354話 命の洗濯と髪油
「はぁ~~~………。」はふぅ…
熱々のお湯に浸りながら、大きな溜め息をつく。肺の中の空気が、疲れと一緒に抜け出ていくかの様だ。
「いやぁ…、大変な1日だったなぁ~…。」しみじみ…
何週間も寝続けていたシリュウさんが、突然起きてきたのが今日の昼間のこと。
料理で釣って要塞寝室に連れ戻せたのは良かったんだが、まあその後が怒涛の忙しさだった。
持参していた唐揚げや味噌ラーメンもどきの残りを食べ尽くしたシリュウさんは、アクアの忠告通り、そのまま鉄ゆったりイスに寝そべって再度就寝。魔力抑圧装置たる角兜をナチュラルに外すもんだから、再び異常魔力の大噴出ときたもんだ。(私には感知できんが。)
このままでは二の舞になる!?と、寝かかっているシリュウさんにお願いしまくって、とりあえず予備の魔鉄を魔法黒革袋から取り出してもらえはしたが…。
寝室から出る為に数秒だけとは言え扉を開けるしかなかったし、外で待機してた皆さんは焦ったりぐったりして、まあ、疲弊してたよね。
トリュンさん&リーンさんの魔物使いコンビとダリアさんの風魔法で町に連絡をしてもらいつつ、追加の魔鉄で寝室前に小部屋を作成していたら、フーガノン様率いる本職の魔猪討伐騎士の方々がフル装備で来訪してきたし…。
「さながら、立て籠りの現場にパトカーで急行する警察の如し、だったよねぇ~…。」腕伸ばし~っ…
まあ、乗ってたのはパトカーじゃなくて、大きな首長竜ロザリーさんだった訳だが。
その後は、魔法銀の全身鎧の部下達を背景に圧の有る笑顔のフーガノン様から事情聴取を受け。
町に戻ってツルピカギルマスと顧問さんに経緯を説明し。
1度屋敷に戻って準備を整え、再びこの魔鉄家に戻ってきた。
またいつシリュウさんが寝ぼけて動き出すか分からない為、対応できる人材が側で見張ることになったのだ。
なので、しばらく私はこの草原のただ中に建つ魔鉄製家屋で生活をすることになる。
「でも、まあ。このお風呂は良いよねぇ…。」極楽、極楽~…♪
褐色魔鉄で出来た湯船は広々としてるし、熱を伝えづらいから面倒な工夫を凝らすこともなく快適な空間に仕上がっている。赤熱魔鉄の湯沸かしユニットが接続されているから、晩冬の寒さも何のそのな熱々なお湯を沸かし放題だ。
「ありがとね、アクア。こんな大量の水をお風呂に使わせてくれて。」
傍らの水面に浮かんでいる、青い半透明な水の塊に声を掛ける。
『この程度造作もないよ。』ぽよよん…
柔らかな口調の言葉が頭に響く。
本当に気にしていない感じだ。力を取り戻してからは、こんな大量の水の生成でも息を吐く様に自然にできることらしい。流石は水の精霊。
しっかし、鉄巻き貝を背負ったまま水面に立って(?)いる姿は、脳がバグる光景だな…。
以前なら薄い鉄船に乗ってたのに…。何故、沈まない…。
『水の大精霊が沈む訳ないだろう?』
「いや、それ、元は呪怨の鉄じゃん…。」
『浮遊の魔法を掛けている訳じゃないからね。ただ私の上に乗っているだけさ。』すい~…
そう言って水面を滑るマ○ンスライムもどきさん。
なるほど、湖の精霊の加護を受けた騎士王と同じ理屈か…。いや、同じか…?
にしても、窮屈じゃないのかな…。
「お風呂に入ってる時くらい外せばいいのに。」
『おや、外していいのかな? 溶岩君ほどではないけど、私の魔力波動もなかなかのものだよ?』
「すんませんした。勘弁してください…。」頭下げ…
『うむ。精進したまえ。』頭をぽよぽよぽんぽん…
アクアも魔力遮断の鉄の中に居ないとダメな存在だったわ…。
うぅ…、びっくり人間どもめぇ…。
『精霊だよ?』ぽよん?…
「心、読まないでよ…。」ザパァ…
まあ、いいや。体も十分温まったし、最後に髪を洗おう。
頭に差していた鉄かんざしを引き抜き、髪を下ろす。
湯船のお湯を頭から被りながら、「石鹸」を手に取った。体を洗った時と同じく水を絡めて泡立てていく。
これは、この町──と言っても主な製作所は西の第2司令所に併設された施設──で作られた名産品の1つだ。
魔猪の体から取れる脂を灰の煮汁と混ぜて固めた物で、なかなかに質が良い。獣的な臭いは全く無いし、汚れ落ちはかなりのものだ。
まあ、猪は存外脂身が少なく、魔猪の巨大な体から取れる量は思ったよりは無いそうだが。
「う~ん…、どうすっかな…。」
石鹸を洗い流して、悩む。普段なら、このままアーティファクトで魔法風乾燥して終わりなんだが…。
「ま、折角だから使わせてもらうか。」
今日は頑張ったからね、うん。たまには良いだろう。
ミハさんから貰った「髪油」が入っている金竹の筒を手に取った。
これは、魔法植物素材で出来たコンディショナーだ。髪の保湿をしてくれ、艶を出してくれるらしい。まあ、この後は寝るだけだし、ベタつかない程度の薄さにしておくが。
「おお~…、良い香り…。」ほわぁ…
落ち着く匂いだなぁ…。これは良く寝れそう…。
「アクア~、あがるよ~。」
『ああ。』
赤熱魔鉄の起動オフ確認、湯船に蓋して、と。
お風呂から上がると、夜の見張りをしてくれるダリアさんから、奇妙なものを見る目を向けられた。
やっぱり私が髪の手入れをするのは変だったかな?
割りと疲れてるダリア(こいつ、余裕有り過ぎだろ…。大物だねぇ…。)はぁ~…
次回は12月1日予定です。




