382話 打ち合わせと念入りな準備
「すみません、シリュウさん…。」
「? 何がだ?」
「想像以上に大事になったと言うか…、シリュウさんに全く非の無いことで手間を掛けさせることになったと言うか…。」
〈呪怨〉に関係すると目される、沼に棲む黒い蛇の話を聞いた後。
私達は守備隊が訓練で使う広場の一画を使わせてもらい、そこに魔鉄家を設置して中で休んでいる。
しかし、私の気分は重怠い。
軽く協力を引き出してスムーズに事を運ぶつもりが、とんでもなく重大な案件になってしまった。
「むしろ良くやった。」
「はい…?」
シリュウさんの顔を見ると、かなり真面目な表情で私を見ている。
「なんでお礼の言葉が返って来るんです…??」
「このまま素通りしてたら、間違いなく寝覚めが悪かったからだ。」
「シリュウさん、全然寝ない人じゃないですか…。」
「関係有るか?意味は通じるだろ?」
「いや、まあ、多分。」
「数年後になって、ここの被害を聞いたら確実に胸糞が悪くなっていた。
あの勇者どもに苦しめられた奴らを救えるんだ。テイラの助言は、確実に良い方向に働いてるぞ。」
実は驚くべきことに、呪いの蛇の出現に「勇者一行」が関わっていたのだ。
シリュウさんと激突する以前、勇者達はこの町に滞在していたのだが、その時に「ここから北東方向の土地に『呪い』の気配が有る。」と言って勝手に討伐に出たらしい。
で、数匹の黒い酸蛇の首を持って帰り、「『帰らずの沼』と呼ばれる場所は『呪い』の影響を受けていた。そこに棲まう魔物を退治したので安心されよ。」と恩に着せて、食料なんかの更なる融通を暗に要求したそう。
彼らはその後町を出て隣国に行った訳だが、それからと言うもの、沼近くの村々に行方不明者が続出し「謎の黒い大蛇」が出現していることが確認されたと言う流れだ。
それは奴らのことを「忌々しい」なんて言う訳だよ…。
「まあ、直接的に勇者達が関わったかは定かじゃないですけどね…。」因果関係が…
「何を言ってる。どう考えても、あいつらの要らん手出しが原因だろう。」時期的にも場所的にも…
「勇者達が居なくなったタイミングで、たまたま〈呪怨〉持ちの魔物が移動してきた、とか…。」
「無いな。ここはギルドロードから多少離れてるとは言え、大陸通行の要の国だぞ? 魔物の駆除・討伐は疎かにしてねぇ。守備隊の奴らも悪くない練度だったしな。」
「まあ、そう言われると…。今までは単なる沼地だった、って話ですもんね…。」
「大方、俺と戦う前に余計な損耗を避けたいとか、くだらない理由でおざなりなことしかしなかったんだろう。結果、その沼に居た『何か』をいたずらに刺激して放置した。
ったく…、光魔法は多少なら〈呪怨〉に対抗できるってのに…。──どこまでも頭の軽い奴らだ。」
シリュウさんは侮蔑の滲む嫌悪の表情をしている。
決めつけの先入観で物事を為すと大体の場合は失敗の元になるが、勇者達と実際に対峙している訳だし、その見識は私の適当推論よりは正確だろう。
「その件は理解しました。
それで、確認なんですけど。私、本当にこの町で待機なんですか…?」
「…。不満、か?」
「いや、申し訳ないって言うか、言いだしっぺでシリュウさんを勝手に焚き付けた私が、後方で何もせずぬくぬくしてるのは、居たたまれない感じが…。」
「気にする必要はない。
その『帰らずの沼』とやらは聞けば、相当に広い所でほとんど湿地帯みたいなもんだ。素人にはかなり過酷だ。それに、酸蛇は相性が悪いんだろ?」
「ええまあ。酸蛇の酸は、私の鉄を物理的に溶かしちゃいますからね…。」
「なら無理するな。
守備隊の奴らも付いてくるって言ってきかねぇし、あいつらのお守りをするだけで手いっぱいだ。」
