362話 竜騎士への妄想提案
「──そうして丸呑みされたローリカーナ様は、他の討伐騎士達からの一斉魔法掃射で倒された魔猪の体内から自力で這い出されまして。」
「お、おおう…。」反応に困る…
「魔猪・魔法騎士双方から受けた傷も再生させて立ち上がったローリカーナ様は、やり遂げられた自信から、それはそれは良い笑顔をされておられました…。」誇らし気…
「そうですか…。」
「あの方がこんな風に実力を伴って活躍できる様になられたのも、テイラ殿のおかげ。本当に、感謝の念に絶えません。」
「いや、そんなことは…。」ボコボコにしてやっただけなんだけどなぁ…??
本日は、町の司令所内に存在する庭園チックな憩いスペースでお茶会である。
話相手は何故か、主人の近況を嬉しそうに語るナーヤ様だ。
その横には、優雅に無言でお茶を飲む竜騎士様が居る。
この甘みのあるお茶、本当、美味しいですよね~。栗もどきの葉を乾燥焙煎させた高級品らしい──じゃなくて。
なんでこんな流れになったんだろう…。
いや、ナーヤ様とお喋りにするのは良いんだけど、ローリカーナの活躍とか割りと本気でどうでもいい…。召喚竜さんも宝珠の中でお昼寝してるらしく、構えないし…。
本当はフーガノン様とだけお会いして、魔王の眷属退治に出る彼を強化する手助けをしようと考えていたのだが。「テイラ殿はこの町に、引いてはこの国に多大な貢献を為されておられます。これ以上の支援などとてもとても…。」と、言われてしまってはどうしようもなかったのだ。
それに、「強いて私の望みを申し上げるならば。竜喰い殿と模擬戦闘をしてみたいですね。まあ、万が一それが叶ったとしても、遠征前に全力を出す訳にもいかないので、やる訳にはいかないのですが。ふふ…。」って微笑まれて、二の句も継げられなかったし…。
「ま、まあ、奴がちゃんとお仕事できてるなら良かったです…。」
「ええ、本当に。
バンザーネはローリカーナ様が最前衛を務めることを未だに反対しているのですが、ローリカーナ様が彼女が作る魔導籠手を褒める度に嬉しそうな反応を──」
「ナーヤ。そろそろ本題に入りなさい。テイラ殿が退屈されておられますよ。」静かな一喝…
「す、すみません。」
「あ、いえ、どうも。」ちょっぴり助かった…
フーガノン様は私の手助けと言う気持ちを無下しない為か、代わりに相談に乗ってほしいとナーヤ様をこの場に連れてきていた。なんでも、町に残していく仲間の問題を解決して、憂いなく遠征したい、と言うことらしいのだが…。
とても楽そうに喋っていたナーヤ様に、悩みは無さそうだけども…?
──────────
「なるほど。強くなりたい、と…。」
「はい…。」
最初から戦闘力を有していたフーガノン様や魔猪討伐騎士だけでなく、ダメダメだった自身の主まで魔物との戦闘で戦果をあげる様になり、焦りやもどかしさを感じているらしい。
「私はローリカーナ様の従者です。しかしながら、竜と盟約を結び意図せず竜騎士になりました。今はベフタス様の下で専任官の側付きとして動いています、が…。果たして、これで良いのかと悩む様になりまして…。」
ふむ。どっちつかずの中途半端、ってことか。
「この調子でして。(私は、十分良くやっていると思うのですが。)」
「まあ、『恥じる必要は無い。』『貴女は良くやっている。』って他人からの慰めは届かないかもでしょうね。ナーヤ様自身が、自ら変化できたと確信できなきれば…。」
「はい…。」
ふーむ。これは単なる気持ちの問題ではあるが、なかなか難しい話だな。
「話を聴いていただいて、ありがとうございます。気持ちが晴れやかになりました。」この辺りで切り上げましょう…
「ナーヤ様。」
「は、はい…。」
「『強さ』とは何でしょう?」
「それは…、戦力。鍛えぬかれた肉体、磨かれた剣技、魔力総量・制御力…、でしょうか。」
「ええ、そうですね。
ですが、決してそれだけではありません。」
悩みとは、悩んでいる本人が気づかないところに原因が有ることが、ままある。
ナーヤ様は自身を弱いと思っている様だが、そんなことはない。
彼女には、彼女の、彼女だけの強みが有る。まずはそれに気づき、伸ばすことが重要だ。
必要なことは、発想の転換。
「ナーヤ様。『憑依召喚』を、会得してみては如何でしょう?」
「!!」
「はい!?」
相当に驚いたのか、フーガノン様が目を見開き、ナーヤ様はすっとんきょうな声をあげた。
