373話 パレードと迂遠なそそのかし
ヒュルルルル~…
薄曇りの空に、赤い光の玉が昇っていく。
町中から見る私の視界では米粒くらいの大きさしかないそれは、やがて雲に突入して見えなくなった。
不発の花火かな? なんて感想が頭を過った頃、ボバッ!!と言う音が聞こえてきそうな勢いで雲に大穴が空く。
青空を丸く切り取った様な巨大な穴の中心に浮かぶ、小さな赤い点。極小の疑似太陽とでも言うべきそれは、射し込んできた日光にも負けず劣らずの存在感を放っていた。
「シリュウさんの、火魔法…。やっぱりとんでもないなぁ…。」
都市規模の高気圧を生成維持とか訳分かめ…。
町の住人達が天候を変える魔法に興奮する中、それをたった1人で成したびっくり人間を思い、遠い目になる私だった。
冒険者組に遅れること数日。今日は、竜騎士を含む小隊規模の魔法騎士達が、攻略前線基地へと出征する日である。
彼らは、騎士らしく馬に騎乗しての集団移動だ。強制的な出発日和の下、その堂々した行軍は町の人々に歓声をあげさせる。
「白い、ドラゴン…!」
「翼も無ぇし、蛇みてぇな首してっけど…!」
「ああ、すげぇもん見れた…!」
…まあ、先頭を行くフーガノン様が騎乗しているのが、大きな馬サイズになった首長竜型ドラゴンのロザリーさんで。生のドラゴンライダーを見て興奮してる面が強そうだが。
「お気をつけて、ロザリーさん…。」静かに手を振る…
「ウォオオォォォォ…。」澄んだ音色の鳴き声…
彼らのパレードが通り過ぎた後も、町の人達の賑わいは衰えることなく続いている。多くの食べ物屋台が出ていて経済効果も高そうだ。国威発揚と言うか軍事力アピールと言うか、司令所の意図した通りの姿なのだろう。
さて、お仕事を頑張ったシリュウさんに何か買って帰るとしますか。
もっと門に近い所で紅蕾さん達が豚汁を出してるし、この近辺では魔猪肉の串焼きとかを──
「無いとはどういうことだ! こっちは並んでやったんだぞ!!」
せっかくのお祭り気分を害する怒鳴り声が聞こえてきた。
ま、人が多いと色々出るよね。とっとと離れて…、
あれ…? あのおっさん、確か──
──────────
男が、屋台の女店主に食ってかかっていた。
商品を買う為に並んでいたが、予想以上の客入りで材料が尽きたらしく売り切れだったのだ。
店主は30代くらいの、顔に傷跡の有る女。荒事に慣れた雰囲気で、男の剣幕にも一切怯まず応戦している。
「だから材料を取って来るまで待てっつんだろ。」
「これだから女は! 準備も録にできん下手くそが飯なんざ出すんじゃない!」
「うるせぇ。」
舐め腐った客の態度に、女店主がすぐさま強硬手段に出た。軽く前に突き出した女の手のひらに、小さな火球が生成される。
「とっとと失せろ。」ボオォ…!
「は、──ハっ! 何を馬鹿な。俺は客だぞ! そんなことをすれば、お前が捕まるだけだろうがっ。」
「」無言で火の玉増強…!
「は、ハッタリを──!」
ガション… ガション…
そこに割り込むやたらと耳障りな金属音。
「──失礼、ご婦人。蒸し栗もどきを10個、いただけるかな?」ギシ… ギシ…
異様な姿の人物が現れた。
女店主も男客も、騒ぎの仲裁に来た兵士も囃し立てていた野次馬も、皆その姿を見て固まる。
硬質な黒い金属板らしき物で造形された、全身鎧の巨漢の騎士。
2メートル近いその体は素肌が一切見えないほどガチガチに覆われており、全くもって素性が知れない。
黒騎士とも言うべきその人物は、妙にくぐもった声と共にゆっくりとした動作でギルド紙幣を会計台に置く。
「…、見て分からないか? 今、売り物は無いんだよ。」冷静警戒対応…
「ふむ。だがこんなパレード──騎士の、行進? まあ祭りの日だ。材料は相当量を用意されていたのでは?」
「まあな。」
聞けば、ギルドの倉庫に追加の材料を置いてあるらしい。1人で店を切り盛りする彼女は、1度閉めて取りにいくつもりだった様だ。
「ならばそれを取ってくれば作れるのだな。」
「そうだけどよ──」
「そこの冒険者。ひとっ走りしてはもらえんか?」
「…、俺か…?」
黒騎士が、野次馬の中に居た冒険者に声を掛ける。
声を掛けられた男──上級ランクの冒険者パーティのリーダー──は、突然の指名に驚きつつも近くに寄った。
「いや、まあ、良いけどよ…。
あんた、竜喰いさんとこの──?」
「そうかそうか、行ってくれるか。なら手早く頼む!」背中をバシン!
