365話 新たな進化の扉、が開いちゃった?
「悪いな、ちょっと邪魔するぜ?」バサリ…
町の一番偉い人であるベフタス様が、突然やってきた。
小雨が降る中、草原にぽつんと建つこの魔鉄家に、供に連れてきているのはたった1人だけ。
ベフタス様は挨拶しながら雨合羽のフードを外して顔を見せるが、後ろの小柄な人物は目深に被ったまま直立不動。
声や雰囲気は確かに、豪快大熊パワフル軍司令官なベフタス様っぽいんだが…。正直怪しい…。
隣のウルリも不安そうに警戒したままだし。
「で? 相談ってのは何なんだ?」
しかし、シリュウさんは何の疑いもないらしく無警戒に喋り掛けている。ダリアさんも特に反応してないし、大丈夫なのか…?
「まあ、こいつを見てくれや。」
そう言って後ろの人物を振り返るベフタス様。
そこでようやく供の人が動きだし、フードを取った。
「…、」バサリ…
「な、ナーヤ、様………?」
現れたのは、無表情のナーヤ様。
確かに、間違いなく彼女だ。頭から角が生えてるけど。
「召喚竜さんとの『憑依召喚』に成功したんですね!? おめでとうございます!!」
「………、きゃーい…。」どよ~ん…
「え…? あ、あの…? ナーヤ様…?」
「きゃい、きゃー………。」どよよよ~ん…
とてつもなく。目が、死んでいる…。
そして、声色が彼女のそれなのに、子ども竜の鳴き声みたいな…。あれぇ…?
「見ての通り『憑依召喚』できたんだが、『解除』できなくなっちまってなぁ。」苦笑い…
「きゃぁ~~………。」絶望のハイライトオフ…
「うわぁ…。」私、やっちゃったパターン…?
「…。」無言頭掻き…
「…、(テイラの『やらかし』を受けたんだね…。)」納得のクナイ構え解き…
「…、(なんかまたすげぇことになってんねぇ…。)」ちょっと面白…
──────────
「うちのテイラがすまん。」
「すみませんでした…!」
秒速で鉄製の衣紋掛けを作り、お2人の雨合羽を受け取りつつ赤熱魔鉄をセット。追加の鉄椅子2脚に座ってもらい、改めてシリュウさんと共に、頭を下げる。
「いやいや、文句を言いにきたんじゃねぇんだ。ただ知恵を貸してほしくてよ。」
「きゃーい…。(いったいどうしたら…。)」
「この通り、子竜の鳴き真似でしか話せなくなってなあ。思念は伝わるから、会話っつーか、やり取りに問題はねぇんだが。」
「きゃーいきゃー…。(問題大有りです…。)」
問題が無い訳がないよね、うん。少なくとも非魔種には何言ってるかさっぱりだし。
いやまあ、失意のドン底に居るってのはこの上なく伝わるんだけども…。
「知恵って言ってもな。そもそも憑依召喚とか言うのは竜騎士の秘技なんだろ? 俺なんかよりはそっちの方が詳しくねぇか?」
「まあ、そうなんだがな。ただ、ナーヤの場合、前例が無いことだらけでどう対応していいか見当もつかなくな。」
状況を整理しよう。
まずナーヤ様は、私が提案したカミュさんとの憑依召喚を実践してみた。
熊魔物と変則的な主従契約したベフタス様と、共に無属性魔力持ちのフーガノン様・ロザリーさんにその極意を伝授され、カミュさんを魔力化させて体内に取り込んだナーヤ様。
元々総魔力量的に、ドラゴンとしては極少と言っていいほどカミュさんの力は少なかった。それこそ、主たるナーヤ様を下回るレベルで。
そんな力関係だった為か、あっさりと憑依は成功。1人と1匹の魔力が混じり合い、ナーヤ様に、カミュさんと同じく小さな角が後頭部に2本生えたそう。
周囲が驚きを隠せない中、ナーヤ様はカミュさんみたいにしか喋れなくなってしまった、と…。
「主導権は確かにナーヤに有るはずなんだが、憑依を解くことはできないみたいでな。時間が経てば自然と戻るだろうと様子を見てたんだが、丸2日経っても解ける気配がなくてなぁ。こうして相談に来たんだ。」
本来であれば強大な竜の力を短時間だけ身に宿す「憑依召喚」だからか、かなり挙動がバグっているみたい。
流石に一生このまま、とは思えないが…。
「あと、ローリカーナの奴が、従者が竜化したから自分がその上に乗れば竜騎士だ!とか言って、騒ぎまくっててな。ひとまず引き離しておきたかったんだ。」はっはっはっ…