人力車に乗っての移動も無理だし、沼地の上じゃ鉄の家を設置するのも一苦労だろう。そんな場所に体力一般人以下の私が行っても邪魔になるだけではある。
「分かりました。
私は、サポート…、沼地での行動を楽にする道具作りなんかで後方支援するとします。」
何人が付いてくるかは定かでないが、屈強な大人複数人を率いての泥沼への行軍だ。事前準備は念入りかつ幅広くやっておかねば。
「そんな便利な道具なんか有るか?」
「ん~、とりあえずはボート…、鉄の小舟なんかを複数用意したいですね。沼の中はほとんど池みたいになってる所も有るだろうし、水の上の移動用に。」
「…。なるほど。」
「運搬はシリュウさんのマジックバッグで問題無いし、数は用意できる…、あー…、酸蛇対策で、魔鉄製の舟にするべきかもですね。シリュウさんの褐色魔鉄なら、酸に溶けない気もしますし。」
「確かにそう思うが、どうだろうな…?」実際は…
「なんなら、酸蛇の酸液を用意して実験しておくのも良いかもです。
あ。小規模の沼ならシリュウさんが焼いて乾かせますよね?」
「ああ。」
ここに来るまでにちょこちょこ魔鉄をストックしてあるから、地形変化の使い捨てアーティファクトはそれなりの数が揃っている。乾かした地面を隆起させれば、作戦行動の自由度は格段に上がるはず。
「なら、そこに前線基地的な、仮の拠点を置ける様に簡易版の鉄小屋を…、物見台みたいな塔タイプの方が良いかな…?」
「守備隊の奴らの為か? そこまでしてやる必要も無いだろ。あいつらも天幕だの、装備は持っていくだろうしな。」
「まあ、念のためですよ。シリュウさんの場合、黒革袋の中に入れれば重くて動けないなんてデメリットも発生しないんですし。」備えあれば何とやら…
「…。テイラの体力は減るだろうが…。」
それぐらいの消費は払って然るべきだと思う。
舟、家、あとは靴? 忍者の「水蜘蛛」みたいな沈まない装備とか…、いや、それは隊の物が有るだろうな。
「あー…、蛇の捕縛用に、鎖の束とかも有ったら助かる…?」
「滅殺するだけだ。捕縛なんざしない。」
「…周辺地域の今後の為に、研究保存なんかを、」
「しない。
そもそも捕まえるなら、適当な魔法で拘束するだろうが。」
「…それもそうですね…。」
となると、あと必要なのは、
「食料…、と、水…。沼で火を焚けるかは怪しい──いや、赤熱魔鉄が有るからやれないことはない。ワンタンスープを大量ストックぐらいか~…。水は、飲み水以外に万が一、酸が掛かった時に洗い流す為にもかなりの量が必要…。あ、泥とか落とすのにも要るな…?」
「…。それくらい、守備隊の奴らも自力で用意はするだろう。
まあ、水精霊の精霊水は有った方が助かるが。」
「今のアクアの水、ほぼほぼ回復ポーションですもんね。」
「怪我の治療ってよりは、〈呪怨〉を押し流す為だがな。」
「あー、そっちか。
なら、アクアをまるごとお貸ししましょうか。一緒に付いていった方が──」
──パカッ… にょ~ん…!
ベチンッ!!
「痛いっ!?」おでこ!?
『まったく、私を道具みたいに言うのは止めてくれないかな。』ぽよんっ!
アクアの念話が頭に響く。ついでに痛みも反響してる。
痛ぁ~…。これは危機察知の範囲外ってこと~…!?
「いや、あのね、アクア。〈呪怨〉のヤバい蛇が居て、その対策に──」
『おや、第2打をお望みかな?』ぽよひゅんっ!ぽよひゅんっ…!
腰のポーチの上に陣取ったアクアが、青いぷるぷる触腕をビュンビュンと素振りする。
「テイラ。そいつはお前のお守りに付ける。連れてはいかん。
水精霊。お前の水を寄越せ、大量にな。」
『ふむ、良いだろう。』ぽよふり~…
「…はぁ~い…。」さすりさすり…
次回は22日予定です。




