358話 試運転と不思議燻製肉
「うらぁっ!!」ブンッッ!!
人の背丈程は有りそうな橙色の塊が、キラキラ緑短髪大女の手で勢いよく振り下ろされる。
その先に居たのは、右腕を軽く掲げた黒髪の少年。
硬質化している竜骨の棍棒を、そのまま生身で受ける。
「」ガギンッッッ!!
金属と金属がぶつかった様なけたたましい衝撃音が、だだっ広い草原に響きわたった。
「っ…!」グググッ!!
「」ギギギ…!!
大女エルフが押し潰そうと魔力を籠め続けるが、少年は微動だにしない。常人なら完璧に圧死している状況だが、余裕の澄まし顔である。もちろん骨が折れてもいないし、筋肉も無事。地面を硬く固めてある為、足がめり込むことすらしていない。
バッ…!!
「おらぁっ!!」シュッ!!
一瞬で跳び退いた筋肉エルフは、棍棒を少年に向かって素早く突き出した。
棍棒の先端に付いてる「鉄」の直撃を嫌い、少年は左腕でカチ上げる様に棍棒の側面を叩く。
──ビュオオオッ!!
「!」グラッ…!
触れた瞬間、棍棒内部から弾ける様に魔力が溢れ出し全方位に突風が吹き荒れた。風に煽られた少年は僅かに体勢を崩す。
「ッ!!」シッ!!
突進する勢いで蹴り出された大女の左足が少年の胴体にクリーンヒットし、風の勢いも相まってその体を数メートル後方へと弾き飛ばした。
ズザザッ…!
「…。」ふむ…
難なく着地した少年は、首を左右に倒して解しながら自身の体を確かめている。
「問題無さそうだ。」
「もう終わりかい?」
「ああ。助かった、ダリア。」
寝起きの体の調子を見る為に行ったごく軽いウォーミングアップを終えて、シリュウはダリアに礼を述べる。
「こんなもん、やったうちに入らないよ。」もの足りないねぇ…
「飯を食べた後にもう少し本格的に動く。その時、相手をしてくれ。」
「ま、良いけどね。」
超強度の人外少年と物理大好き異常進化エルフの2人は、何気無い様子で魔鉄家の方向に歩きはじめる。
「しっかし、相変わらず魔力探知は苦手みたいだねぇ。」
「それはそうだが。土属性の竜骨の中に風魔力をあれだけ圧縮して隠すなんて真似、察する方が異常だろ。」
「大して苦もなく流した奴が何言ってんだい。」
「普通に蹴り飛ばされただろ?」
「そこらの奴ならあの風だけでズタボロだよ。」
「あんなもんで傷つく訳無いだろ。」
「結構威力上がってんだけどねぇ…。」ムカつくねぇ…
「…、(化け物過ぎて参考にならんが、素晴らしい戦いだったな…!)」しみじみ…
離れた位置で、マボア冒険者ギルドマスターであるスキンヘッド男が静かに感動をしていたが、ツッコミを入れる人間は誰も居なかった…。
──────────
「~♪」ふんふんふ~ん♪
適当に鼻歌を歌いながら、調理道具を準備していく。シリュウさんの完全復活を祝って、何かがっつりとした料理を作る予定だ。
なにせクラゲ頭が持ってきた魔鳥の卵は、たった2つだけ。既に前菜として、シリュウさんの胃の中に消えている。もちろん、まるで足しにはならなかった。
いやぁ、箱入りエルフお嬢様を舐めてたよね。まさかまともに買い物もできないとは…。シリュウさんが桁違いの大食漢だと知らない訳はないのに、あれだけしか調達してこないとか呆れを通り超して頭の心配をしてしまうレベル。
顔を真っ赤にしながら今にも爆発しそうな雰囲気でプルプルと俯いてやがったけど…。
従者と協力するとか冒険者達に依頼するとか、ギルドで情報を確認するとか、商人に頼んで卸してもらうとか、大量に卵を確保するやり方は色々有ったろうにねぇ…。
「まあ、10代のエルフに負けるくらいだから、然もありなんってとこかな~。」期待する方がバカってやつ~…
そんな水エルフには「そうかそうか、君ってそう言う奴だったんだね。」と心を抉る名台詞を叩き込んで、解放しておいた。シリュウさんも起きたし、お役御免と言うやつである。好きに生きればいいよ~…。
「ん~、やっぱりこれを使ってみるかな~…!」
私が手にとったのは、火魔猪の燻製肉である。
煙で燻しているはずなのに半生と言えるくらいに水分を保っていて、私からすれば結構不気味な物だ。風の主だったかの巨大魔猪の時と同じだから、まあ多少は慣れたんだけども…。
生肉の状態ですらその存在を保とうとするとか、謎強度過ぎるんだよなぁ…。魔力怖い。
でもまあ、いつ起きてくる分からないシリュウさん相手に町行政側がわざわざ用意してくれた貴重な保存食な訳だし、存分に有効活用したいところ。
「塩気が利いているらしい塊肉…。かなり大量に有るし、シンプルにガンガン作れるものを…、」ブツブツ…
「」スンスンスンっ!