「お、おう…。」すげぇ痛ぇ…
黒騎士の正体に勘づいていた彼は無駄な抵抗は諦め、女店主に詳細を聞くとすぐに駆けていった。
町でも有名な実力者がパシリに遣わされ唖然とする野次馬達。女店主は考えるのを放棄し、黙々と調理の下準備を始めていた。そんな空気の中、黒騎士が次の一手を打つ。
「そちらの御仁。お互い待つ間、少し話をしよう。」
「は、はい…。」
完全に呑まれていた男客は、黒騎士にあっさり従う。
鉄のテーブルと椅子が虚空より現れ、屋台の脇のスペースに置かれた。
「あ、貴方様は、この町の騎士なのですか…?」
「いや、所属はここではない。ただのしがない一般人だ。」
「さっき貴方様が遣いに出した者は、ここの上級冒険者だったはずですよ…?」外部顧問殿が紹介してくれて…
「足が速そうだったのでな。」
「いやはや凄いですな…。」
──────────
「なるほど。その『黒泥』とやらの販売にあなたの村からこの町まで来たと。」白々しい頷き…
「ええ。」饒舌に話す…
黒騎士を貴族か何かと勘違いした男は、世間話をするほどにすっかり大人しくなっていた。権力者には巻かれるタイプである。
「持ってきたものは全部、売りさばけたんですがね。その先の定期購入、と言うやつですか、渋られまして今交渉中なのですよ。」
「ふむ、それが上手くいかず、先ほどの騒ぎに?」
「はは、いやはやお恥ずかしい。」
「この町は冒険者、粗野で、実力のある者達が多く居る。あなたの様な方が手をあげれば返り討ちに会いますぞ?」
「その時は兵士の皆さんが不届き者を捕まえてくださるでしょう。」
自身の正義を微塵も疑っていない男は、堂々と胸を張る。
「ここは、危険で巨大な魔物と戦う前線基地だ。町の仕組みとして、冒険者は重要な戦力。兵士達が彼らをないがしろにはしませんぞ?」
「そんな、こちらは被害を受けた側ですよ?」
「屋台を出して食事を作ってくれる元冒険者の女と、短気を起こしているどこの者とも知れぬ村人。周りの人間がどちらの肩を持ち、兵士からの聞き取りに何と答えるか、予想はつくのではないですか?」
「む、むぅ…。」
「村長たる者、常に余裕を持って優雅たれ。
あなたが人の上に立たれるのであれば、周囲にどう見られるかは常に意識しておくべきこと。短気を起こすことは不利益しか生みませんよ?」
「そう、ですな…。」
あくまでも男を立てつつ、この町が間違っていると言うニュアンスで諭す黒騎士。
その丁寧な物言いを、男はすっかり受け入れた様子だった。
「あなたが短気を起こしたのも、村の先行きが不透明で不安になられておられるからでしょう。」
「心配いただきありがとうございます。」
「私から何かアドバイス──助言を差し上げられればよろしいのだが…。」ガツン…
そう言って黒の金属指を兜の顎──ではなく、本体の頬に当てようとして鎧の胸の位置だが──にやって思案する黒騎士。
その手の動きは女性らしい動作だったが、気をよくした男はまるで感知していなかった。
「その『黒泥』とやら、見た目を変えてみては如何だろう?」
「変える、とは? 作り方を新しくしろと?」
「否。村の女性達が長年受け継いできたものなのでしょう? そこを変えては肝心の味が変わってしまいます。
なので、その見た目を工夫するのですよ。」
「いや、しかしそんなことは…?」
「例えばそうですな。その『黒泥』を搾ってみてはどうか。」
「しぼる…?」
「目の細かい布で包み、『汁』だけを絞り出して分離させるのです。泥の様な見た目から、黒い液体になれば、忌避感は減るのではないかと?」旨味成分抽出…
「おお…!」
黒騎士からの提案に目を輝せる自称次期村長の男。
拙い頭でも理解できる発想の転換に、ビジネスチャンスの匂いを感じとる。
「いっそ、名前も新しくしても良いかもしれません。正しく優れたるもの、『正優』などどうでしょう。」
「良い…、良いですな!」
「いつかあなたが村長になられた際には、村の名前も『ショウユウ村』になるかもしれませんね。」
「正優村…! それは素晴らしい…!」
「その為には村の女性方と適切に付き合っていくことが肝心です。甘やかしてもいけませんが、締め付け過ぎも良くない。彼女らにしかその調味料は作れないのですから。」
「ですな。うむ、村長として上手く使いますとも。」
似非ではあるが統治者として清く正しく歩もうと志を新たにする男を、黒騎士は内心うまくいったとほくそ笑みながら満足気に見ていた。
「頑張ってくだされ、醤油村の村長様?」
「はっはっ! ええ、やってやりますとも!」すっかりその気…
異世界味噌に引き続き、異世界醤油、爆誕なるか。
それにしても黒騎士の正体は誰なんでしょうねー?(すっとぼけ)
次回は20日予定です。




