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36話 卵と東の半島

 朝ご飯もたっぷり──私はなんとかステーキ2枚分程度──食べたし、そろそろ出発するのかと思ったら食後休憩になった。


 はて? 冒険者って手早く食べて狩りに出るイメージなんだけどな?


 まあ、消化不良を起こすよりはよほどマシだ。

 名も知らぬ草原よ、もうちょいよろしく。



「腕を治す為にもしっかり休んだ方が良い。消化には時間かかるだろ。」

「ええ。有り難いです。非魔種はお腹も弱いですから。」

「なら、その間に『あげもの』の話を頼む。」

「…。」


 まあ、いいけどね。



「って言っても、そんな特別なことでも無いですよ? 油で焼くの発展形って感じで。」

「そうか? 油が大量って言ってなかったか?」

「まあ、油って需要が高いから貴重ですもんね…。一般には大量の油を料理に使うとか有り得ないやつか…。」


 常識の壁が厚くて高い。

 おっと、話さねば。



「簡単に説明するなら、衣を付けた食材をたっぷりの油で加熱する、調理方法です。」

「ほう。詳しく。」

「えっと…。まず用意するのは食材、卵、パン粉、食材が浸かるくらいの油です、ね。肉とか野菜とかに溶いた卵を纏わせて、パンの粉をまぶして、加熱した油に浸ける、って感じです。油で加熱するのを『揚げる』って言います。イメージできますか?」

「できなくはないが…。貴族が作らせる料理みたいだな?」

「…そ、そうですか、ね?」

「パンの粉はなんで使うんだ?」

「食感の為かな? あと、油が直接食材に触れないように?」

「分かってないのか?」

「そうするとなんか美味しいってなれば、なんでも良くありません?」

「違いない。真理だな。」うなずき…


 力強い返答いただきました。誤魔化し成功。


 そんなこと考えたことなかったし、こっちに来てから揚げ物なんかしてないし、説明なんかできる訳がない。



「実際に作ってみてくれないか?」

「え? でも、食材…卵とか無いんじゃ?それに今休憩中では…?」

「歩くよりはマシだろ。」

「まあ、そうですけど…。」

「それに卵ならある。」


 黒の革袋から…、

 わあ、大きな卵さんだぁ…。見た目は半分岩だよぉ…?(困惑幼児退行)



「…大きい、ですね。私の胴体くらい、あるぅ…。」

「これでも小さい方だがな。」

「もしかして、もしかしなくても…、乾燥に強い、魔力がありそうな、この大きさの卵って…。」

「ドラゴンの卵だな。」

「…。特級冒険者ぁ、ばんざぁぁいぃ…。」ゆ~らゆら~…

「アームを不自然に揺らすな。不気味だ…。」

「ニワトリの卵を出すノリでこんなもの出した奴が、何を(のたま)ってんですか…。」


「これなら乾燥してなくて溶き卵になるだろ。」

「なるでしょうけど、多過ぎですし、高級過ぎですよぉ…。」

「俺は普段から食べてる。問題ない。」

「問題大有りですよ…。と言うか、ドラゴンも無精卵産むんだな…。あれ? まさか、有精卵じゃあないですよね??」


 鳥と違って、爬虫類は無精卵でも条件次第で子どもになるんだっけ?

 亀は交尾してから結構経っても体内で受精できるとか聞いたような?


 そもそもドラゴンって爬虫類で良いの??


 教えて、グ○グル先生!!

 切実にネットの海にダイブしたい! せめてw○ki(ウィキ)を!


 幻想生物(ドラゴン)の! 生態なんか! 答えてくれる訳ねぇだろ!!



「知らんな。少なくとも中に幼体は居ない。」

「それは魔力で探知した、ってことです?」

「ああ。黄身と白身だけだ。」

「なら、まあいいか…。いや、良くない。良くない…! せめて、普通の鳥の卵サイズはないんですか!?」

「あるにはあるが。中身が硬く固まるからな。噛み砕けば美味いが、揚げ物とやらには使えないだろ?」

「普通の鳥ども、魔力高い卵産めよ!」八つ当たり!

