377話 番外編 嵐が去った後の町の日常
この作品(略称は「2度失敗」か「このどう?」になるのか…?)の総文字数が、100万を超えました。
つまりは、400字の原稿用紙に換算すれば、2500枚に達すると言うこと…。
1日に1枚分だけを書いたとしても、1年で雑に400枚なので6年掛かる計算…。
暇人過ぎるぅ~…。デジタルって凄いですね。手書きとか絶対無理…。
そんな訳(?)で、記念の別視点回をお送りします。
──ドウッ!!!
「ぐっほッ…!?」ドガッ…!!
土魔猪の鋭い牙が、腹部に突き刺さる。
そのまま身体を木の幹に叩きつけられた。
ローリカーナ=イグアレファイトは、飛びかけた意識をなんとか保ち、その牙を両手で掴む。
体内の魔力回路が物理魔力両面で緩衝材となり、内臓は無事である。もちろん貫通もしていない。
しかし、痛いものは痛い。しかも腹は先日、ふざけた武器で強打された場所だ。応急的に直した鎧は容易くひしゃげて用を為さず、再び穴が空いてしまった。
あの時身体を貫いた、雷のごとき激痛が嫌でも思い返される。
「…っ…! (『竜炎掌』ォ!!)」念じて魔法起動…!!
「グオッ!?」
自身の口先に灯ったそれなりの火炎に、魔物の猪が軽く怯む。
「!!」火炎の剣…!
「しっ!!」風の槍…!
「グガアッ!?!──アァ…ァ…。」
その隙を逃さず、討伐騎士達の攻撃が浴びせられる。首を半ばまで切られ、目を貫き脳を潰された魔物は、断末魔の悲鳴をあげやがて動かなくなった。
「…大丈夫か?」
「む、無論、だっ…!」
「…私達は解体が済むまで待機だ。そちらもしばらく休め。」
「こ、この程度、休むま、でも、ない…! だ、が。キサマらの、回復を、待ってやろう…。」ひぃ… ふぅ…
「…、(痩せ我慢も…、)」
「…、(ここまでくれば、立派だな…。)」
同僚達の労いの言葉を謎理屈で流し、ローリカーナはフラフラとその場を離れ、適当な岩に座りゆっくりと息を整える。
蝶よ花よと育てられた令嬢時代からは考えられないほどに過酷な現在。特攻兵として華々しく散る覚悟をしていたにも関わらず、のうのうと生かされている苦悶の日々。
だが。身体に、魔力回路に、強烈な負荷が掛かる度、己の魔法能力が向上しているのが分かる。
決して抜け出せぬと思っていた自身の限界と言う「殻」が日々砕け、外の世界へと手を伸ばし深く息を吸うことができる様になった。
(『灰の中から甦る火鳥』…。)
自身の内に宿るらしい、忌まわしい精霊もどき。その特性だけが、今の彼女が持ちうる唯一の強み。
ローリカーナは自らの右腕をじっと見下ろす。
1度は完璧に「切断」された、この腕。魔法を扱う者として致命傷を受けた肉体。
絶望の中に居た自分をさらなる底へと叩き落とした、再生の始まりにして最大の屈辱。
それをもたらした青髪の小娘の顔が頭を過る。
(端女…、否、テイラ。
私は必ず…! キサマを超えてみせる…!!)ガッ!
再度の決意と共に、拳を強く握って岩に叩きつけるローリカーナ。その目には、ゴウゴウと赤い闘志が燃えていた。
「ん…?」何だ…?
フォン… フォン… フォン…!!
ドガッ! ガガッ!! ゴンッ!ガンッ!!
「ぐお!? な、なん…!? 止めんか──ぐモッ!?」腕で防御、回避、顔面強打!!
