376話 旅日和と今後の予定
「………ん~………。良い、天気ぃ………。」
私を乗せた人力車が、春の草原をゆったりゆったり進んでいる。
後ろには中身満載の4輪箱型荷車が繋がっているので、平坦とは言えただの草原を突き進む以上速度を出せないのだ。まあ、人力車も荷車も、魔鉄サスペンションもどきや異世界ゴム素材なんかで衝撃を和らげる機構を施してるから全然無茶はできるのだが。
「…。」てくてく…
魔鉄製の人力車や荷車本体 + 山盛り生鮮野菜・酒等が詰まった樽 + 人間1人の体重を一身に引っ張っているとは思えないほど軽やかなシリュウさん。中身はびっくり人間だが体格は子どもなこの人のことを思えば、特に催促する必要も感じない。
「………まさしく、“歩く様な速さで”………。」
ほわ~~…、と擬音が聞こえてきそうな程の、うららかさ。
春の陽気に、毛布代わりの外套が必要なちょっと冷える風が心地良く、名も知らぬ色とりどりの花々が咲きほこる草原…。これぞ、オープンワールド、スローライフ。
「………ん~…。.h○ck G.U.………のジーユーは………、ガーディアン・オブ・ユビキタス………偏在の守護者………。あと、ゲート・オブ・ユートピア………理想郷の、門………。
他は、何だっけ………?」
うむ…、12個くらい有るんだったっけな…、確か…。グローイング…? いや、グローブ…? グルー・アップ…で「成長」…、
ユー…、ユー…、ウー…、ウロボロス、は有ったか…。Un…、「否定」の接頭字…、アン、デッド……?
「冷たい、手に………。………暗渠へと滴って………、愚かの民は、みな…ごろ……、………。」むにゃむにゃ… ぐぅ…
「…。(訳の分からんことを言いながら、寝やがった…。)」てくてくてく…
──────────
「…ぅお………?」
暗い。
あれ、夜…??
「起きたか。今日は鍋にした。もうすぐ食えるぞ。」
声のした方を見れば、灯りの側にシリュウさん。
褐色魔鉄のかまどの前で、魔導具の柔らかい光に照らされながら岩に腰掛けている。
かまどにセットされた深紅魔鉄のプレート上には、大きな鍋が煮えていた。
「お、おはようございます、こんばんは。ごめんなさい…。」
「変な挨拶だな、気にするな。テイラは寝れる時に寝ておけ。」
気にした様子もない普通の顔で鍋を掻き混ぜるシリュウさん。
いやぁ~…、移動初日からやらかした…。
助手席に座ってるだけの人間は、せめて運転手の話相手ぐらいはしないといけないのに…。
しかも、むしろシリュウさんは出発直前の模擬戦で体力を使った側。その上ご飯の準備までやってもらったとか…。飯炊き女の存在意義が危機ですよ…。
とりあえず、仕方ないのでまず動こう。
座席から振り落とされない様に体に着けていた固定を外して、立ち上がる。設置してくれていたタラップで、人力車から降りた。
うぅ~~~っ。思ったより体がバキバキ…。確実に寝過ぎだ。
「料理はいいから、ちゃんと体が解せ。それから飯にしよう。」
「…は~い。了解です、ありがとうございます…。」
──────────
「あぁ~…美味しかった。ご馳走さまです。」手を合わせ…
「やっぱりこの『みぞれ鍋』ってやつは良いな。」無限に食える…
今日のメニューは、鶏肉いっぱいの大根みぞれ鍋だ。日が落ちて冷える夜にはぴったりの温かご飯である。大根の消化酵素でお肉が食べやすく、野菜もたっぷりで栄養価満点。
日保ちしない食材を大量投入した贅沢な1品だった。
まあ、異世界食材な関係で紫色の大根をしてるから、相変わらず見た目のインパクトは凄いのだが。それにつけても美味さが正義である。
「さて、と…。」
