による犠牲者の方の分、空いている場所も有る。そもそも町の中に実家があってそこから通っている隊員なんかも居るだろうし。
「ま、考えてても仕方ない。まずは行動あるのみ。」
事前に聞いていた場所へと向かうとしよう。
──────────
「本当に、『掃除』をするのですか?」
「はい。」
宿舎の駐在員の待機場所に居た青年──見習いの隊員らしい──は、私の話を聞いて目を白黒させていた。
「ご迷惑ですか?」
「いえ、手伝っていただけるのは助かりますが…。」
個々の部屋の中は普段、各隊員が自分で掃除しているが、共同スペースなどは隊員見習い達が持ち回りで綺麗にしているそう。
冒険者見習いご用達の清掃任務と同程度なら私にもできると思って提案したのだが。
「何か、部外者の私では不都合が有りますか?」
「いや…、隊長から、強大な高位冒険者のお仲間様と聞き及んでいたもので、こんな見習い仕事を何故、と疑問が湧いたのです。」
「あ~、確かにシリュウさん、えっと、特級クラスの冒険者と一緒に行動してますけど、私自身は素人に毛が生えた程度の力しかないんですよ。料理とかの雑事をこなす、小間使いってところでして。」
「…、なるほど、そうでしたか。
では、よろしくお願いしますね。」
「はい。精一杯、やらせていただきます。」
──────────
「ふぃ~…、うん。良い感じだな。」
「「…、」」
部分的にだが、かなりこざっぱりした廊下を見て満足気に溜め息を吐く。
暗い、鬱々とした空気を払拭するには、やはり徹底的な清掃に限るな、うむ。
「やっぱり土足で歩くから、土汚れが凄いですね。もう水が真っ黒…。」
「「…、」」
一緒に作業してる見習いさん2人から反応がない。
独り言への無視もできるなんて意識が高い子達だ。両方とも17歳より年上に見えるけど。
「水、換えてきますね。よっ、と…、」身体強化──…
「あ、自分が行きます!」
「あ、おい。」
「そうですか? お願いします?」
「はい!」
鉄製モップバケツの太い取っ手を片腕で軽々と掴み上げ、元気な若者は水場へと駆けていった。
私はモップを立て掛けて、もう1人の方を見る。
駐在員として最初に話をした彼は、何とも言えない表情で自身が持つモップの柄を凝視していた。
「使い心地、悪いですかね? 太さとか重さとか調整しますか?」
「え!? いえ、大丈夫です!」
「遠慮しなくていいですよ? 急に押し掛けてきたのはこちらですし。『役立たずが変な道具を押し付けてきやがって!』くらい言っていただいても、構いません。」
「何の、話です…???」混乱中…
今回、作業効率化の為に、私の鉄で作ったモップとバケツを提供している。
両方とも小学校なんかでよく使ったやつだ。
ハンガーみたいな三角の構造部分で適当な布を挟んで固定し、立ったまま床磨きができるモップ。
ハンドルの付いた2本のローラーでモップの布をサンドイッチし水を絞り出す機構を取り付けた、四角い鉄バケツ。
初めて見ただろう道具に戸惑ってたから、てっきり押し付けがましい女に辟易したのかと思ったのだが。
「いや、なんか反応が薄いから、気分を害されたのかと…。」
「気分を害すだなんて、とんでもない。
ただ、自分は…、こんな精密な魔法で、掃除道具を作る貴女に、驚いただけでして…。」金属細工の精度と機能性が…
恐らく、彼も貴族の出なのだろう。言葉使いがとても丁寧だし、所作も洗練されている。
魔法能力がそこそこ有って、当主を継ぐ予定のない、下級貴族の次男か三男と言ったところか。国防の為に日々、攻撃魔法・防御魔法を鍛えてる様な職種の人からすれば、生活雑事に使う魔法など二の次・三の次だろう。
「ははは。精密な魔法なんてとんでもない。自分で生み出した鉄しか操れず、空中に浮かべることもできず。形を細かく調整できるだけの、土魔法じみた、真似事金属操作ですよ。」
「いえ…、真っ当に素晴らしい魔法かと思いますが。」
う~ん、しかしそれは『魔法』じゃなくて〈呪怨〉の産物なんすよねぇ。
そのことを目の前の彼が知れば、何と思うことやら。
「戻りました!」ゴトンッ!
「よし。じゃあ、再開しましょうか。できるところまでガンガン行きますよ~!」
「おうっ!」やったるで~!
「…、はい。」自分も頑張ります…
次回は29日予定です。