ローリカーナの周囲に大小様々な石が現れ、バーゲンセールに集った主婦の様に殺到する。
岩の下に岩魔蟻の巣の入り口が有ったらしい。不用意な魔法の刺激に外敵迎撃モードになった彼らの攻撃は苛烈であった。
異変に気づいた同僚達に助けられるまで、ローリカーナは岩石の雨霰をその身に受け続けることになる…。
──────────
「──は討伐完了。隊員達は無事です。ローリカーナ様も現在は無傷。損害はあの方の魔鎧及び隊服──。」
「ふむ、そうか。ご苦労。」書類にサイン…
マボアの町の司令所、専任官ベフタスの執務室。
召喚竜の視界を通して、特殊竜騎士のナーヤが報告をしていた。
「ローリカーナが曲がりなりにも、魔猪討伐に貢献できるとはな。感慨深いものだ。」書類チェック…
「そうです、ね…。」
「バンザーネの方はどうしてる?」書き書き…
「はい…。…えー…、大量の涙を流しつつも、作業をこなしております。進捗率は目標の3割…いえ、2割ほどかと…。」
「日を跨ぐだろうな。」次の書類…
「はい…。」
お馬鹿侍女バンザーネは、「模擬戦において眼球狙いの致命的魔法狙撃を行った咎」により懲罰任務に就いていた。雑に言えば、激不味危険植物「竜火」の実を擂り潰し有効成分だけを抽出する作業を、隔離された部屋で行っている。テイラがもたらした実験の追跡検証だ。
召喚竜は隣の部屋から水晶板越しに監視していた。
「(一先ず、こんなもんか。) ナーヤ。少し茶に付き合ってくれ。」作業中断…
「は…? はっ。お供します。」
自ら秘蔵の蜂蜜を取り出し、淹れたての茶に投入したベフタス。それを2つ用意し、対面に座らせたナーヤにも勧める。
「ほら。カミュにもこれをやろう。」匙に入った蜂蜜…
「キャーイ♪」チュパチュパなめなめ…
「あ、ありがとう存じます…。」恐縮…
「叱りつける訳じゃないから緊張しなくていい。」静かに茶を飲みながら…
「は、はっ…。」
「いやな? どうも、ナーヤが何かを気にしてる様子だったからな。聞きたいことが有るなら、言ってくれて構わない。」
幾分砕けた雰囲気になり優しい顔になったベフタスは、穏やかな声色でナーヤに語りかける。
「ローリカーナのことか? あるいはバンザーネの待遇に不満か?」
「い、いえ、そちらではありません。むしろ、私を含めここまで寛大な措置で良いのかとも思う次第です…。」
「相手のシリュウが気にしていないからな。こんなものでいいだろう。」
「そ、そうですか…。」
ゆったりと茶を飲むベフタスの様子に、ナーヤは意を決して問い掛ける。
「私が、気にしているのは…、テイラ殿のことでして…。」
「ん? あの青髪の嬢ちゃんか。何が気になるんだ?」
「その…、テイラ殿が…、『闇属性の竜騎士』であるとの噂を、ベフタス様が流させているのは、何故なのでしょう…?」
先ほどの書類の中には、司令所から人を遣わし件の噂を様々な形で広める依頼が含まれていた。
「それを気にしていたのか。
簡単に言えば、彼女を守る為だ。」
「守る、ですか…?」
「まず、そうだな、あの青髪の嬢ちゃんは厄介な力を持ち、厄介な立場で、そして我々に甚大な利益をもたらした。ここまでは良いな?」
「はい…。」
〈呪怨〉の力や竜喰いの連れであることを暗に示しながら、ベフタスは解説を続ける。
「場合によっては排除すべき存在だったが、それは回避された。敵対する必要はなく、むしろ彼女から貰った恩に報いなければならない。
その為に、あの嬢ちゃんを『闇の竜騎士』ってことにしておくのさ。」
「それが、本当にテイラ殿の為になるのでしょうか…?」
「ああ、そこか。なるぞ。
『黒竜の竜騎士』と聞いて、ナーヤはどんな印象を受ける?」
「それは…、そんな存在は居ない、でしょうか…?」
「そうだ。その通りだ。
闇属性のドラゴンなどと言うのは存在しない。少なくとも、このコウジラフ国内には確実に居ない。そしてそんな竜と契約を交わした竜騎士なんてのも当然居ない訳だ。」
「はい…。その通りです…。」
「つまり、架空の生き物、夢枕に聞かせる、おとぎ話の中の存在だ。
そんな話を耳にした時、人は、嘘や冗談の類いだと思う。そして、頭の有る奴は『何故そんな嘘が広がるのか』を考える。」
「…、『隠したいことが有るから』と考えるのでは…?」
「そう考える奴も居るだろう。だが、本当に隠したいことってのは、バレない様にするもんだ。」
「そう、ですね…。今回の場合では、あからさま過ぎますね。」
「そうだ。だから、大抵の奴はこう考える。『何か、冗談みたいに不味い存在じゃないか』とな。」
淡々としたベフタスの語りに、薄ら寒くなるナーヤ。気持ちを落ち着かせる為、目の前の茶をこくりこくりと飲む。
「頭の足りん奴はそれでも手を出すだろう。だが、そんなもんは嬢ちゃんもシリュウも軽く払える。
