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368話 息抜きの料理研究と感謝の天秤

 グルングルングルングルングルン!!



「…。」無心で手を回す…

「そろそろ良いと思います。止めましょうか。」

「…。ああ。」


 シリュウさんに声を掛け、回してもらっていた遊星歯車式の「遠心分離器」をゆっくり停止させる。

 中には太い鉄製試験管が4本、十字形にセットしてあり、その1本をそっと、取り出した。中には真っ赤な液体が入っている。


 液面の位置を確認してから、鉄操作で試験管内部に「仕切り」を2枚形成。液体の上澄み・中心・底面を3層構造で切り離す。

 隔離した各層を順番に外に出し、粘りの有る赤い()の状態を目視で確認した。



「…ん~? 上手く、分離はできてそうかな~…。」

()めれば分かる。」ちょん、ペロり…

「あ、ちょ!?」


 シリュウさんが自身の指を油に突っ込み、そのまま舐めとってしまった。

 危険物の遠心分離実験なんですよ!? 幼児期の子どもか…!?



「…。ああ、竜火(リュカ)の不味い酸味がする。」口をモゴモゴ…

「でしょうね──」

 ちょいっ…

「こっちは『ラー()』にかなり近い、な。」良い辛さだ…

「ちょぉい!? なんで戸惑いなく──」

 すいっ…

「お。ここは渋いな。渋味が相当に濃くて、かなり不味い。」モゴモゴ…


「………もしかして。楽しんでます…?」

「割りと、な。」不味くて面白ぇ…


 びっくり人間めぇ…。




 ──────────




 本日は魔鉄家の中で、シリュウさんへの感謝代わりの料理──を作る前の、調味料の試作中だ。

 行っているのは激不味(げきまず)危険果実であるリュカの実、それをカラカラに乾燥させたものからの、辛味成分の抽出(ちゅうしゅつ)実験である。


 以前は生の果実を密閉空間内で切り刻み、水と油で目的の成分を分けていた。

 今回はシリュウさんの異常黒革袋(マジックバッグ)、強烈乾燥収納の中に入れて干からびたものを利用し、同じ様に「ラー油もどき」が作れるかを試しているのである。



「なるほどなるほど。少しばかり酸味・渋味の分離が不十分になるものの、及第点の加工レベルではある、と…。」メモメモ…

「ああ。手間は掛かるが、大量に持ち運べるこのやり方は良いだろうな。」劇的変化だ…

「ふむぅ…。」


 水分ゼロのしなしっなな実を使うと、果汁に含まれるらしい酸味・渋味の成分が固着するのか、辛味と分離させることが難しく半端な物しか出来なかったのだ。


 かと言って、生のリュカの実を馬車の荷台に山と積んで運ぶのはナンセンス。シリュウさんは楽々と運搬できるだろうが普通に邪魔だろう。

 そして、リュカの実は危険な劇物でもある。そんなものを所持しているところを、関所なりで確認されたら逮捕(御用)まっしぐら。シリュウさんVS法治国家の戦争が始まってしまう。


 そこで、乾燥果実を魔鉄臼(まてつうす)()いて粉末にし、油と少量の水を加えて撹拌した後、遠心分離に掛けてみたと言う訳だ。上手くいって良かったよ。



「油や水の種類を変えたり、分離器を改良すればまだ幾分(いくぶん)かはマシになるかもだな~…。廃液がかなり少なくなるし、処理の観点からメリットも有る…。」

「改良するなら、俺にもできるやり方にしてくれ。この(くだ)の中に『仕切り』を作るのはテイラにしかできん。」

「今回は万全を期す為に鉄操作を使いましたけど、普通に試験管を傾けて、ゆっくり出せばいけそうな気もしますけどね? 酸味は上澄みの水の中、渋味成分は底の沈殿物なんですし。」

「そうかぁ…?」懐疑的眼差し…

「う~ん、水と油をめちゃくちゃ撹拌(かくはん)した後、水だけ捨てて、残りの油を布でゆっっっくり()せば…、あるいは遠心分離も不要…?」

「この回すやつは別に無くす必要ないだろ?」

「でも、腕疲れません? 1度に大量には難しいですし?」

「疲れはしねぇ。臼を挽くのに比べても軽いぞ。」

「さいですか…。」人力遠心分離とか脳筋…

「あと、布で濾すよりは早いと思うが。」

「あー、手間は同じか~…?」


 とりあえず失敗することを確かめる為にも1度チャレンジしてみっかぁ~。

 なんとかなるっしょ~。




 ──────────




「と言う訳で、完成したラー油もどきを使った、『砂麦炒飯(スナムギチャーハン)』です。ご賞味あーれ~。」

「」パクっ…もぐもぐ…もぐもぐもぐっ!!


 赤い油を(まと)った粒々穀物が、みるみる減ってゆく。

 ふっ…、あれだけ抽出に時間を掛けた異世界ラー油なのに、なぁ…。諸行無常を感じるね…。



「美味ぇ…。」

「はっや。3人前くらい作ったはずなのに…。」

「いやぁ、美味かったぞ。

 わざわざ()いたスナムギを、火にかけはじめた時は正気を疑ったが…。やはりテイラの作る料理は新鮮で良いな。」

「それ褒めてます?」正気を疑うって…

「褒めてるだろ? それはそれとして珍妙だと感じただけだ。」

「まあ、満足したなら良いですけど。」

「ああ、満足した。」


 砂麦は炊くのに工夫が必要とは言え、安価で大量に確保できる雑穀だし、ラー油作成の大部分の労力はシリュウさん自身だし、具材のレタスもどきは町から届けられたやつだし…。

 私が成したことなど微々たるものな気がするが。



「〈鉄血(のろい)〉で魔力回路を破壊した対価としてあまりにも釣り合ってないよなぁ。」魔鉄創造と炒飯って…

「またそれか? 俺が良いって言ってるだろ。何を気にしてるんだ。」

「あ、声に出してましたか。まあ、気にはなっちゃうもんで…。」

「…。」はぁ…


 呆れた様な声を出しつつも、シリュウさんは真剣な顔で私に言葉を投げ掛ける。



「俺としては、タコ女(アレ)眷属(けんぞく)を潰しに戦ってくれるんだ、もっと協力したいくらいだ。

 テイラのおかげで、俺から無尽蔵に『武器』を作れる訳だしな。かなり()(がた)いと思ってるんだぞ?」


 うむぅ、この辺は価値観の違いは埋まらない溝だなぁ。

 まあ、折り合いが一応はついているんだし、私も受け入れているのはいるんだが。



「ま、くよくよ考えても仕方ないか。

 とりあえず第2弾、作りますね。」

「ああ、頼む。」

「次は胡椒(こしょう)たっぷり追加して、よりピリリと──」

「良いなそれ。美味そうだ──」



次回は16日予定です。

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