375話 ケジメの模擬戦、あるいは強い者いじめ
「『竜炎掌』ォ!!!」
濃淡赤髪のおバカ貴族、ローリカーナが火炎の塊を放つ。
大人の背丈ですら飲み込めるほど巨大に展開された手のひら型の炎が向かう先は、ぼーっと棒立ちしてるだけの黒髪の子ども。
そんな無防備な一般市民を、握り潰すかの様に炎の手が直撃する。
端から見たら、凄惨な弱者虐待のワンシーン、であるが。
「…。」ぼーっ…
まあ、子どもでもなく一般人でもない特級冒険者に、そんな攻撃が効くはずもなく。
完全無傷・無変化で、焼けた草原に立っていた。
「くっ! 『ドラゴンクロー』ォ! 『ドラゴンクロー』ォ!」ゴオゥ! ゴオゥ!
「…。」だらーっ…
ただただ、無駄撃ち練習発表会と化してるな…。
なんでこうなったんだか…。
──────────
私達の出発を邪魔する様に現れた、ローリカーナとおバカ従者。最初こそ、別れの挨拶だの元部下が迷惑を掛けた謝罪だのを口にしていたのだが、奴の要求は結局のところ「伝説の『竜喰い』と、最後に手合わせがしたい。」と言うものだった。
私個人相手なら、ナーヤ様への恩義代わりに戦っても良かったがシリュウさんにそんな義理は無い。
こんな直前に押し掛けてきやがって礼儀知らずが、と鉄ハリセンを構えて近づいていたところ、シリュウさんからまさかの了承が出たのだ。
気が変わらぬうちにと、そのまま草原で模擬戦が開始されたのだが…。
まあ、結果は見ての通りである。反撃どころか防御・回避もせず、シリュウさんは気の抜けた顔で為すがまま完全上位者の振る舞いをしていた。
「シリュウ、大丈夫かしら…。」
「おいおい何を馬鹿な心配してんだい。」
帰る間も無くそのまま観戦することになったミハさんとダリアさんの親子が、私の隣で会話している。
「だって、あんなに大きな炎に包まれるのよ? 普通、怖くて苦しいじゃない。」
「シリュウの魔法耐性があの程度で抜ける訳ねぇだろ。髪の毛1本、燃えやしないよ。」
「でも、息もできないだろうし…。」
「ハッ! あんな散発的なもん、余裕で息継ぎできるよ。そもそもシリュウは1時間でも無呼吸で動ける。」
それは普通に化け物過ぎません…? いや、今さらの話ですけども。
「…。」ゆらりと腕を振る…
「数、1! 高密度火球! 迎撃を!」
「!」『岩球』発射!
ヒュルル──ゴオオォッ!!
無抵抗に飽きたのか、シリュウさんから反撃の火炎球が飛んでいく。
だが、分身召喚竜達を展開し偵察するナーヤ様の警告に従い、おバカ従者が土魔法で即座に迎撃、空中に爆炎の大輪を咲かせるに留まっていた。
「! 数、3! 同じ攻撃!」
「…。」ヒュン、と一斉投擲…
「っ!」『岩球』!『岩矢』!『岩盾』!
ゴオゥ!! ゴオゥ!! ボオオゥッ!!
「…! (無詠唱で、かつ紋様も刻印も不使用! 『活性魔法』による攻撃…!)」
「っ! (それでこの威力…! ふざけた真似をしてくれますわね!)」
「『ドラゴンクロー』ォ!」
状況把握のナーヤ様、防御のバンザーネ、攻撃のローリカーナとバランスの良い役割分担はできている。
だが、悲しいかな。まるで!全然!程遠いんだよねぇ!!状態である。
そんな状況に焦れたのか、ローリカーナが火炎手を連発しはじめた。
「あ~あ、自棄になっちゃってまあ…。」
「いえ、あれは『目眩まし』でしょうな。」
「顧問さん?」
「本命の一撃を隠す為に、火魔法を連続発動しておるようです。」
「多分、あのバンザーネ様が強烈なのを放つんじゃないかなぁ。」土魔力の高まりが…
あんなバカ従者に様付けなんて必要無いですよ、トニアルさん。
「『岩矢刺突』…!」──キィン!
「」ガインッ!
2人の言う通り、おバカ従者が必殺技らしきものを放った。
橙色の輝線が火炎の塊を貫きながら追い抜き、シリュウさんの顔面に直撃する。着弾した場所は左目だ。エグい。
「どうだ見たか! よくやったバンザーネ!」
「はっ!」誇らしげ…
「ナーヤ! 回復薬を持っていけ! 竜喰いならまだ死んではおらんだろ──」
「ま──で──!」わな… わな…!
「ん、どうした?」
「まだ! です! 対象、無傷ッ!!」
「なっ!?」
「無傷!? 有り得ませんわ!」どうやって防いだと言うの!
「──目蓋…! 目蓋、です…!!