後片付けくらいはやらないと罰が当たるのだが…。
シリュウさんはまだまだ鍋を食べるつもりらしく、追加の具材を投入し、大根を下ろし金でゾリゾリと擦っている。終わる気配は今のところない。
「どうかしたか?」
「いえ、別に、何か、できることないかなぁ~…、と。」お役に立たねば…
「…。そうだな…、流石にまだ寝ないよな? 適当に話でもしてくれ。暇潰しに。」ザリザリザリ…
ん~、話か…。日本のマンガとか娯楽の話題でもいいけど…。
「じゃあ、まずは、今後の予定の確認でもいいですか?」
「いいぞ。」
「これから私達は西に進んで、ゆくゆくは大陸中央に向かうんですよね?」
「そうだな。」ザクザクと野菜を切り刻み…
「大陸中央での目的は、私を、シリュウさんのパーティに正式に加入させる手続きとか、呪怨持ちの私をギルドの庇護下に置いて、身の安全を確保するとか、ですよね?」
「ああ。上手くいくかは分からんから、探り探りだがな。」
「あと、ミャーマレースのクラゲ頭関連で泉の氏族とコンタクト…、まあ、顔繋ぎをすると。」
「詫び代わりに色々と便宜を図らせる。多少は使えるだろう。」鍋にドバーッと投入…
水氏族・土氏族のエルフが中心になって国々が栄えているのが大陸中央の特徴だ。〈呪怨〉と拮抗でき、自然と調和した文化を持つ彼らが居る所ならば色々と過ごしやすいかもしれない。
「んで、直近の予定としては、どうやって大陸中央に入るかが悩ましいんですよね?」
「だな。」鍋を掻き混ぜ混ぜ…
今居る大陸東部と中央と間は、雑に言えば「くびれ」ている。大陸の北と南が通行不能なのだ。
大陸中央は「台地」と呼ばれる程度に標高が全体的に大きく、東部よりも山脈1つか2つ分高くなっている。その境目たる場所のいくつかは、地面そのものに巨大な亀裂が入り、海水が流入する大渓谷の様な有り様なんだとか。
なんでも、1000年前の大魔王大戦(私命名)で地殻変動が起き、大陸が上下前後に「割れた」影響だそう…。なんか知らんが半端無い話である…。
私のぼんやりとしたイメージは、アフリカ大陸とユーラシア大陸の繋がりみたいなイメージだ。航空写真を見れば1発なんだけど。
その為、行き来するには、エジプトみたいに陸路が接続している部分を通るのが手っ取り早い訳だが…。
「東西交通の要、キーバード国。そこに、シリュウさんに敗北した『勇者らしき一行』が滞在し続けている…。」
「…。だな。」鳥肉うめぇ…
シリュウさんを害獣認定して襲い掛かり、聖剣を折られて返り討ちにあった【煌光国】の旅団。会えば確実にトラブルが起きる奴らが、そこに居座っている為に通りづらいのだ。
まあ、聖剣が無くて勇者としての証明ができず、彼ら自体が身動きできない状態でもあるらしいが。自業自得である。
「やっぱり、キーバードを避けて、北か南を抜けるのが正解ですよね。」
「俺だけなら、それで良いんだがな。テイラには相当キツいぞ。」くたくた葉ものをもぐもぐ…
「でも、勇者一行に接触するよりはマシでしょう? 呪怨持ちの私とか、絶対に敵対の対象でしょうし。」
「そう、なんだがな…。上手く会わずに、キーバードを通れないもんか…。」
国としての規模だから広さは有るだろうけど、安全に通れる接続部分はかなり限定的な狭さらしいから、そこで接触されると身動きが取れず危険なはず。
「ま、実際に近くまで寄って、情報収集しつつ。様子見して、臨機応変に行くしかないですね~。」
「まあ、そうだよな。」出汁をごくごく…
着いたら勇者達が本国に引き上げて居ない、とかって可能性もある。ギルドの積み荷に紛れて秘密裏に移動…、とかもできるかもだし…。
なんとかなるっしょ~。
次回は11日予定です。




