360話 今、私にできること
「てな訳で。私は、魔王を打倒することにしたんだよ。」
「………、全っ然、分かんない…。」何言ってるの本当…
「蜜の竹林」の食事スペースに、ウルリの疲れきった様な声が響く。
用事がてら、甘味補給に訪れたのだ。異世界モンブランが今日も美味いぜー♪
「ん? 食べ物の怨みを晴らす、ってだけだよ?」そんな難しいかな…?
「そんな目的で。『魔王』に喧嘩売るのが、分かんないって…。」
「えー? 誰だろうと関係なくない?」食べ物大事…!
「や…。関係、大アリ…。」もうやだ…
そう言ってゲンナリと机に突っ伏すウルリ。彼女の頭に生えている黒猫耳も感情に連動して、ペタンと前に垂れ下がる。
「それはそうと、なんで猫耳モードになってるの? 揉んでいい?」流れる様に左手ワキワキ…
「や!? 止めて!?」『ネコミミもーど』って何…!?!?
えー、半分冗談なのに、そこまでガチ拒否しなくても良くない? 以前に触った時、痛くない様にはしたはずなんだが…。
とりあえず落ちつかせてから真面目な話に戻す。
「この前の模擬戦で紅蕾が快復したことが皆に知られたじゃん? それで、昔の馴染みの人達とかが様子見に来たりしてさ、お客さんが結構来る様になったんだよ。」ちらり…
ウルリの視線の先には、如何にも冒険者と言った風貌の男達が、席に座って食事をしていた。
固い黒パンを豚汁(魔猪肉黒泥汁)に浸けて食べる姿は、私からすれば違和感の塊だが…。
割りと美味しそうに食べてはいるんだよね。気に入ったのか、何度かお代わりを注文してたみたいだし。
「食事だけのお客さん?」
「ん、そう。」
この店は水商売もできる形態ではあるが、それに特化している訳ではない。
紅蕾さんが事情のある女性達を保護し、彼女らを住まわす寮の様な場所。それが「蜜の竹林」の本質だ。彼女達が働けるのであれば、男の相手でも、冒険者でも、料理人でも自由に選べる。
なので、昼間から食事客が居ること自体は不思議ではない。今までは閑古鳥が鳴いていただけで。
「あー、冷やかしとかちょっかいを掛けてくるバカらが居たんだ?」
「ん。そう。」
「それで猫耳生やして、周りの音を聴いてるってこと?」
「ん…。や、そこまで警戒してる訳じゃないよ。
むしろ、『犯罪抑止』?ってやつ? 魔猫族の姿を見たら、馬鹿なことを考えてる奴らは勝手にどっか行くから。」
流石は、風属性攻撃魔法に長けた上級冒険者。存在そのものが抑止力と化している。
「それよりもさ…。テイラ、本当に魔王の所に行く気なの…?」
「ん~…? 気は有るけど、それはナシかな~。」
「あ、やらないんだ、良かった…。」どう止めようかと…
「私の考えを説明するとね、取り得る選択肢としては、
1、このまま単騎で突撃。
2、仲間を集めて突撃。
3、間接的な嫌がらせをする。
4、敵対者の人達を支援。
5、何もしない。
この5つになる訳。」
「…、(『せんたくし』って何だっけ???)」プチ混乱中…
「まず、『5』は論外。何もせずに泣き寝入りなど、断じてしない。」私の呪怨に懸けて…!
「…、」不安になり防音の風魔法を多重再展開…
「本能だけなら、迷わず『1』1択なんだけど…。流石に相手は新進気鋭(?)とは言え、魔王だしね~。私1人じゃ多分無理。」そも辿り着けるかが怪しいかな~…?
「…、」何もかもが怪しいよ…
「で、協力者を募集して突撃するプラン『2』も、ちょっと厳しい。戦力的にはシリュウさんが居れば万事事足りるんだけど…。
シリュウさんは件の魔王を心底毛嫌いしてて会いたくないから、協力は頼めない。進路上の森を全部焼き尽くしちゃうから、環境破壊も甚大だしね~…。ダリアさんとか他の人達にも、この町で仕事が有るし…。」
「…、(テイラの頭の中って本当、どうなってんだろ…。)」遠い目…
「と冷静に考えて、突撃プランは否決される訳。
なら、どうするか。間接的に嫌がらせを掛けて魔王に損害を与える、これがベスト&マスト…!!」私と同じだけ苦しみを与えるっ…!!
「…、へぇー…。」ほぼ溜め息…
「では、具体的にどうするか。
魔王が自国の外に展開していると見られる眷属達。魔王の手足・耳目である奴らを、この世から駆逐するっ!!」1匹残らずっ…!