竜喰い殿は、目を閉じただけです…!!」
「ばっ──!?」
「馬鹿な…!?」
ダリアさんによると、バンザーネが放った攻撃魔法は大きさこそ小石程度だが、込めた魔力は中級クラス。金属に近い硬質さを保ち、纏わせた魔力による貫通性能は本職の槍使いによる魔槍刺突に引けをとらない威力だそう。
それを、いくら異常なほどの身体硬化が有るとはいえ、薄い肉皮でしかない目蓋だけで防ぐとか…。常識外れも甚だしいな…。
「忌々しい、化け物め…!!」
「模擬戦を頼んだ相手に随分な物言いだな。」余裕の返答…
「正当な評価だろうがっ…!!」
「そうか。非竜騎士。」真顔皮肉…
「」ギリィッッ!!
「! いけません、ローリカーナ様!」
キレたおバカ貴族が突っ込んだ。シリュウさんの眼前に立つと大きく腕を振りかぶる。
「『竜炎掌』オオォッッ!!!」
首を魔導具の籠手で掴み、そのまま焼きつける様に炎を噴出させた。
「──温いな。」
「ぐ、くっ…!?」ギギギッ…!!
うわあ…。シリュウさん、首を絞められてるのにめちゃくちゃ涼しい顔してる…。
加害者側のはずのローリカーナが苦悶の表情とか、意味不明過ぎるんですけど…。
見てるだけで苦しくなる自分の首を擦りながら戦闘の行く末を案じていると、ローリカーナがゆっくりと手を離し、後ろに下がった。
「キサマの強さ、理解した…。」
「そうか。気は済んだか?」
「まだだ。
次は、キサマの全力を、私にぶつけろ。」
「断る。」
「罪には問わん! キサマの守りは抜けずとも! その攻めからは生きのびてやる!」
「俺の『全力』なんざぶつけたら。お前、消し炭も残らず死ぬんだよ。」罪がどうこうの話じゃねぇ…
「私は『火の精霊』を宿している! 死なん!」
「馬鹿だな。お前は精霊じゃねぇだろ。」
「馬鹿とはなんだっ!」
「俺の全力はその弱い精霊すら消滅させるって言ってんだ。」
ギャンギャンと吠えたてるローリちゃんを無視して、シリュウさんは自身の腕に着けている「金属の輪」をそっと撫でる。
「まあ、いい。ベフタスへの礼代わりだ。
本気の攻撃はくれてやるよ。」コオオォォ…
「! ようやく得物を抜いたか…!」
シリュウさんの腕輪が片方光り、次の瞬間にはその手に「トンファー」が握られていた。
硬度自在の褐色魔鉄で出来た打撃武器である。
「ああ~。シリュウさん、収納の腕輪を、実戦で試したかったんだ…。」
「あの腕輪、魔猫族の娘に作ったやつだろ?」
「ええ、ウルリには使えなくてお蔵入りしたやつです。」
「武器を一瞬で出し入れできるのは、便利だねぇ…。」
風魔大手裏剣用に開発した腕輪型収納だが、細かい改良を加えてシリュウさんの魔鉄トンファー入れに転用したのだ。
超大容量の魔法革袋が有るから魔鉄のみが少量入るだけの腕輪は不必要かと思っていたが、やはり別口にしておくと取り回しが良いらしい。気に入ってくれた様で何よりである。
シリュウさんは感触を確かめつつ、トンファーの長い部分を前に出し、警棒の如くゆったりと構えた。
「! 来ま──!」
「!?」『岩盾』緊急展開!!
スタッ…
バキッ!! メキャッッ!!!!
「~~っ! ──ァ……ァ………。」ドサァ…
し~ん…
「「ロ、ローリカーナ様ぁ!?!」」
うん…。あまりの超速展開に、今見た光景を脳内処理できなかったから、ちょっと落ち着いて振り返ろう…。
まず、身構えるローリカーナの前に、シリュウさんが瞬間移動してきた。そのまま薙ぎ払う様に右腕を振るう。
守る様に大きな岩の盾が間に入るも一瞬で粉砕され、トンファーの長軸がローリカーナの腹部を直撃。鎧がひしゃげる気味の悪い金属音と共に、シリュウさんの腕がめり込む。
そして、まともな声すらあげられぬままローリカーナが崩れ落ちた…。びくびくと微かな痙攣を繰り返して動かない…。その口元には赤い液体が見える…。
「痛そう…。」お腹さすり…
「まあ、内臓が破裂してるだろうね。」
「そんな普通にさらっと…。」えげつない事実を…
「受け身も取れねぇ馬鹿に構うかよ。」後ろに跳べばマシなのによ…
ミハさんとトニアルさんそして私は、青ざめた顔で身体を掻き抱くことしかできなかった…。
「」ピクピク…
「『不死鳥』は死んで生まれ変わる度に強くなる。お前も、何度も『死』を経験することだ。そうすれば多少はマシになる。肉体的にも精神的にも、な。」トントン…
シリュウさんはそう言って、満足気にトンファーを撫でて収納した。
なんとも言えない後味の、お別れ会だったな…。
“雉も鳴かずば撃たれまい。”
余計なことはしてはいけないと言う教訓でした。
次回は5月4日予定です。




