369話 懸念事案の処理、あるいは心の闇を払う手段
「──いったい何なのですか。わざわざ呼び出して。」
不機嫌そうな少女の声が響く。
くねくねと伸びた水色のキラキラ髪、クラゲの足を彷彿とさせるそれを優雅な仕草のつもりなのか、手ではらりと払う泉氏族エルフ、ミャーマレースだ。
「陽射しに活力の温もりを感じるこの良き日、ご足労いただきまして、ありがとうございます。」ぽよふり~…
「………、」気持ち悪い…
頭の上に巻き貝スライムを乗せている為、頭を下げられず目礼するのみの私を、しかめっ面で見るクラゲ頭。ちょっとイラついているみたいだが、まあ必要な措置だし、こいつ相手にへりくだるつもりも無いからこのまま続行するだけだが。
「本日は大森林魔境領域攻略隊に関しまして、大事な告知と言いますか『お目通し』をしておきたく、召喚させていただいた形になります。」
「………、」無言鳥肌…
ここは魔鉄家の南側、町からは死角になる場所。
私の側には、自然体のシリュウさん、竜骨棍棒を地面に刺したダリアさん、私の背中に隠れる形で怯えているウルリ、の3人が居る。
奴らが来た時に腰掛けていた巨大な水の浮遊魚達は既に消されており、一緒に来ていた水エルフの侍女達は数歩下がって静かに待機しているが、すぐさま戦闘に移れはするはずだ。最大限の迎撃態勢は維持しておきたいと考えこのメンバーに集まってもらっている。
「早く用件を言いなさい。こちらはあなたに構うほど暇ではないのですから──」
「そんなこと言って♪ 鉄っちを見返す為に『卵』を手に入れようとしてたくせに~♪」
クラゲ頭の横でふわふわ浮いていた灰色夢魔さんが、ニヨニヨ笑いながらミャーマレースをからかいはじめた。
「な…!? 何を言うの!ダブリラ!!
わ、私はっ!! そこの、食欲の獣が暴走を予防する為に食材確保の──!」
「はいっ♪ 嘘~♪ シリュウくんにあげるなら、まず質より量でしょ~。卵に拘った時点で何を気にしてるかなんて明らかだよ~?♪」
「拘ってなどいませんっ!! そもそもそんな行動はしてないでしょう!」
「そりゃそうだよ~♪ 十分な数を確保できる訳がないって結論づけて、無力な自分を隠す為に逃げたんだから~♪」
「じっ、事実無根です! 私はそんなこと──!」
「──考えてたんだよね? 可愛い可愛いレースちゃん…♥️」ニマァ~…!
「っ!」
金の瞳に怪しい紫オーラを宿したダブリラさん。
クラゲ頭は弾かれた様に、右手首に付いたリボン金属をヒュルリと巻いて短杖型にし、夢魔の顔面に突きつけた。その表情は熟れたトマトの如く真っ赤だ。
「痴話喧嘩は余所でやってくれます? ダブリラさん。」
「誰が痴話喧嘩ですかっ!」超否定っ!
「鉄っち、ひど~い♪ せっかくレースちゃんを連れてきてあげたのに~♪」
「それはどうも。
でも話を進めたいんで、そいつを刺激するの止めてもらっていいです?」
「緊張で硬くなってたからほぐしてあげたんじゃ~ん♪」
「はいはいそーですね。」サンキュサンキュ…
「感謝がおざなりぃ~♪」ケラケラケラ!
I○KOか。
そもそも日本語的正しさで言えば、感謝をしてるようでしてないんだから、「おざなり」じゃなくて「なおざり」だろうに。
「頭が痛くなる会話だ…。」はぁ…
「ぐだぐだだねぇ。」やれやれ…
「うぅ…。」何でこんなことに…??
──────────
「こちらのウルリ、上級冒険者の斥候職で、魔猫族である彼女があなた達が率いる攻略隊に参加します。
今日はその事前顔合わせと、あなたが、彼女を害することの無い様にお願いしたく、この場を開きました。」
「何を言うかと思えば。
その者のことは、とっくに知っています。今さら害したりなどしませんよ。大事な『肉盾』なのですから。」
改めてこちらの考えを伝えれば、冷淡な答えが返ってきた。毛ほども興味が無い様子。
「その魔猫族は、ダブリラの下でこき使ってさしあげます。精々役に立ちなさいな。
まあ、混血の半端者に何ができるか甚だ疑問ですが。」
こいつ、ウルリの一撃で世界樹の欠片を失った事実、忘れてやがるのか…? いや、ここは気にせずとっとと本題に入ろう。
「ええ。そんなウルリに、私達から武器を提供したんですよ。彼女の生存率を上げる為に。それをあなたにもお見せしておこうかと。」ちらり…
私が目配せすると、ウルリが足に着けた革のホルダーから橙色の菱形苦無を1本、恐る恐る引き抜く。
その側面を両手で包み隠す様に前に出せば、クラゲ頭の態度があからさまに変わった。
「チッ…! また呪怨鉄の武器ですか…!
好きにすればいいでしょう!」忌々しい…!
