364話 シノビとクナイと訪問者
目の前の机に、褐色と深紅が混じった金属製リングが置かれている。
私はそれに手を触れ、ゆっくりと息をしながら、「展開、起動。」と頭の中で念じた。
すると、リングに刻まれた「深紅の文字」が淡く輝いて、その直上の虚空に褐色の、風変わりなダガーナイフが出現した。
隣から息を呑む音が聞こえる。
とりあえずそれは一旦無視して、今度は「収納、起動。」と思念をリングに送り、ダガーナイフを内部の擬似的亜空間へと消し去る。
この動作を合計で3回繰り返し、再現性が有ることを周りに示した。
「『内部収納』及び『取り出し展開』の動作、確認。問題は、無し。
では、ダリアさん。お願いします。」
「…、あいよ。」
ダリアさんがその鍛え上げられた力強い腕を伸ばし、リングに触れる。
そして、私にも視認できるくらい濃い橙色の光がリングを包み込んだ。
しかし、ダガーナイフは出現せず。
深紅の文字も一切、光りはしない。
数十秒そんな状態を続けるが、リングはうんともすんとも反応せず。
「ふむ。ありがとうございます。」
「ああ。」やっぱ無理だねぇ…
「──んでは、ウルリ。
レッツチャレンジ。」リングを指差し…
「…、や…、無理でしょ…。」れっつちゃ、って何…?
私の隣で立ったまま観察していたウルリが、げんなりした雰囲気で私を見る。
まあ、突然に謎アイテムのお披露目に参加させられて戸惑っているのだろう。
「まあ、無理ってことを確かめるのが、必要だから。まずはお試しでやってみてよ。風魔力でも、無属性の魔力でも、使えるなら闇属性でも良いからさ。」
「…、ん…。」闇は使えないってば…
渋々と言うか恐々と言った表情で、机の上のリングに、そ~~~っと指先だけ触れ、目を閉じて一生懸命って感じに沈黙する。
ぱらぱらぱら…
外の小雨が屋根を叩く微かな音だけが、部屋の中に響いていた。
「ダメっぽい…。」諦め…
「ダメっぽいね…。」残念…
──────────
「ここに、新たなトリビアが生まれた。
『魔鉄アイテムを操作できるのはテイラとシリュウさんだけっぽい』んっです…!」
「当たり前だよ。」とりびあ…?
「ん、ん…。」頷き…
呆れた様子の2人から、じとりとした視線が突き刺さる。ふっ、天気と同じく湿度高いぜ…。
「ごめんね~、ウルリ。こんな雨の中来てくれたのに、無駄足で。」
「や、美人強壮届けに来ただけだし…。」
ウルリが見る先には、静かに食事を再開したシリュウさんとアクアが居る。
異世界モンブラン美味しそうっすねぇ…! 先にこっち済ましてからいただくんで、私の分を残しておいてくださいよ…?
「そもそも何なの? この腕輪。」
「え? 言わなかったっけ?」
「聞いてないよ…。『ちょっとこっち来て。』って言われただけ…。」
「えーと、ね。ウルリ強化計画で作った『武器』…、」
「え。」
「を、収納する為の、腕輪。ホルダー代わりの魔法袋だね。」
「…、えええぇぇ~???」私の、マジバ???
「なんでそんな大層なもんまで作ってんのかね、この馬鹿は…。」
「えー? 単に持ち運びが楽になる様に、と思っただけですよ?」
「何が『単に』だい。作ろうと思って作れるもんじゃねぇだろ…。」
「ん、ん! ん!」激しく首肯…!!
「そう言われても。今手持ちの素材と知識でどうにか形にしただけで…。出来栄えと言うか、満足できる様な物じゃないんですけどねぇ…?」
「えぇ…。(テイラって本当に、感覚が『飛んでる』…。)」これに不満…??
私の土属性の腕輪を参考に、と言うか魔法刻印に関しては丸々流用したから大した研究実験はしていない。
精々、刻印部分の素材を工夫した程度だ。
最初は土属性たる褐色魔鉄で文字部分を作成したのだが、小指の爪くらいのサイズしか出し入れできず、何故か上手くいかなかった。
それを、火属性の深紅魔鉄でやってみたら短剣サイズ1つ分くらいはギリギリ収まる様になったのだ。意味不明過ぎる。
「固体の出し入れだし、素材は同じ土属性の魔鉄なのになんで効果が火属性より弱くなる…? 刻印的にも相性は高いはずだし、シリュウさんと私の認識も一致してたし…。シリュウさんは火属性が強いから効果上昇にプラス判定が入る…?? う~ん???」
いくら考えても納得のいく説明は思いつかない。色々突貫作業だし、どちらにせよ使えない物なのだから意味は無いのだが。
赤熱魔鉄の炬燵ユニットみたいに、起動スイッチパーツを一々接続させるのは、戦闘中には手間だろうし…。
「んー、残念だけどまあいいか。
じゃあ、はいこれ。」そっとポンッ…
「へ?」
私はリングから出した謎短剣をウルリの手のひらに握らせた。それを瞬きしながら見つめている。
あ、説明しなきゃだな。
「それ、ウルリの強化武装。『苦無』だよ。」
「???」フリーズ…
「見事に戸惑ってるねぇ…。」同情…
──────────
「竜喰いさんの武器とか馬鹿なのっ!?!?」毛が総立ち…!