燻製肉を薄く切り出して活用法を考えていると、久しぶりに会えた猫サイズの子どもドラゴン、カミュさんが近寄ってきて肉の匂いを嗅いでいた。
「そうだカミュさん、味見してくれます?」肉の切れ端つまみ上げ…
「キャーイッ♪」パクッ!
『テイラ殿!? カミュを甘やかしてはなりません…!』魔法伝声…!
「いえいえ、ナーヤ様。これはあれですよ、『毒見』ですよ『毒見』。」
親しくしている権力者からの贈り物とは言え、多少の警戒を示す姿勢は必要だ。魔力を感知できない私では不可能なことを代わりにやってもらっているだけである。きっとそう。間違いなくそう。
「」ムチィモョグモョグ…!
「美味しいですか?」
「キャー♪」うまー♪
「うんうん。あ、この部分も毒見お願いしまーす。」
「キャァーイ!」モョグッ!
『それは竜喰い殿への献上品です! お止めなさいカミュ!!』オロオロ声色!
シリュウさんの異常魔力放出期間の最中は危険だからと、召喚竜であるカミュさんが魔鉄家に来ることは禁じられていた。それもようやく解禁されたのだから、これぐらいの役得はないと悲しいよね。
「何やってる、テイラ…。」
「キャ…。」縮こまる…
「あ、シリュウさんお帰りなさい。身体の方はどうでした?」
「…。特に問題無かった。」
シリュウさんは入り口に立ったまま、ジト目でこちらを見ている。
「で? 俺の魔猪肉を、なんでその子竜に食わせてるんだ?」
「毒見ですよ~。ほら? 私じゃ毒も魔力も魔眼で視たりできませんし?」しれっ…
「それが有るだろ。」トントン…
シリュウさんが自身の頭を指さしながら、私の頭上辺りを睨んでいる。
危機感知の髪留めのことを言っているのだろう。
ふっ…。鋭いじゃないですか…。すっかり覚醒してますね…。
「これは私だけが対象です。シリュウさんに有害かどうかは判別できませんよ。」
「そのチビにもできねぇだろ。」
「毒見と言うのは、複数人でやってこそですよ。」ダブルチェックは基本…
「…。まあ、いいが。」
ややあってからそう言ったシリュウさん。そのまま普通の顔で歩いていき、魔鉄椅子に座った。
よ~し、怒ってないな。セーフセーフ。
「なんでこんなことで危険を冒すのかねぇ、あんたは…。」
シリュウさんの隣で事態を静観していたダリアさんが、呆れの視線と共にそんなことを言った。
「“そこに山が在るから”ですよ…。」名言雰囲気流し…
「土砂崩れに突っ込む、の間違いだろ…。」適当言ってやがるね…。
「キャー。」もう平気ー…?
さてさて。ミニコントも終わったことだし、ささっと料理していきますか~。
ちなみにギルマスはシリュウが本調子になったことを確認して早々、町に帰還してます。色々と仕事が立て込んでいるので。
本年も、拙作にお付き合いくださり有り難うございました。
来年もゆるりと更新していきますので、よろしくお願いします。
次回は2025年1月5日予定です。




