38話 実験とレシピ
いやぁ、久々の揚げ物はなかなか成功だったねぇ。
シリュウさんの油はかなり良い品質だったのか、何回揚げても酸化しなかったようで衣が黒くならなかった。
魔力の籠った油ってのは凄いね。地球だったら食堂のガチガチ唐揚げ一直線だよ。
あ、唐揚げ忘れてた。まあ今度で良かろう。
シリュウさんが揚げ物をしてる後半、ある実験を提案した。
揚げたカツを鉄の蓋で閉じた皿に入れて、マジックバッグの中に入れて貰う実験だ。
呪いの鉄だから嫌がるかなと思ったが、手早く蓋をして革袋の中に入れてくれた。
いや、驚いたね。信頼してくれたこともだけど、あっさり亜空間に消えたことがだ。
私の鉄は魔力を弾いて散らす。
マジックバッグの影響下に入るには所有者の魔力に馴染まないといけない。体積がゼロになったと言うことは私の鉄をシリュウさんの所有物として魔力で染め上げたってことだ。
どれだけの魔力を籠めたのやら。
実験は更に続く。いくつ入るか、魔力消費の感覚はどれくらいか、詳しく調べていく。
「なんでそんなに気にするんだ?」
ふむ。若干嫌がってるか。美味しいカツを噛ってる上でだから、かなり嫌ってことだな。
「いえ、もし乾燥効果を私の鉄が抑えるなら、あらかじめ料理を入れておいて温めるだけでいつでもどこでも食べれるような感じにならないかなぁ、って…」
「それはいいな!!」
予想通りの反応。しかし、私は釘を刺す。
「その代わり腐る可能性もあります!早まらないでください。」
「そう、か…。」
「だから実験ですよ。どれくらいシリュウさんの魔力を消費して、どんな変化をするのか。障気を消す効果は及ぶのか。乾燥はどのように進むのか。色々調べて有効な部分を活用するんです。特級ランクの魔力と呪いの副産物ですからね、慎重にやりましょう。」
薪の勢いを強め過ぎて少し焦げたカツを実験確認用に切り分ける。
蓋をせず皿のままのやつを2つ、蓋付き皿のが6つ。1つ+3つで1グループの、2グループに分ける。
片方はシリュウさんの革袋に、もう片方は外にそのまま確保する。
それぞれ記号と数字を刻印して、っと。
「なんでこんなに分けるんだよ?」
「えっと、比較の為ですよ。蓋が無いやつは鉄で完全に覆うやつとの比較。蓋付きのグループ3つは、翌朝、24時間後、1週間後…違う、6日後に確認するやつです。」
「…? まあ良い。それで料理を保存出来るか判別する訳か。」
「どんな条件でどれだけ劣化するか分かれば、適切な保存が可能になりますからね。特に、マジックバッグの維持にどれだけ魔力を使うかはシリュウさんにとって死活問題です。慎重に魔力の変化を感じておいて下さい。」
「ふむ。納得した。注意するとしよう。」
そろそろ、日が沈む。片付けを軽くして今日はもう寝る時間だな。
シリュウさんが使い終わった油鍋を素手で掴んだ時は驚いたが、そのまま口の開いた革袋の中に置いた時は「燃える!?」って叫んでしまった。
「俺のマジックバッグがこの程度の温度でどうこうなる訳無いだろ。」って、アホの子を見る様な目で言われた時は、頭にハリセン叩きこんでやろうかと思ったね。
熱い油の側に居る人に、そんなことしちゃいけない!と自制心を総動員して我慢したけど。
つーか、油、蓋して無いけど…。まあ元々乾きづらいって言ってたか? 実験結果次第で考えれば良いか…。
かまどの中の灰は私が確保する。
かまどの内側の焼けて変質した部分をなんとか変形させて灰を入れておく箱にする。まだ熱いから触れ無いように慎重に…。それ以外の無事な部分は腕輪に収納っと。
「灰は何に使うんだ?」
「え?特に考えてませんけど。」
「はあ?」
「いや、灰とか超便利グッズじゃないですか。特に今回は強い火力でガンガン焼いたから質の良いのが大量ですし。確保するしかないでしょう?」
「??」
「私的に使うならお手製の液状石鹸の材料になりますし。食材の毒を中和したり、畑の酸性度を下げるのにも使えます。つまり需要が有ってお金になるんです!」
「何言ってんだ?」
「あれ? そんなにおかしなこと言ってます?」
おかしいな? 短い冒険者時代でも貴重な収入源だったんだけどな?
まあ、いいや。とにかく私のものにさせて貰おう。
とりあえず、風で飛ばないようにして、冷め易いようにうすーく広げて、明日の朝には持てるようになっているだろう。うん。
──────────
さて、あとは…。
鉄の板を作って、板の表面をアームの先で意識しながらなぞって…。
「今度は何してんだ…?
それ以上になんでその髪留め、光ってんだよ…。」
今は夜。左のアームの先に緑に光る髪留めをセットしてライトスタンドにしている。
「え?夜に書き物する時に便利なんですよ?私じゃ明かりの魔導具使えませんし、油が高くてランプは維持できませんし。」
「魔法を自ら発動する異常アイテムの使い道がランプかよ…。」
「魔法で暗闇を見えるように目を強化するなんてこともできない非魔種ですから。すっごい助かるんですよ。
…っと書けた。これをどうぞシリュウさん!」
私は文字を刻み終わった鉄板を手渡す。
訝しみながらも受け取るシリュウさん。
恐らくシリュウさんなら暗闇でも何が書いてあるか読めるだろう。
「おい、これって…。」
「カツの作り方のレシピです!」
材料、手順を一部イラスト付きで解説したレシピを、薄い鉄板に刻んで書き留めた。
「これならいつでも見返せるでしょう? シリュウさんの革袋の中に一応入るみたいだから実験も兼ねて受け取って下さい。」
「俺はやり方を理解しただろ。なんでわざわざ…。」
「まあ、もし忘れた時用と言うか、普通の調理器具でやる時とか他人に作らせる時の説明用に。と言うか。」
「…。どう言う意味で言ってる?」
「私が居なくなった時に活用していただければ、と思って。」
「…。」
「まあ、私、いつ死んじゃうかも分からないですし、シリュウさんはきっと長生きするでしょう? こうやって文字にしておけばいつでも基本に立ち返れますから。」
「あのなあ…!」
「冗談でも、卑屈になってる訳でもなく、事実ですよ。」
「…。」
「まあ、料理作るだけなら究極、誰にでもできることですから。シリュウさんへの恩返しを考えると、ちゃんと形で表そうと思いましてね。ポーション代金返済の現物としての品ですよ。受け取っていただければ幸いです。」
「…。」
「また時間がある時に、蒸し器を普通の鉄で形成する時の注意点とか、新しい揚げ物のやり方とか書きますんで楽しみにしておいて下さい。
それじゃ、そろそろ寝ますね。」
設置しておいた鉄テントを開ける。
シリュウさんは木に寄りかかって寝るらしい。鉄の簡易な椅子だけで良いそうだ。そんなんで休めるのかね?
「お休みなさい。シリュウさん。」
「…。ああ。お休み。」




