370話 見送りと別れの挨拶
細々とした雑多なイベントをこなして数日ほど。
ついに、大森林魔境攻略隊が出発する日がやってきた。
マボアの町の南門には十数人の冒険者が集まり、見送りに来たツルピカハゲが激励の言葉を掛けている。
そちらから視線を切り、私は空を見た。
快晴とは言いがたい薄曇りの天気だが、これから徒歩で移動する彼らにはむしろ過ごしやすい日和だろう。
「雨瑠璃~…! 気をつけてねぇ~!」
「ん。紅蕾も。」
側ではこちらも別れの挨拶をしている。
ウルリは屈んで、鉢植え車椅子のママさんとハグし合っていた。ミールさんをはじめとした「蜜の竹林」の何人かも思いおもいに声を掛けている。
慕われてるねぇ、ウルリ。
「無茶すんなよ?」
「いや、それはアニキにこそ言いたいんですけど…。」騒ぎを呼び寄せ過ぎです…
「こっちは問題無い。」
「心配しなくても大丈夫だよぉ~♪ 迂回くんもウルリんも、レースちゃんも♪ まとめて面倒見てあげるから~♪♪」ルンルン♪
「一番の不安要素が何か言ってる…。」呆れの眼差し…
「鉄っち辛辣ぅ~!」ケラケラケラ♪
シリュウさんも魔鉄家から出て、お見送りである。
特級の輸送員であるウカイさんは、攻略の為の前線基地に各地からの物資を届ける仕事をしていたが、ここからは冒険者組の補給線として随行するらしい。内側が亜空間に繋がる服型の魔法袋には、水や携帯食料、毛布、簡易住居などがたっぷり収納されてるんだとか。
森林魔境を探索中に採取した魔法植物なんかの回収・運搬の役割もあるみたいで、魔王眷属撃破以外の面で非常に重要になるそう。流石、特級。
「闇属性の門…、『星夜の導き』?でしたっけ? 長距離集団転移ができるらしい魔導具が使えたらもっと楽だったでしょうにね。」
「あれは冒険者ギルドの外で運用するに、色々と制約が多いですから…。」
「魔王の眷属を倒しに行くんですし、便利な物は使うべきだと思うですけどね。」徒歩移動はなぁ…
「魔力の少ない方には少々毒にもなりますから。あと、私も疲れ果ててその後の動きに支障が出ますので…。」はは…
闇魔法で空間跳躍門を作れる件の装置は、軍事的な影響力が有り過ぎるから冒険者ギルド外で使うのを原則禁止されているらしい。
大陸中央のギルド本部と使用される国の上層部とで綿密に計画を立てて、双方の承認が有ってようやくと言ったところだそう。
「移動は大丈夫でしょ♪ なんたってレースちゃんが居るしぃ~。いざって時は、ね?♪」
「…、」無言無表情棒立ち…
挨拶を交わすことなく沈黙したまま離れた位置に固まっているのは、クラゲ頭こと泉氏族エルフのミャーマレース、それとそのお供の水エルフ達だ。ダブリラさんが話を振っても、澄ました顔で無視である。
「本当に大丈夫なんですか~…?」不安要素その2が不安過ぎる…
「大丈夫大丈夫♪ レースちゃんの『水魚』、乗り心地かなり良いんだよ~?」
「いや、能力ではなく。」
「…、」
一般的な馬車では、人が乗って長距離移動するとかなり身体にクるみたいで、体力の有る冒険者達は歩きで向かう。
それでもずっと歩きづめはキツい為、クラゲ頭の魔法に乗せて移動する計画も組み込まれているのだが…。
「プライド高そうなこいつが、一般冒険者達を運ぶのかな…。」心情的問題…
「…、何をぶつぶつ言ってるのかしら。」
「あ、聞こえてました?」口に出してたか…
「他人を馬鹿にしないと気が済まないのね、お前は。」育ちの悪い…
「あなたほどじゃありませんよ~。」にっこり~…
「」イラァ…!
「止めとけ。」ゴンッ!