竜化したとは言え人の上にどうやって乗る気なんだ、あの大きい女の子ちゃんは…。「肩車」か? 肩車してもらいながらドラゴンライダーを名乗る気か? ダサいを通り越して、もう終わってるだろ…。
「本当に、ごめんなさいナーヤ様…。私の軽率な提案で大変な事になってしまって…。」
「きゃー、きゃーきゃーい…。(いえ受け入れたのは私ですしそもそもベフタス様とフーガノン様のせいですし…。)」激しく遠い目…
うん。分からん。
まあ、怒ってはなさそうだが、困ってはいるよね間違いなく。
「話し方もそうだが、思考がカミュに引っ張られているのか、ちっとばかし短絡的になっててな。仕事もできねぇってことで、どうにか改善したくよぉ。どうだ?」
「どうだと言われてもな…。」
シリュウさんが呆れた様子で私を見る。
「私のせいですし、全力で対処させていただきます。」
「面白がってやらせた責任はこちらに有る。気負うことはない。ただ、青髪の嬢ちゃんの柔軟な考え方が必要なんだ。頼むわ。」
──────────
「では、今から百数えまーす。その間に隠れてくださいね~。」
「きゃーい。(分かりましたー。)」
「では。1、2、3──」
「…。本気で遊びはじめやがった…。」
「やっぱ面白れぇ嬢ちゃんだなぁ。」
今、私とナーヤ様は魔鉄家の中で、数を数える間に姿を隠しそれを見つけられるかどうかを競う「遊び」に興じている。
そう、「かくれんぼ」である。
ナーヤ様はカミュさんと同化して、精神が子どもっぽくなっている。そして、そんな彼女が憑依を解けないのは、技術的なものではなく精神的な問題な気がしたのだ。
まあ、技術の話ならベフタス様達がどうにかできる分野だし、私がアプローチするならば精神的プロセスに至るのは当然の帰結。すなわち「カミュさんを満足させて憑依を解こう」大作戦!と言う訳だ。雨で外では遊べないし。
竜化ナーヤ様もかなりノリノリだったし、間違ってはいないはず。多分。
「──99、100! さあ、探していきますよ~! シリュウさん達は何も言わないでくださいね!」
「…。何も言う気にならねぇよ…。」
──────────
「あ! そこですね!? ベフタス様の後ろ!」
「きゃー。(見つかってしまいましたー。)」シュウ…
「『風景同化』、恐るべし…。近づいて、空気の揺らぎを見つけないとそもそも見えないとは…。広くもない家の中でこれは…、先は長くなりそう。」
──────────
「ナーヤ様、見っけ!」
「きゃーい。(また見つかりました。)」シュウ…
「要塞寝室と壁の間の物理的に狭い場所とは。考えましたね。」時間かかった~…
「きゃ~。(それほどでも~。)」てれてれ…
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「ウルリ! 『3体目のナーヤ様』居た!?」
「や、見つかんない…。匂いじゃダメっぽい…。」そこら中に有り過ぎて…
「もうこの家の中全部確認しただろ? 1人目と2人目は見つけたんだし、もう良いだろ。」投げやり…
「「きゃっきゃい♪(ふふふ~♪です。)」」
「いえ!諦めたらそこで試合終了ですよシリュウさん! あの得意げな顔を見てください! これを乗り越えねばナーヤカミュさんは納得しないでしょう…!」
「知らねぇよ。」いつの間に名前付けた…
「こうなったら…! (ごにょごにょごにょ!) 出でよ!〔破邪の清風〕!!」空間全部を緑色の風で満たしたら~!
「おい!?」いきなり何だ!?
「…! あそこ!」揺らぎを感知!
「あ!? あんな天井高い所!? 浮いて張り付いて風景同化!? そりゃ見つからない訳だ!」極悪コンボ~!?
「きゃ~い。(見つかったー。)」シュウ…
「きゃい。(凄い風魔力をぶつけられましたー。)」
「きゃー。(テイラ殿はやはりすごいですねー。)」
「遊びの中で、竜の技を習熟していっている。憑依時間が長いから可能になる訳か。面白れぇなぁ。」保護者目線…
「面白過ぎないかい…???」この光景を受け入れるとか大物だね…
その後、ナーミュさんの子ども心が満たされたのか、憑依は自然と解けた。
ナーヤ様は、自制心と言うか理性が急速に戻った反動か、赤面して顔を手で覆って固まってしまったりはしたが…。
まあ、なんとかなって、良かった良かった。セーフ…!
次回は23日予定です。