「…、(『壮大』ってこう言うことを言うんだな…。)」謎悟り…
「とは言え、単なる非魔種である私では、眷属達を見つけだして倒すことはなかなか難しい。
けれどここには今、その眷属達を見つけて撃破する為の攻略部隊が駐留している。彼女らを、強化ないしサポートすれば、確実に『黒の姫』に吠え面をかかせられる!
つまり『4』をメインに据えた、部分的プラン『3』が、この場での最適案、って訳よ…!」
「…、」何かもう色々といっぱいいっぱい無言…
「んで、攻略員さん達の支援する為に色々と話をしたくてね。相談に来た訳。
クラゲ頭──あの世間知らずの箱入り水エルフ、は見つからなかったし、まずはダブリラさんから。やっぱり創作恐怖物語で負の感情をご馳走するのが良いかな、って思っててさ。」
夢魔の女王の娘であり強力な〈汚染〉を持つあの夢魔が強化されれば、作戦成功率も上がる。現状、私ができる手段としてはかなり妥当なところだろう。
話に付いていけてない様子のウルリだったが、ダブリラさんの名前が出た辺りで私の顔をじっと見つめはじめた。
「それならちょうど良いかも…。」
「ちょうど良い?」何が…?
「今、ダブリラさんが部屋で──」
「呼んだー? ウルリん♪」ニュルンッ!
「うひぃ!?」どっから!?
ウルリの足下から気色悪い動きで黒い影が伸び、すぐさま人型になって弾けた。
現れたのは灰色肌の愉悦夢魔、ダブリラさんである。
「あ、鉄っち、おはよー♪」
「こんにちは、ダブリラさん。」そろそろ昼では…
この夢魔を相手にして、心にさざ波を立てるだけ無駄だ。ふわっと流してとっとと話を進めるとしよう。
「なんかツヤツヤしてますね。男漁って今起床ですか?」やれやれ…
「ん~♪ 無駄に辛辣ぅ♪」
そう言ってケラケラ笑う彼女は、妙に生気に満ち溢れていた。人外の色味なのに、赤みがさして瑞々しい。
「鉄っちが想像したみたいな、変態な♪ことしてたけど♪ ずっと起きてたし、相手は男じゃないよ~♪」
「女相手ですか、ご自由に──まさかお店の女性ですか?」ジロリ…
「そんなの紅ちゃんが許す訳ないじゃ~ん♪」睨み怖~♪
いや、一般女性でも問題なんですがそれは…。
「って言うか鉄っちも知ってる『子』だよ♪」
「はい?」
「と言うか~♪ 鉄っちのおかげでいただけっちゃったから、
大♪感♪謝♪♪」うっとり満面スマイル…♪
──────────
ダブリラさんに割り当てられている部屋の中は、死屍累々の天国絵図だった。
具体的に言えば。
ベッドの上で、クラゲ頭とその従者3人が、R18(-Gに片足突っ込む)な感じで逝っていた。
部屋の中は淫気だか邪気だかが満ちているらしく、風の髪留めから中程度の警告音が鳴り響く危険領域である…。
こんな空間でも問題なく動けるらしいスーパーウーマン紅蕾さんに部屋の片付けをお願いし(鉄トングと鉄バケツは渡しておいた)、私達は犯人さんとの事情聴取に興じる。
「いやぁ~♪ 高慢さが折れて弱々しくなったレースちゃんが、あそこまで可哀想になるなんてなぁ~…♪♪」ほっこり満足気…
「ダブリラさん…。もう終わったことですから、とやかくは言いませんけども…。
ミャーマレース、再起不能なんじゃ…。」
ダブリラさんがより強くなっても奴が欠けたら、総合的戦力が大幅ダウン…。苛め過ぎたか…。
「大丈夫、大丈夫♪ この後の攻略には支障無いから♪
むしろ兄への劣情とか風のお姫様への劣等感とかが薄れて、レースちゃんも強くなるよ~?♪」精神的パワーア~ップ…!
「そんなヤれば元気になる単純男性じゃないんですから…。」
「未熟さで言えばレースちゃんも大差無いって~♪」ほんと可愛い義妹だったな~♪…
「まあ、そう言うことなら…。良っか…。」
どうか、お幸せに~…。愛()の力が2人を強くすると信じて…。(最終回風締め)
良識のある黒猫娘さん「何も良くなくない…???」虚しきツッコミ…
はて? なんでこんな展開になったんだろう…?? まあ、良いか?
次回は19日予定です。