「痛っ!?」
シリュウさんからお叱りを貰ってしまった。軽く硬化の魔法を掛けていたのか素手にも関わらず、かなり痛い…。
くう~…! 今のは私の態度が悪過ぎたか…。少し反省…。
「こんな態度してるけど、ちゃんとやる時はやるもんねぇ~? レースちゃん♪」
「したり顔で何を語っているのかしら。」
「真面目で♪ 寂しがり屋の♪ 可愛い可愛いレースちゃん♪ の・こ・と♥️」
「きっ、気色悪いっ! 頭のおかしい発言は止めなさい、ダブリラ!!」鉄リボン杖を構える!
「あ、頭おかしい…。うぅ…、レースちゃんに嫌われたぁ~…。」よよよ…
そう言ってショックを受けた様に泣き崩れる灰色夢魔さん。空中に浮いた体をくねらせ、何故か私の肩にしなだれかかる。
嘘泣き茶番は何処か遠いところでしてくれませんかねぇ…?
「ちょ、ちょっと! 何も鉄鍛冶師に泣きつくことないでしょう…!?」あせあせ…!
「うぅ…、鉄っち、慰めて~…。」しくしく…
「そこらの地面にでも泣きつけばいいと思うよ。」ベシッ!と払い除ける…
「辛辣過ぎぃ~♪」空中くるくる回転~♪
「何を2人して遊んでいるのっ!」
クラゲ頭がその青いクラゲ足髪を大きく揺らして、大声を出す。頬が紅潮しているがこの表情、怒りじゃなくて、もしかして嫉妬か…? 百合の花の間に勝手に挟めないでもらえますかねぇ…、面倒臭い。
そんなミャーマレースの様子に気づいたのか、ダブリラさんが空中回転を止めて真面目な顔で近づいていく。
「ほら、レース? 機嫌直して?」イケメンボイス…
「べ、別に、機嫌など損ねてませんわ。」プイッ…
「レースの実力は、私が良く知ってる。期待、してるんだよ?」
「お、煽てたところで、何もしませんわよ…!」顔真っ赤…
そう言いながらも、右手に巻きつくヒラヒラ呪怨鉄を振り、青く輝く魔法紋様を描いていくクラゲ頭。
その輝きの中から次々と、水で出来た巨大な生き物が飛び出してきた。
「冒険者達! 特別に私の魔法で移動して差し上げます。光栄に思いなさい!」
「ふふ、良い子だね、レース。」頭撫で撫で♪
「ひ、人の上に立つ者として、当然、です…!」
う~ん、なんかいまいち気分の上がらないツンデレだなぁ。客観的に見れば、ビジュアルも言動も王道で、悪くないはずなんだが。
チョロ過ぎて、感慨も何も無いんだな。うん。中身、アレだし。
突然の事態が飲み込めず様子を窺っていただけだった冒険者達だったが、自身の前に来た水製の騎乗生物にベタベタと触れて確かめ、あっと言う間にその上に乗っていく。
パーティ単位で水の亀の甲羅にまとまったり、個人で別れて水魚の背びれをがっしり掴んだり…。流石は冒険を生業する人達と言ったところか。適応力パネェ。
「行きますわよ!」
「またね~♪ シリュウくぅん♪ 鉄っち~♪」
水の白魚に腰掛け前を見るクラゲ頭と、その身体を抱き締めながらこちらを振り返って手を揺らすダブリラさん。
その後に続いて、大きな歓声と共に水生生物の群れが空中を泳ぐ様に滑っていく。
「…、私も、行ってくる…。」
自身の横を泳ぐ妙に小さな水魚を横目に見ながら、ちょっぴり煤けた雰囲気のウルリが私達の方を向いた。
「クラゲ頭と灰色夢魔の相手、頑張ってね? 無理そうなら、諦めて逃げた方が良いからね?」
「ん…、そうする。」
「…。まあ、達者でな。」
「本当にお世話に、なりました。」頭下げ…
「ウカイさん、ウルリのこと、ちょっとで良いんで気に掛けてあげてください。」
「ええ、もちろん。」ふわりと苦笑い…
颯爽と草原を駈けてゆくウルリの背に届くよう、大声をかける。
「また、いつかー! 元気でねー!」
「テイラも!」手を挙げる…
次回は30日予定です。