「ただの鳥なら大した魔力じゃないから無意味だな。魔鳥の卵なら数日なら中で保つが今は無い。」

「ううぅ…。」




 ──────────




 揚げ物をする環境を整える為に、とシリュウさんを説得して。

 とりあえず移動することになった。


 屋根がとっくに乾いた小屋や調理器具を収納して、ようやく出発である。

 揚げ物の為に薪がある方が良いので、木が多いところを目指す。



 シリュウさんの後ろを歩きながら、揚げ物の脳内シミュレーションを実行する。

 今世では初の調理だし、貴重な素材を使う。ミスの要素はなるべく減らしたい。


 まず食材は肉だろうから、ドラゴン肉の…カツ? を目指すべきか。

 存外、滋味(じみ)溢れる地鶏みたいな感じもあったし…唐揚げもいけるか。でも衣の小麦粉はともかく、下味の醤油や生姜とかの調味料達が無いか…。


 カツ…。カツ…。衣を付けるつなぎって卵だけじゃなかったよね? そうだ、それこそ小麦粉だ。

 小麦粉と溶き卵にパン粉だ。小麦粉の代わりに片栗粉をまぶすパターンもあったような…? んー…、そもそも片栗粉がなぁ…。この世界で何か近いでんぷん質の粉があるかなぁ??

 とりあえず小麦粉だな。


 この世界にも、小麦はあるし小麦粉もある。ついでに名前も同じ。でも、性質がなんか違うとかって罠もあったし、油と未知の反応をする可能性もある。揚げ物がされてないのは、そう言う理由かも知れないし。


 少量の素材で試し揚げするのがベターだな。


 程よい大きさに肉を切って。これは問題無い。

 塩胡椒で下味付けて──胡椒が無いじゃん…。まあ良い放置。

 小麦粉、卵、パン粉を付ける。これもいけるよね?


 油の量が十分あるのは見た。揚げ物の鍋も鉄で作れる。問題は温度。日光と鉄板でも、できるかなぁ?? やっぱり薪燃やしての(かまど)が無難だよなぁ。

 揚げ物するくらいに熱するのは…まあ体感でだいたい分かるかな。


 菜箸や油切りのバットは作れるし、皿ももちろん大丈夫。



「シリュウさん。小麦粉って有ります? ついでに胡椒も有ったりします?」

「小麦粉はたっぷりあるな。保存は効くが自分では使い道が無くてな。どんどん貯まってる。」

「シリュウさんの言う『たっぷり』が、どんなレベルか不安になるワードですね…。」

「…。コショウは…有るが、これも揚げるのか?」

「ん?」


 あら? 胡椒が通じてなさそう。



「えっと…、私がイメージする胡椒は、白とか黒の粉ですね。ピリッとする香辛料で、肉にかけて味を良くしつつ保存性も高める万能なやつです。」

「…。ああ。そうか。普通は粉で使うんだったな。俺には黒袋があるから気にしてなかった。」

「いえいえ。もしかするとシリュウさんってやっぱりイラド地方の出身ですか? あそこって──って…。」

「──。」真顔ガン見…


 やっべっ! 地雷踏んだ!?

 立ち止まって、凄い顔で私を睨んでる!

 出身地は禁句か!?



「ご、ごめ、ごめんなさい…。」

「──。」


 ひぃ…。どうしよう…。



「何でそう思った?」


 凄いドスが効いた声してるぅ…。



「シリュウさん、黒髪で黒目ですし…。食に拘りが強いとこ、とか…。それに、確かイラドの人達は実のまま胡椒を料理に使う、と聞いたこと思い出して…。」


 イラド地方とは、この大陸東部の北東から更に東に突き出た大きな半島のことを指す。

 大陸と半島の間には巨大な山脈が連なっていて陸路での交流はほぼ不可能な地域だ。いくつかの香辛料の原産地域で、国家間の物流を担うギルドの商人が目指す東の果て、なんだとか。


 地球のインド半島みたいだなと思って覚え易かった。


 この世界でも食べたいと思っているカレーの元になる、スパイスがある国だ。ギルドも深く関わってる地域だし色々調べたことがあったのだ。


 何も悪口になることは言って無いはず…。

 敵対国家とかでも無い、はずだよね…。


 どうすれば良いの…。


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