大多数の、普通の奴らはきちんと警戒して適切な距離を維持し、観察するに留まる。
そして耳目の良い奴らは、この『冗談』の出所と、それが生まれた経緯を調べあげて、絶対に手を出してはいけないことを正確に悟る。
結果的に、嬢ちゃん達を煩わせる輩を減らせる、って寸法だ。」
「な、なるほど…。
…大変勉強になりました。ありがとうございます。」
「ま、実際どうなるか未知数だがな。
あの嬢ちゃんの場合、自分から嵐を巻き起こす性質だから意味ねぇか、とも思うんだ。」
「否定、できませんね…。」
「端から見てる分には面白れぇんだがな。」
「はは…。」少し乾いた笑い…
疑問が晴れてすっきりしたナーヤは、茶の道具を片付け執務室を辞した。
再び書類を読み込む為に専任官の椅子に座ったベフタスは、西の方に目をやりながら呟きを溢す。
「──まあ、闇属性の精霊竜は居るし、あの嬢ちゃんは実際のところ、あいつを乗りこなしてるみてぇなもんなんだがな。」
──────────
『──了解しました。「黒いドラゴンを乗りこなす騎士」の噂、広めておきます。』
『ああ、頼む。』
マボアの町にある広場の一画。
そこでは魔法を使った中距離念話が行われていた。
『では、そちらの報告を。』
『はい。新たに加わった上級冒険者パーティ「燃える炎剣」の素行調査──』
『ああ──』
『ギルドマスター・ナッサンと、花美人族の女冒険者・紅蕾の関係は──』
『うむ──』
『魔王の娘、特級職員ダブリラに関しては、例の水氏族エルフと親密な関係に──』
『ギルドのお偉方も大変だ──』
人知れず交わされるやり取り。
報告が一段落したところで上司の方から言葉が投げ掛けられる。
『「赤の疾風」を抜けた魔猫族の斥候の話だが、そちらについては風魔法通信ではなく報告書をあげると言っていたな。どうなっている?』
『…、すみません、ウル──彼女に関しては、事情が複雑に過ぎまして。精査した内容を今まとめているところで…、』
『ああいや、急かしている訳ではない。風魔法を自在に操り常に通信でやり取りをする君にしては珍しいと思ってね。』
『いえ、そんなことは…。』
本職の魔法騎士やその従者に任ぜられた者達と比較して、ただの魔法使いの域を出ない自分では体力や運用面で劣る。
報告者の彼女は、そんな思いから謙遜の言葉を口にしていた。
『ウルリには、先ほどの「黒竜の騎士様」が深く関わっておりまして…。理解しがたい複雑怪奇な手出しを何度も行っていて、確定情報──』
「──あらぁ~? こんにちはぁ~。」
「!!」
突然、声を掛けられた。
風魔法通信を即座に切断し、彼女は冒険者の自分に戻って声の主の方を見る。
「あー。こんにちはー。」のんびり笑顔~…
「ウルリと仲良くしてくれていたぁ~、フーミーンさん、ですよね~?」
「そうですよー、ウルリのとこのママさん。」
その頃には、広場の反対側に居た上司はハンドサインを出してその場を後にしていた。
「気配が無かったんでびっくりしましたー。」
「ごめんなさいぃ~…。つい、ウトウトとすると闇魔法が漏れちゃってぇ~。
何か、お邪魔してしまったかしらぁ~…?」不安に心配…
「いえいえー。風魔法の練習で、周りの音を拾い分けてただけなんでー。」お店の音とか井戸端の噂話とかー…
「ふわぁ~…! 凄いですね~!」
花咲く様に笑む、植物使いの花美人族。
推定200歳超えの力有る夢魔であり、超級に成りかけた英雄的人物だとは思えないほどおっとりとした雰囲気だ。
フーミーンは内心の警戒レベルを最大限に引き上げつつも、表面的にはゆったりと間延びした言葉使いで先輩冒険者に応対する。
「買い物ですかー?」
「ええ~、最近はちゃんとお日様を浴びる為に、こうして町の中を移動がてらぁ~。」今日もぽかぽかで気持ち良くって~…
彼女の頭に生えている巨大な花も、春の野花と同じく咲き綻んでいる。意識を向ければ、ほんのり甘い蜜の香りが漂ってくるほどだ。
つい最近まで寝たきりだったこの花美人を回復させたのも、呪怨の鉄使いの仕業である。
「そう言えばー、今、町では例の彼女、テイラさんのことが噂になってるみたいですよー。」
「あらぁ~、どんなお話ですか~?」もう町を出たのに~…?
「なんでもー、あの人が黒いドラゴンを従えた、秘密の竜騎士だった、って話ですー。」
「ああ~、町の外でやった武闘大会の時のことですね~。」
「あれ、凄かったですもんねー。」
「ええ~。私、食べられちゃうかもって、ちょっぴり怖くなりましたもの~…。」歯が鋭くギザギザで~…
「竜喰いさんの魔力、放ってましたからねー。」火魔力がビカビカって~…
「凄いですよねぇ~。」
「怖いですよねー。」
嵐が過ぎた後も、町にもたらされた爪痕は色濃く残り、日常に彩りを添えるのだった…。
次回は18日予定です。