嫌悪感丸出しで、そう吐き捨てるクラゲ頭。
んー、あるいはここで既にキレるかもと思っていたが存外耐えたな。
成長したじゃないか。
「ありがとうございます。一応、どんな風に活用するか実演しますね。現地であなたが、騒ぐといけないんで。」
「どう言う──?」
「」フォン…
ウルリの手から離れ、魔鉄苦無がふわりと浮き上がった。
その側面に刻まれた、風の紋様を成す「緑色」がキラリと光る。
「──────」
「ひっ!?」シュバッ!
ウルリが小さく悲鳴をあげて、再び私の後ろに隠れる。
クラゲ頭の顔から、ストンと感情が抜け落ちていた。完全な「無」の表情である。
そして、奴の全身から。
青い魔力粒子が無数に、間欠泉の如き勢いで、立ち昇りはじめた。
「お ま え ッ!!!!」ゴゴゴゴッッ!
うむ。予想通りのブチギレ。いっそ清々しいね。
「お嬢様!? お止めくださいっ!」
「これ以上、手を出しては不味いです…!」
「」グギギゴギギギ…!!
侍女達が必死に制止の言葉を投げ掛け、それのおかげか憤怒の表情のままクラゲ頭は突っ立って留まっている。
浮遊苦無に組み込んだ風属性の魔鉄は、私の親友であり風氏族のお姫様たるレイヤの血液から作ったものだ。
親友にけちょんけちょんに負けて左遷状態にあるミャーマレースにとって、鬼門も鬼門、この世で最も忌まわしい物体だろう。目にしただけで錯乱するレベルの。
「ハッ! こりゃ誓約をぶち破って来そうだねぇ!」
「何を嬉しそうにしてんだダリア。」
「腐っても世界樹の欠片持ちさ。こうなるのは予想できただろ。」ブン殴れるってもんさぁ!
『寿命と引き換えになら一時的な誓約無視もできそうだね。』愚かな娘だ…
「水精霊。お前も何を呑気に言ってんだ。」
『あの娘は攻撃できないよ。溶岩君もそれが分かっているから、構えてないんだろう?』ぽよふり~…
アクア達がそう話している間にも、爆発寸前のクラゲ頭は血涙を流さんばかりの形相で、魔力粒子を荒れ狂わせる。
風の髪留めもまだ反応してないから大丈夫だと思うけど、ここからいったいどうなる──
「」ぶっちゅ~~~うぅ♥️
「!?!!?」
行ったァー!?
そこに痺れる憧れる──ことはないな。うん。ちょっと衝撃的なことに動揺したが、なんてことはない。
灰色夢魔のダブリラさんがミャーマレースにキスをしたのだ。
奴の顔を両手でがっちり押さえ込みながら、空中で体を斜めに浮かせた状態でがっつり接吻口づけ状態。
「」ぬっぶぅ~~うぅ♥️
「」ビクッ!?ビククッ!?
周りの人達も凍りついて停止するほど、ディープに長い。
いやぁ、斬新かつ効果的な止め方だな~。これが世界平和の形かもしれない、うん(適当結論)
「──はぁ…!
ほらレースちゃん? 嫌なことは忘れて、気持ち良くなろうねぇ~?♥️」
「ふぁ…、ふぁ~い…♥️」
怒りなど最初から無かったかの様に、ダブリラさんの腕の中で崩れ落ちるクラゲ頭は恍惚の表情を浮かべていた。
「んじゃ、鉄っち~♪ レースちゃんは連れて帰るね~。」
「はーいどうぞ~。一応、ありがとうでーす。」
「こっちこそ~。こんな美味しい玩具を、ありがとね~♥️」
「私の目に余るほどやり過ぎたら〈呪怨〉に行きますんで、節度はほどほど保ってくださいね~。」社会平穏優先~…
「…、ん~…♪ りょうかい♪」やっぱり鉄っち、こわ~…♪
そうして魔法で浮かせられた従者達と共に、ダブリラさんに抱えられた水エルフの少女は、そのまま町の方へと戻っていったのだった。
「いやぁ、クラゲ頭が幸せそうで何より。挨拶も無事終わりましたし、これで問題無しですね。」落着落着~…
「…。世界樹の加護持ちが、夢魔に『堕ちてる』のは、大問題だと思うぞ…?」別に構わんが…
「そうですかね?」構わないのなら良いのでは…?
「まあ、良い。
テイラ、ハリセンを出せ。ダリアとそこの魔猫女を叩いて、家に戻るぞ。」
「う、ぐ…。」ハァ…ハァ…
「うにゃあぁああぁぁ~…。」ふるふるガクガク…
「え? ウルリ…? ダリアさん? 大丈夫ですか?」顔が真っ赤…??
「ダブリラの邪気に当てられただけだ。軽く呪いを受けてんだよ。」
「あの夢魔、ほんとエロリストですね~…。ほいっ!」バシッ! バシッ!
「全く効いてないテイラが異常なんだが、な…。」
『卑屈娘の凄いところだね。』私は何もしてないよ?
次回は23日予定です。