「憑依召喚は強力なドラゴンの力を人の身に降ろす、竜騎士の秘技です…! 私などには、いえ、そもそもカミュは下級の魔物にも劣る、弱いドラゴンで…!」
「カミュさんは、確かに強い竜ではないのかもしれません。ですが、とてもユニーク…、えー、独自、の強力な特性を持っています。」
「『分身』と『風景同化』、ですね?」
「ええ。その通りです、フーガノン様。
カミュさんが持つこの2つの特徴的な特性、これをナーヤ様自身に適用できる様になれば、強力な武器になりませんか?」
「で、ですが、私は現状でカミュと視界や聴覚を同調できます。特段、効果が有る様に思えないのですが…。」
「…、(いや、そんなことはありません。これは多大な…、)」無言思案…
「そうですね、戦闘での強さでは魅力が伝わりにくい様子。ですので、ナーヤ様の『従者』として立場での利点を考えてみましょう。」
自分の未来の可能性。
それを知ることこそ、現在の自分を見つめ直すことに繋がるはず。
「まず、分身体。例えば、主が重厚な鎧を装着する場面。
従者3人がかりで取り外しをしなければならない代物でも、貴女1人の力で行うことができます。」
「!」
「夜、主の就寝時間。寝ずの番をする際に、分身体を使えば本体が仮眠を取ることも可能かもしれません。従者複数人でローテーション…、順番交代?をする必要がなくなる可能性があります。」
「た、確かに、カミュ本竜が寝ている時、分身体が活動してはいます…。」今もローリカーナ様とベフタス様の所に…
驚いている彼女に決定打を与えるべく、さらなる提案を畳み掛ける。
「例えば、主が突発的な騒動に巻き込まれた場合。
ナーヤ様本体はお側に控えたまま、分身体を斥候代わりに偵察へと出せます。そしていざ戦闘となれば、『肉の盾』にさえできます。ノーリスク…、誰を犠牲にすることもなく。」
「そ、それは…!」
「そして、ここに風景同化で透明になれる能力が加われば。斥候・護衛戦闘時の有利は比べるべくも有りません。
またこの能力が有れば、『国防』においても有利になり得るでしょう。」
「こ、国防ですか…?」話が見えない…
「間諜を防ぐ、つまりは防諜、ですね。」
「!?」
どうやらフーガノン様は、私の描く憑依召喚の新たな姿を完璧に理解してくださっている様だ。
「ええ。他国からの密偵、自国貴族の汚職。これらを人知れず発見し『処理』する。つまりは、スパイを倒すエージェント…!
これは直接戦闘力の無いカミュさんではできないことで、彼と契約を交わしているナーヤ様にしかできない、『強み』…!!」グッ…!
「…、」唖然…
「まあ、今のは全て“机上の空論”。おかしな小娘が宣う『絵空事』です。どこまで本気にしたものかは怪しいところですので、ご留意くださいませ。」真面目モードに切り替え~…
「そ、そうです、か…?」急に梯子が消えた…
「いえいえ、これが本当に市井の娘が言ったことならば、その女性を『口封じ』せねばならぬところです。」ニ~ッコリ…!
圧力が込められた凄絶な笑顔を向けてくる、イケメン竜騎士様。
背中を冷たい汗がつうーっと滑り落ちる。
「あ、すみません…。ペラペラと世迷い言を…。」やっべ…
「いえいえいえ。
流石は、あの竜喰い殿が認められた方。とても貴重な話が聞けました。ありがとうございます。」
そう言うや否や、爽やか笑顔のまま立ち上がり、ナーヤ様の方を向いたフーガノン様。
「さあ、ナーヤ。ベフタス様の所へ行きましょう。」
「フーガ、ノン、様…?」嫌な予感が…
「『憑依召喚』の極意を伝授してもらわねばいけません。」もちろん私からも伝えますよ…
「な、はい…!?」ほ、本気ですか…!?
ウェイターの様に腕を上げている彼からは、有無を言わせぬ強制力を感じる。掴み掛かったりなんて乱暴なことは一切していないのだが、これは拒否権無さそう。
「それではテイラ殿、今日はこの辺りで失礼します。」ニコリ…
「失礼、します…。」諦め…
「あ、はい、ありがとうございました…。」
あ~、私、何かやっちゃいましたかね…?
多分、やっちゃいましたね…。なんかごめんなさい、ナーヤ様…。
強く生きてください…。
不穏優男「ふふ…、不可視の暗殺者が複数に分身…。やり合ってみたいですね…。」ふふふ…
遠い目茶髪従者(何故、こんなことに…)どうなるんでしょう私…
次回は2月2日予定です。