「いや、そこまで大声出さなくても…。」どうどう…
再起動した瞬間に心の叫びを上げた、狂える黒猫娘。
怒ってると言うか涙目になっているから、反発しづらい。彼女をゆっくり宥めながら、足りなかった解説を補う。
「シリュウさんから許可は出てる。攻略隊に参加するウルリなら全力で応援してくれるって。」
「そ、そうな、の…? や、でも、こんな凄い、貴重なの…、」
「それ一応、量産可能だよ? 同じやつを既に複数作ってあるし。
まあ、シリュウさんの魔力が元になってるとは言え、私の〈呪怨〉で作った物だし気持ち悪いとかだったら拒否してくれても…。」暗い顔…
「や! それは無い! 全然大丈夫だからっ!」
「そう。なら、貰ってやってよ。」朗らか笑顔…
「ええ…。」詐欺に会った気分…
実際、この褐色魔鉄製武器は色々と凄いアピールポイント満載なのだ。
「シリュウさんの土魔力染み染みのその金属は、めちゃくちゃ強度高いよ! 折れない曲がらない、そして錆びない!! 研ぎ要らずでいつまでも切れ味抜群! 呪いの化け物もスパッと一刀両断できること間違い無し!」ガッツポ!
「や、こんな小さい剣で…、え? これ短、剣だよね…?」
「そう短剣。忍者…、忍び…、えーと、隠れ潜む…、情報収集特化型の暗殺者?が持つ投げナイフ、かな? 闇斥候にぴったりでしょ?」
「ああ、『シノビ』の武器なんだ…。」納得…
「え…? 忍び、知ってるの??」
「え?ん。あれでしょ? 『サムライ』の付き人みたいなことしてる黒い服の人。ゼギンがウッズとかトリュンに、なってほしいって頼み込んだとか聞いたことある…。」
侍かぶれのゼギンさんがパーティーメンバーに強要するくらい、忍びがセットの認識…??
なんだ? 戦国時代ご一行様でも過去に集団転移してきたのか? 侍かつ忍者とか言われてた服部半三とか??
「まあいいや…。とにかくあげる。ウルリの戦闘スタイル的に邪魔だったら、置いていくなり、なんなら売却したりしてもいいから。」
「売らないよ!?!?」
「おい、テイラ。売却は流石に違うだろ。」
「あー、こんな謎素材じゃあまともに買い取りしてくれませんもんね~。」
「そうじゃねぇ。筋違いだ、って言ってんだ。」
「あはは、ジョークですよジョーク。ウルリが重たくならない様に和ませようと思いまして~。」
「…。」ほんとかよ…
やれやれと言った雰囲気でこちらへの視線を切ったシリュウさん。そこへダリアさんが絡みに行った。「アタシにもおくれよ。」「お前はこの町で魔猪狩りだろうが。必要ない。」「器が小さい男だねぇ!」「ならその竜骨も返してくれるか?」「これはもう貰ったもんだろうが!?魔力もようやく馴染んだんだよ!?」とワイワイ騒がしい。
うん。仲良きことは善いことだ、うん。
ウルリの方に向き直って、話を戻す。
「とりあえず、大きさとか形は変えられるから要望が有ったら言って? 中空にして軽くしてるけど逆に重い方が良いとか、握り部分の厚み・長さを変えたりとか。」
「や、これで充分で──」バッ!?
ウルリが突然、弾かれた様に家の外を振り返った。
そのままじっと外を向いて、固まっている。自然にクナイを逆手に握り込んでるな。
「どした?」
「…、何か来る。変な、感じが…。」
「敵…?」
「や、分かんない…。」
「いや、客だな。」
シリュウさんが真面目な顔で立ち上がって、呟く。
ダリアさんもさっきまでの雰囲気が消えて、入り口を静かに見ていた。
「おう。悪いが、邪魔するぜシリュウ。」
「いきなりどうした? ──ベフタス。」
現れた雨合羽らしき格好の大男は、ベフタス様だった。
「ちょいと相談事が有ってなぁ。」
次回は16日予定です。




